493、自由の町デネブ 〜国王フリックからの命令
魚料理を中心とした夕食は、影の世界の人の王グリンフォードさんや取り巻きのご婦人方も加わり、賑やかな時間となった。
「生のままで食べては、危険ですわ!」
そう言いつつ、魔道具人形を使って、料理をサーチするご婦人方。でも、グリンフォードさんは、気にせず食べている。
「なんて色鮮やかな食べ物なのかしら」
白ワインで蒸し焼きにした魚料理は、フロリスちゃんが喜ぶかと思って、色とりどりの野菜を小さな正方形にカットして、ソースの中にいれてある。影の世界のご婦人方には、目がチカチカするそうだ。
僕は、追加の料理を作ったり、空いた皿を片付けたりと、大忙しだ。おかげで、すっかり気分転換ができた。
「ヴァン、何かデザートも欲しいぞ」
国王様がそう言うと、すかさずフロリスちゃんが口を挟む。
「フリック、いつも言ってるけど、その言葉遣いはダメだよっ。ヴァンは、ドゥ家の旦那さんだよ? フリックはドゥ教会の見習い神官でしょっ」
すると国王様は、ニヤニヤしながら、いつもの返事だ。
「ヴァンは下級神官だけど、俺は中級神官だからな。俺の方が神官としては上だから、いいんだよ」
国王様は、自分のことを俺と言っているときは、完全に悪戯っ子モードに突入している。
「ダメだよっ。フリックってば、お子ちゃまねっ。ヴァンと同い年には見えないわ」
「そうだ! 俺の方がヴァンより誕生日が早いから、やっぱこれでいいじゃねぇか」
確かに、僕より国王様の方が、半年ほど年上だけど……。
「まぁっ! じゃあ、なぜ、ヴァンよりもお子ちゃまなのよっ。ヴァンも、かなりのお子ちゃまよ?」
なぜか、話の展開が……。
「あはは、おーい、ヴァン。フロリスはデザートは要らないらしいぜ」
「なっ!? 何を言ってるのよ。ヴァン、私はそんなこと言ってないからねっ。デザートは、何を作るの?」
ふふっ、フロリスちゃんが慌ててキッチンに駆け寄ってきた。
「今、アイスクリームを作っています。果物を飾ってお出ししますね。もう少しお待ちください」
僕がそう言うと、フロリスちゃんは少しホッとした表情を浮かべた。少女の反応は可愛らしい。ほんと、からかいたくなる気持ちはわかるんだけど……。
「魔法でアイスクリームを作るのね。ヴァンって器用だよね〜。私も真似してみたけど、カチカチの氷になっちゃったよ」
「僕は、威力のある魔法は使えないから、調整が簡単なんですよ。フロリス様は魔力が高いから難しいんです。こうやって混ぜながら、少しずつ冷やしていくんですよ」
「でも、みるるんも失敗してたよ? あっ! また、フリックが……もうっ、何してんのっ!?」
フロリスちゃんは、皿の上でポテトサラダを、塔のように高く積み上げている国王様の方へ戻って行った。国王様は、わざとフロリスちゃんに叱られそうなことをして遊んでるんだよな。
「フロリス、邪魔すんじゃねぇぞ。カインと競争してるんだ」
マルクの息子カインくんも、負けじと、ポテトサラダで塔を作っている。カインくんは、楽しくてたまらないらしく、キラキラと目を輝かせていた。
「マルクさんが呆れてるよっ。4歳の子供と競争してるの?」
「大丈夫だ。マルクは、カインの成長を喜んでいる」
「食べ物で遊ぶことは、成長とは言わないわっ。二人とも、ダメだよっ」
フロリスちゃんに叱られて、カインくんは動きを止めた。その隙に、国王様は塔を完成させたらしい。
「やったぜ! カインは、まだまだだな」
「あっ、ぼく、まけちゃった?」
「また、今度は、ミートボール積みで競争しようぜ。ミートボールはコロコロと転がるから、難しいんだぞ」
国王様がそう言うと、カインくんは力強く頷き、密かに闘志を燃やしているようだ。負けず嫌いは、母親のフリージアさん似だよな。
「はぁ、もう、フリック!」
フロリスちゃんに叱られて、チロッと舌を出し、素知らぬふりをする国王様。フロリスちゃんは、まるで母親のような、ため息をついている。
教会の見習い神官や使用人の子供達は、国王様の素性を知らない。ファシルド家のフロリスちゃんも、彼のことは神官見習いだと思っている。
そのためか、ドゥ教会にいるときの国王様はイキイキしてるんだ。いつもこんな風に、フロリスちゃんをからかっている。フロリスちゃんとしても、そんなフリックさんのことは嫌いじゃないようだ。
フロリスちゃんは、あと1年ほどで13歳、成人になる。そうなると、ジョブの印が現れ、これまでとは環境も変わるかもしれない。
だけど、なんとなく二人は、このまま良い関係に進むのではないかという気がしている。
二人には共通点があるんだ。二人とも、孤独な子供時代を過ごしている。常に命を狙われて……。だから、他人を寄せ付けない強い警戒心がある。そのため、友達がほとんどできないようだ。
◇◇◇
賑やかな夕食の後、4階の国王様のために用意してある部屋に、彼が指定した人達が集まっていた。
この部屋は、ほとんど使っていない。国王様は、小さな王宮をデネブに建てたし、見習い神官のフリをしているときは、3階の見習い神官達の部屋で寝泊まりしているからだ。
ゼクトさんは、居心地が悪そうにしている。彼は、影の世界の人達と関わりたくないらしい。夕食のときも静かだったんだよな。
「さて、そろそろ始めようか」
国王様は、さっきまでとは違って、まるで別人のような雰囲気だ。本来の、国王としての凛とした表情をしている。
「フリック、打ち合わせをするには、王宮の人間が居ないようだが?」
ゼクトさんがそう言うと、国王様は軽く頷いた。
「デネブに来ている私の側近の中にも、密偵がいる。だから、王宮の人間は使わない」
国王様は少し辛そうに、そう言った。
王宮では、前国王派がまだまだ多く、若い国王を暗殺もしくは失脚させようとしているらしい。だから国王様は、前国王派との無用な争いを避けるために、デネブにミニ王宮を建てたのだ。
僕には、難しい話はわからないけど、ゼクトさんは、これが正解だと言っていた。
このデネブのミニ王宮に居る人達は、すべて若き国王の味方だと思っていたけど……そうではない人が混ざっているらしい。
「それで、どんな命令ですかな?」
元ギルマスのオールスさんが、明るい雰囲気でそう尋ねた。すると、国王様は、ニヤッと笑った。
「神獣2体を無力化してくれ」
はい? 神獣2体の無力化って……。
「やはり、そう言うだろうと思ったが、不可能だ。神獣を討つことができても、そうすると、異界が大変だろう?」
オールスさんの言葉に、グリンフォードさんは深く頷いた。やはり、氷の神獣テンウッドが神によって氷の檻に閉じ込められているのは、それが原因なんだな。
神獣は消滅しない。堕ちた神獣でさえ、悪霊となった後に再び神獣として復活したんだから。
「影の世界に送り込まれると困る。こちらの世界とは違って、我々はマナを吸収して生きている。汚れたマナにより、神獣の霊に操られる危険性は、こちらの世界とは比較もできないほどだ」
グリンフォードさんは、集まったみんなに訴えかけるように、そう話した。
「グリンフォード、だからこそ、無力化なのだ。幸か不幸か、今、この世界には神獣が2体いる。共闘されたら世界が終わる。だが、属性の異なる神獣は、敵対することはあっても、対等な関係は築かない」
国王様の話に、僕は少し胸が痛んだ。僕のせいでゲナードは、神獣に戻ったんだ。
「ふん、どちらを味方に引き入れる気だ? フリック」
ゼクトさんの言葉の意味が、僕には理解できなかった。地上に降りた神獣は、人間に味方するわけがない。
「当然、氷の神獣テンウッドだ。語り部によると、争乱の時代、テンウッドは人間に味方していたらしい」
「だが、今は神によって、永遠に封じられているぜ」
「それは、神官を殺しすぎたからだろう? 神獣とはいえ獣だ。怒りに狂うと、歯止めが効かない。それを止めるべき天兎が遅れたのだ」
国王様とゼクトさんは、ピリピリとした口論が続く。僕には、どうすればいいかわからない。
「ハハッ、今は立場が逆転しているが、一度堕ちた神獣は、神獣としては最も下等だろ? 簡単じゃねぇか、なぁ、ヴァン」
二人の口論をぶった切ったオールスさんは、僕に無茶振りをする。
「僕は……」
何が簡単なのか、わからない。
「ふん、間抜けなオールスのわりには、的確な意見だ。確かに、プライドの高い神獣2体だからな」
僕以外の全員が、ニヤッと笑った気がする。何が簡単なんだよ?
日曜日はお休み。
次回は、5月9日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




