496、漁師町リゲル 〜釣りは諦めて
いま、僕はマルクと魚釣りをしている。
「ヴァン、この辺って釣れる気がしないよな」
マルクは、釣り糸をたらしながら、ため息をついていた。この場所は、遠浅になっているからか、小指ほどの小さな魚しかいない。
「だけど、今はスキルを使うなと言われてるんだよね」
「漁船の邪魔をすることになるからだよな」
海には、いくつかの漁船が出ている。だから、こんな場所でスキル『釣り人』の技能を使うと、漁の邪魔になってしまうからだ。だが魚群誘導を使ったとしても、ここは浅すぎるか。
「4人とも、テントで仮眠してるのかな」
僕がそう尋ねるとマルクは、首を横に振った。だけど……。
「朝早かったから、眠いんじゃないか?」
マルクの口から出た言葉は、態度とは真逆だった。そして、手で何かの合図をしている。マルクの合図って、わかりにくいんだよな。
でも、言葉とは別のことをマルクが考えていることは、僕にも伝わってきた。ゲナードに、会話が傍受されているのだろうか。
本当に、ゲナードは隙をみて僕達を襲撃してくるのかな。逆に、デネブが襲われないだろうか。
ゼクトさんやオールスさんが話していた作戦は、僕にはピンとこない。とりあえず、僕達は、いま、おとりになっているのだと思う。
でも、ゲナードに襲われたら逃げるって言ってたし……じゃあ、なぜ、ここで魚釣りをさせられてるんだろう?
「ヴァン、そんな難しい顔をしていても、魚は釣れないよ。貝でも探す? 砂浜だから、掘れば貝が見つかるはずだよ」
マルクがそう提案してきた。確かに、貝の方がいいか。
「マルク、それなら波打ち際の砂の中に、たくさんいるよ」
「よし、じゃあ、砂を掘ろう!」
マルクは、魔法袋から丸太を出した。そして、僕を見てニコニコしてるんだよな。マルクも、スキル『木工職人』持ちじゃないのか?
僕は、マルクが出した丸太から、僕は、木桶とスコップを2つずつ作った。
もしかしたら、マルクは、僕の技能が消えないように使っておけって言いたいのかな? 3年間使わない技能は消えてしまうからな。
「この木桶は、かわいいな。カインが好きそうだ」
マルクは父親の顔をしている。
「カインくんは、すごく紳士なイメージだけど? 砂遊びなんてするの?」
「なっ!? カインが紳士? あー、確かに教会に行くときはキチンとした身なりだけどね。最近は、かなりマシになったけど、とんでもない暴れん坊だよ。野生児ともいう」
マルクは、深すぎるため息をついた。
「あはは、野生児なら、砂遊びはしないんじゃない? 狩りとか、そっち系でしょう」
「いやいや、いつの間にか全身が土に埋まってたこともあったよ。母親に、すんごく叱られてたよ。だけど、ケロッとしてるんだよね」
マルクは、また、深すぎるため息をついた。
「ふふっ、でも、教会では優しい紳士だよ? 逆にルージュの方が、はちゃめちゃだから」
「ルージュちゃんは、まだ赤ん坊じゃないか。でも、フランさんによく似てるよな。神官のジョブを授かっているのかもな」
確かに、娘はフラン様に似た綺麗な顔をしている。
「神官のジョブなら、ドゥ教会を継いでくれるかな」
「あぁ、そうだろうな。ルージュちゃんが大人になったときのためにも、ヴァンは、家を立ち上げておく方がいいよ。神官以外のジョブだったら、ルージュちゃんは辛くなるかもしれない」
マルクは、ふと遠い目をした。自分の幼年期を思い出しているのか。マルクの場合は、幽霊を怖がるからという理由だけで、ルファス家にふさわしくないと、虐げられてきたんだよな。
そうか……娘の将来の逃げ道としても、僕は家を立ち上げる方が良いのか。だからマルクは、娘が生まれる日に、あんなことを言ってたんだな。
「まぁ、うん、考えておくよ」
「ヴァンが申請すれば、下級貴族ならすぐに許可するって、国王様が言ってたよ。フリージアさんは、商人貴族になってほしいみたいだけど、俺は学者系の方がいいと思う」
マルクは、僕のことをキチンと考えてくれている。
「うん、まぁ、それも含めて考えておくよ」
僕達は、木桶にいっぱいの貝を集めた。
僕が木桶に海水を入れて、貝の砂抜きをしている間に、マルクは貝を焼く準備を始めたようだ。魔法袋から丸太を出して、風魔法で細く切り、不思議な形に組み上げている。
「ヴァン、この上に網を置くから、貝を並べてくれ」
「うん、わかった」
マルクの指示通りに、網の上に貝を並べていく。木を組み上げた周りに、マルクは石を積んでいた。なるほど、暖炉のような感じか。
貝を並べ終わった網を、マルクは浮遊魔法を使って、石の暖炉の上に置き、組み上げた木に火をつけた。暖炉というよりは、かまどだな。
火の強さの調整も、マルクがやっている。以前なら、こんなことはしなかったよな。カインくんを連れて、外でこうして食事をしているのかもしれない。
「おっ、いい匂いだな。魚じゃなくて、貝か」
貝が焼けてパカっと開いてきたとき、オールスさんがテントから顔を出した。
「魚は釣れないので、貝にしましたよ。軽食も持ってきたから、少し早めの夕食にしませんか」
マルクはそう言うと、魔法袋から、ドンとテーブルを出し、その上にいろいろなものを並べていく。
そういえば、マルクはいつも、大量の食料を持ってるよな。これも、幼児期の体験からだろう。そもそもマルクが幽霊嫌いになったのは、幼児期に、暗く狭い場所に閉じ込められていたからだと思う。
「じゃあ、飯にするか。食うなら急げよ?」
オールスさんの言葉に、少し引っかかりを感じつつも、僕達の早めの夕食は始まった。
「フリック、おまえは、こっちだけにしとけ」
ゼクトさんは、貝を食べようとしていた国王様から、焼いた貝を取り上げ、マルクの軽食を渡していた。貝には毒は含まれてないことは、確認済みなんだけどな。
「なぜゼクトは、いつも意地悪なことばかり言うのだ?」
いつも?
「フリック、おまえは貝アレルギー持ちだということを忘れたか? また、変なものが腹に溜まるぞ」
あー、そういうことか。王族に生まれた人達は、毒殺を恐れて偏食をしてきたから、遺伝的にアレルギーを持つ人が多いと聞く。
「ヴァンがいるから、大丈夫だろ? 私も、貝を食べたい!」
国王様は、ゼクトさんから貝を奪い返している。奪い返せるってことは、ゼクトさんが認めたってことだな。
「ちょっと、薬を作っておきますよ」
僕は、貝殻を素材にして、アレルギーを引き起こしたときのための中和薬を作り、国王様に渡した。
「ヴァン、ありがとな。焼き貝って、こんなに美味いとは知らなかったぜ。貝は、噛むと砂の味がすると、王宮のみんなが言っていたが、あれは嘘だったんだな」
「これは、砂抜きをしたんですよ。取った貝を砂抜きをせずに食べると、ジャリッとすることがありますよ」
僕は、追加の貝を焼きながら、そう説明した。
「へぇ、ヴァンは、料理人のスキルもあるのか?」
また、同じ質問だ。国王様は、興味のないことはすぐに忘れる。
「ないですよ。子供の頃から家の手伝いをしていただけです」
「ふぅん、そういえば、そうだったな」
そう答えながら、国王様は僕に何かの合図をしてきた。何? 全く意味がわからない。
「あの〜、ここで、こういうことは困るのですが……」
背後から、そんな声が聞こえてきた。だけど、人が近寄ってきた気配は、全く感じなかった。
振り返ると、警護の冒険者らしき人が2人いた。そのひとりは、さっき、ゼクトさんが声をかけていた人だ。
「あれ? この場所を教えてくれた冒険者さんですよね? テントを出す場所を彼が尋ねて……」
僕がそう言うと、その彼は、面白そうなものを見つけたかのような表情をした。なんとも言えない変な笑みを浮かべている。目だけがギラギラしていて、気味が悪い。
「テントでおとなしく眠るなら良いのですよ。ただ、こんな匂いを振り撒かれてしまうと、鼻がもげてしまいそうです」
貝を焼いただけで、鼻がもげる?
「ヴァン、逃げるぞ」
「へ? 逃げる?」
オールスさんは、国王様とグリンフォードさんを連れて、遠浅の海の中へと走っていく。
マルクの方を見ると、頷かれた。何?
「逃がしませんよ。ここは、様々な死角になっていましてね。呼んでも天兎は来ませんよ」
天兎!? まさか……。
次の瞬間、冒険者は、白銀色にきらめく獣に姿を変えた。僕は、なぜか全く……動けない。
「ヴァン! 逃げるぞ、神獣だ!」
ゼクトさんは、僕とマルクの腕を掴み、海へと駆け出した。




