495、漁師町リゲル 〜作戦がわからない
「関わりたくない方だ」
元ギルマスのオールスさんがそう言うと、ゼクトさんは頷いている。さっき、ニヤッと笑ったのは、すべてがわかっていたからだろうか。
話の流れから、オールスさんは、堕ちた神獣ゲナードのことを言っているのだと思う。ゲナードを見つけたのか?
神獣を釣るって……ゲナードは魚に化けているのだろうか。
「オールスは、姿を変えている神獣がわかるのか。人間離れした能力だな」
国王様が驚きの表情でそう言うと、ゼクトさんが口を開く。
「間抜けなオールスは、一時期、魔獣化してたからな。あれ以来、神獣探知器になったんだぜ」
「おいこら、狂人! 誰が魔獣だ? 神獣様と呼べ」
「ククッ、それを言うなら珍獣じゃねぇか」
二人は、本気でふざけている。
だけど、殺気を放つのはやめてほしい。グリンフォードさんが、心配そうな顔をしている。
ゼクトさんが言っているのは、神獣ヤークのことだよな? オールスさんが神獣の寝床になっていたのは、神獣ヤークが、オールスさんの心臓を守っていた時期のことだと思う。
神獣ヤークは、人の目には見えない不思議な神獣だったんだよな。だけど僕がキラーヤークに化けると、姿は見えたし、話すこともできた。神獣ヤークは、今はボックス山脈にいるようだ。
うっかり神獣ヤークを祀る神殿に踏み込んだオールスさんを、ゲナードと間違えて、襲ってしまったんだっけ。だから神獣ヤークは、オールスさんの命を守っていたんだ。
「二人とも、殺気を放ちながら遊ぶのはやめてください」
僕がそう言うと、二人ともニヤリと笑った。嫌な予感がする。
「狂人のせいで、ヴァンに叱られちまった」
「殺気を放つ馬鹿は、おまえだろ。間抜けなオールスのせいで、俺までヴァンに叱られちまったじゃねぇか」
いやいや……。
「色のある世界では、ヴァンが一番強いのか?」
グリンフォードさんは、国王様に小声で尋ねている。
「さぁね〜。確かにヴァンはバケモノだからな。しかし、他の三人もヤバイ。この中で、私が一番弱いことだけは明らかだな」
国王様は、僕をチラッと見て、そう囁いている。思いっきり聞こえてますよ? マルクも苦笑いだ。
「オールスさん、その神獣ってゲナードですよね? 魚に化けてるんですか?」
僕がそう尋ねると、みんなの視線が僕に集まった。変なことを言ったのか?
「ヴァン、なぜ、魚なんだ? ゲナードは冒険者に紛れていたぜ」
「えっ? でも、釣るって言ってましたよね?」
一瞬、シーンと静かになった。あれ? 釣るって、さっき言ってなかったっけ?
「ヴァン、そういうところは、純朴な少年のままだな、ククッ」
ゼクトさんが笑いをこらえてる……いや、こらえられてない。
「ヴァン、引っかけるという意味での釣るだと思うよ」
マルクが小声で教えてくれた。引っかける? 僕が首を傾げていると、国王様までニヤニヤと笑っている。
「ゲナードは、今どこにいるんだ?
国王様がそう尋ねると、オールスさんはチラッとゼクトさんの顔を見た。すると、ゼクトさんが口を開く。
「フリック、それは知らない方がいい。相手は一応、神獣だ。自分に気づいたと悟るだろうからな。道ですれ違った冒険者の中にいたんじゃねぇか」
「あぁ、俺がギルマスの頃に見たことある冒険者に化けていたな。あの冒険者が、堕ちた神獣に喰われていたとはな」
ゲナードは、堕ちた神獣としてこの世界にいた頃は、かなりの人間を喰っていたもんな。神官家にまで入り込んでいたっけ。
「じゃあ、どういう作戦でいくんだ?」
国王様がそう尋ねると、ゼクトさんが口を開く。
「フリック、簡単じゃねぇか。ゲナードに襲われたら、逃げるんだよ」
はい? 逃げる?
「ゼクト、我々が逃げたら、町の人はどうなる。愚策だ」
国王様は、少し怒っている。だよな、残された住人を見捨てることになるじゃないか。
「おまえ、少しは頭を使えよ。なぜゲナードがこの町に潜入しているかを考えれば、誰にでもわかるはずだ」
ゼクトさんは、呆れたような顔をしている。だけど、僕にも全くわからない。
「あぁ、牽制か。それとも、優越感? ここは通り道だな」
「そういうことだ。まぁ、両方だろうな」
何? 通り道? 悪霊が通るってこと? ここでゲナードは、何を牽制してるんだ?
漁港を占領して、王都に魚が届かないようにする気だろうか。ゲナードは神獣に戻って、この世界の覇者になったつもりでいるのかもしれない。
でも、それならなぜ、直接、王都に行かないんだ? こんなにも、デネブのすぐ近くにいるなんて……。
やはりゲナードは、自分が復活した地であるデネブを、僕達から奪う機会を狙っているのだろうか。
「じゃあ、魚釣りに行くぜ!」
オールスさんは、手に釣り竿を抱えている。
「どうせなら、海岸で飯にしようか。釣りたての魚を焼いて食うのも、悪くない」
ゼクトさんの提案に、国王様も頷いている。
「そうだな。その方が、奴も動きやすいだろ」
何の会話だよ? 僕には、さっぱりわからない。マルクの方をチラッと見ると、魔法袋の確認をしている。マルクにも、理解できているらしい。
「どういうことだ? 説明してくれ」
グリンフォードさんが、オールスさんに尋ねた。ナイス!
「グリンフォードさんは、この町を楽しんでくれたらいい。単独行動さえしなければ、何をするのも自由だ。その方が、この作戦は上手くいく」
えっ……全然、説明になってない。グリンフォードさんは、少し複雑な表情だ。
「俺だけが理解できていないのは、疎外感を感じるが」
「グリンフォード、大丈夫だ。ヴァンも全く理解できていない」
ちょ、国王様……。
「そ、そうなのか?」
グリンフォードさんにそう尋ねられて、僕は苦笑いを浮かべながら、素直に頷いた。
「なんとなく、ゲナードをおびき寄せるのかなとは思いますが、彼らが何を考えているのか、ほとんどわかりません」
「ふふっ、そうか。それなら、俺も気が楽だ。この世界の策略には、まだ慣れない。まぁ、俺達は、それでいいのかもしれんな」
「そうですね。僕も、策略とかは苦手です」
僕達は、住人が釣りをするという岸壁へと移動した。確かに、魚が好みそうな岩場がある。
「あぁ、ここはダメだな。もうちょっと向こうへ行くか」
オールスさんが、ゼクトさんと目配せをしている。釣りには最適だけど、僕達が釣るのは魚じゃないんだよな。
通りすがりの人に、ゼクトさんが話しかけた。
「ここ以外に、釣れる場所はあるか?」
「はい? たぶん、この場所が一番良いらしいですよ」
この話し方は、住人じゃないんだな。警備の冒険者か。
「だが、ここにはテントを出せないんだよ」
確かに、ゴツゴツした岩だらけだもんな。
「それなら、海岸沿いですかね? あっちの方なら、漁船は通りませんよ」
彼が指差したのは、漁港から随分と離れた海岸だ。広い海岸だけど、魚は釣れるのだろうか?
「じゃあ、そっちに行ってみる。ありがとう」
ゼクトさんが、普通にありがとうを言った!
「いえ、何かご用があれば、灯台に来てください」
僕達は、その冒険者に軽く頭を下げて、彼が指差した海岸へと向かった。
すぐ近くだと思ったけど、歩いていくと結構な距離だ。だけど、誰も浮遊魔法は使わない。歩くことで、ゲナードに僕達の居場所を見せているのだろうか。
ゼクトさんとオールスさんは、相変わらず、つまらない言い争いをして賑やかだ。
そんな二人に先導されて、国王様とグリンフォードさんが歩いていく。僕とマルクは、一番後ろをついていく感じだ。
ゼクトさんから、神獣の話は一切するなと言われている。だから僕は、マルクと魚釣りの話をしながら歩いた。
「さぁ、この辺りか?」
教えられた海岸に下りて行くと、白っぽい砂浜が広がっていた。灯台の方を振り返ってみると、この場所からだと灯台は見えない。
「ヴァン、なんか、ここって、夜は暗そうだよね」
そういえば、マルクは、まだ幽霊が苦手だっけ。学生のときほどではないけど、ちょっとダメな顔をしている。
「あはは、マルクのその顔、久しぶりに見たよ」
「このメンバーなら、俺は無理しなくていいからさ〜」
マルクは、いつも無理してたのか。まぁ、うん、頑張ってるんだよな。
「うぉ〜、完璧すぎてコワイぜ! お魚ハンター、ちゃんと飯を釣れよ?」
オールスさんが、ワクワクしながら、僕とマルクに釣り竿を放り投げてきた。
「オールスさんは、釣らないんですか?」
「ガハハ、俺は、ちょっと昼寝する。ゼクト、早くテントを出せよ。しょぼいやつでいいからよ〜」




