490、自由の町デネブ 〜まさかの完全復活?
「ヴァン、ぬわっ?」
マルクが、変な声を出した。
ラフレアの根は、ラフレア以外には見えない。だから、死んだラフレアの花が、突然、水面で分解したように見えたのかもしれない。
「ラフレアの根で切り裂いたんだ。あとは池に沈んだ悪霊を浄化するだけ……えっ?」
池が、真っ黒に染まっていた。どういうことだ?
「ヴァン、なぜ、ラフレアの花が池に落ちて黒くなるんだ? 一気に腐ったのか?」
「いや、そんなわけないよ」
「じゃあ、影の世界から何か出てきた? でも、俺はサーチしてるけど、何も引っかからないよ」
マルクは気味悪そうに、真っ黒に染まった池を見ている。
ラフレアの根は、さらなる影の世界からの攻撃に備えて、銀色のつぼみを守っている。僕もずっと警戒しているけど、影の世界から、新たに何者も現れていない。
なのに、なぜ水面が真っ黒なんだ? 僕は、北の大陸の黒い氷を思い出した。これは、氷の神獣テンウッドの仕業か?
「この黒い色の原因が、死んだラフレアを操っていたゲナードなら、そのうち浄化できるけど……何か変だな。池の底が見えない」
「俺のサーチも弾く。死んだラフレアの花は、切り刻まれてもまだ操られているのか? あっ、ヴァン!」
マルクは、僕にバリアを張った。僕だけではない。池の周りに立つ人に、簡易バリアを張ったようだ。
だけど、何も起こってない。影の世界には、何の気配もないのに……マルクは、何を警戒してるんだ?
「マルク、一体、何?」
「予知の魔道具が……影の世界じゃないぞ、ヴァン!」
マルクは、池を指差した。だけど、銀色のつぼみは無事だ。僕のラフレアの株にも何の違和感もない。
「僕は大丈夫だよ、何も……ハッ!?」
池から、突然、強いエネルギーを感じた。
なぜか頭がチリチリする。僕のラフレアの株が危機を感じたのか? しかし、僕の銀色のつぼみも株も、何の異変もない。
何かに殺気を向けられているのか? 何が起こっているんだ? 僕の額には、嫌な汗が出てきた。
池の水面を覆っていた黒い色が、水中に引き込まれるように消えていく。あとに残ったのは、死んだラフレアの花の残骸だ。
まさか……。
ザバッ!
派手な水音をたてて、死んだラフレアの花の残骸を蹴散らすように、大きな獣が水中から飛び出してきた。
日の光を浴びて、その毛並みは銀色に輝いている。以前、海竜の島の施設で見た偽神獣に似た獣だ。
「コイツは……」
僕は、その言葉の先が出てこない。なぜだ? なぜ……。
池の近くにいた人達は、一斉に身構えた。
そして……。
「ヴァン、これって、ゲナードか」
マルクが小声で囁いた。僕は、頷けなかった。肯定したくない。だが明らかに、目の前にいるのは神獣だ。
奴は、ぐるりと周りを見回し、そして大きな口から牙を見せて……笑った!?
『グハハハ、やっと戻ってくることができた。なんと清々しい気分だ』
奴の声は、直接頭に響く。
なぜ悪霊がラフレアの排泄物の池で、神獣の姿を得るんだ? 堕ちた神獣ではなく、神獣の姿だ。
『気分が良い。この地は、我の復活の地として……』
奴がそこまで話したところで、ゼクトさんが転移してきて、奴に炎を飛ばした。
だが、奴は前足で簡単に、ゼクトさんが飛ばした炎を消した。
「おまえら! 何を固まっている? コイツは悪霊だ! 狩るぞ」
ゼクトさんの声で、僕も、ハッと我に返った。そうだ! 呆けている場合ではない。
「冒険者ギルドの真ん前で、ふざけたことを言いやがって!」
元ギルマスのオールスさんも、身体にオーラを纏って、奴に長剣で斬りかかる。
マルクも負けてはいない。風魔法を操り、奴の隙をつく。
グォォオ!
奴が咆哮をあげた。剣を抜いていた多くの冒険者達は、その声に威圧されたかのように動けなくなる。
だが、高ランク冒険者は違う。池の上の空中に浮かぶ奴へ、容赦ない攻撃を仕掛ける。
しかし、効いているようには見えない。神獣の力は、これほどまでに……。おそらく人間には敵わない。天兎でなければ……。
さらに、ボレロさんと一緒にいた、影の世界のご婦人方が、魔道具の人形を浮かべた。町への結界か。ブォーンと何かが駆け抜けた。
「おい! ヴァン! ボーっとしてんじゃねーぞ」
ゼクトさんの怒鳴り声に、僕は一瞬、凍りついた。そうだ、僕も動かなければ。
スゥゥッと大きく息を吸う。あれ? 何も吸収できない。ラフレアの根がやられたのか?
根を伸ばして動かそうと試みた。問題ない。銀色のつぼみも問題ない。どういうことだ?
僕は、根を数本絡め、ムチのように奴を攻撃する。
『ぐぬっ、くそっ、またおまえか! エサを取られた報復か?』
奴は、僕の方を見てニヤッと牙を見せる。エサを取られた?
僕が再び根で攻撃すると、やはり、ビシッと当たる。奴には、もうラフレアの根は見えないのか。だが、ラフレアの根で攻撃しても、奴は体勢を崩さない。
ラフレアは、死竜の放つオーラには弱い。精霊系の植物だから、闇系には弱いのかもしれない。デュラハンも無双していたし。
奴は、神獣の姿をしているけど、堕ちた神獣であり悪霊だった。奴に属性があるとすれば、闇系の神獣だろう。
偽神獣を造る研究をしていたベーレン家は、闇属性の偽神獣をリーダーにしようとしていた。神獣の中でも、闇系の神獣は最強なんだ。
僕は、再び根を使って奴を攻撃する。だが、奴は根が当たると、瞬時に身体から何かを放出した。
変な炎に見える何かは、ラフレアの根を焼いていく。痛みは感じないが、喪失したことは伝わってきた。
「ヴァン、何か……」
「うん、根の攻撃は当たるけど、根が焼かれるし、回復できない」
マルクは、僕の変化に気づいたようだ。根がやられても、マナを吸収して再生できるはずなのに、ラフレアの根は再生されないんだ。
「ヴァン、根は使うな。ラフレアと堕ちた神獣では、相性が悪い」
元ギルマスのオールスさんが、僕の前に移動してきて、そう耳打ちした。
「わかりました。じゃあ、どうしたら……」
冒険者達の攻撃は、ほとんど当たらない。マルクは補助に徹している。町の中では、大きな魔法は使えない。だが、威力を抑えた魔法は、奴には効かないんだ。
「ヴァン、加勢するぞ」
振り返ると、まさかの国王様と、影の世界の人の王グリンフォードさんだ。
「フリックさん、神官見習いは、教会にいてください!」
「嫌だね。教会は問題ない。ぷぅ太郎がいるからな」
フロリスちゃんが、ドゥ教会に戻ったのか。僕は、それを聞いて心底ホッとした。天兎のハンターが単独で奴を狩れるとは思えないけど。ただ、ゲナードは、ぷぅちゃんに恨みがあるよな……。
「ですが……」
「私も、良い格好をしたいのだ!」
国王様はニヤッと笑うと、支配精霊を召喚した。
黒く長い髪を不気味に揺らしながら、赤い目のバンシーが、僕の顔を覗き込んでくる。
うぇ〜キモイ。こわすぎる。コイツ、なぜ、いつも上から覗き込むんだよ?
「バンシーか、可愛いな。俺と共闘するぞ」
グリンフォードさんは、不気味な精霊を可愛いって……。気分を良くしたのかバンシーは、彼が手のひらに浮かべたエネルギーを身体に纏った。
「ヴァンも、ボーっとしてないで、一斉に行くぞ!」
バンシーが現れたためか、奴は、少し警戒したようだ。だが、僕の目の前に立つオールスさんが、自分に注意を向けようと、何かを放つ。
オールスさんに合わせて、ゼクトさんも動く。マルクは、すかさず補助魔法で、二人を援護していく。
ゼクトさんの剣が、奴の後ろ足をかすった。そこに、オールスさんが、炎を纏った長剣で斬りつける。
僕は、木いちごのエリクサーを口に放り込み、スキル『道化師』の変化を使う。
神獣を討つには、天兎しかない。そう強く念じると、ボンッという音と共に、僕の視点は少し高くなった。
奴に視線を向けると、僕の手には、弓ではなく剣が現れた。普段の僕には持てないような、僕の背丈ほどの槍に似た細い剣だ。
「おぉー、すげぇ。バンシー、いけ!」
国王様の声に合わせて、僕も、地を蹴る。フワリと浮かび上がり、止まりたい場所で静止できる。
奴は、僕の姿を見て目を見開いていた。バンシーを追い抜き、僕は、奴に剣を突き出した。
奴は、初めて、攻撃を避けるために動いた。
だが、僕のすぐ後方から来たバンシーは、グリンフォードさんに誘導され、奴の動いた先に回り込む。
バチッ!
バンシーが放った黒い稲妻が、奴に落ちた。
『クソッ、この地は……』
させるか!
僕の手に持つ剣の形が変わった。それを見た奴は、脱兎の如く逃げ出した。




