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49、商業の街スピカ 〜三重人格な彼女

「私、なんでも言うことを素直に聞いてくれる可愛い年下の子が好きなの」


 何、突然? 神官様は僕に、言うことを素直に聞けと命じているのかな。やはり、怒らせた?


「はぁ」


「ヴァンが、その条件を守るなら、恋人にしてあげてもいいわよ」


「えっ!?」


 な、なぜかジッと顔を見つめる彼女……。何を考えているのか全く読めない表情だ。僕の心臓はドキドキとうるさい。


 ポーカーフェイスの効果がまだ続いているから、顔は赤くなっていないと思うけど。彼女の目は、僕の動揺を見透かしているかのようで……どうしよう。どう返事をすれば……。


「ぷはははっ、やーね。か〜わいい」


「えっ……」


 からかわれた?


 なんだか複雑な感情で、目の前がチカチカしてきた。そうだ、彼女は三重人格なんだ。騙されてはいけない。


 だけど……?

 な、なぜ?


 彼女は、軽く、僕の唇をさらっていった。


「あら、ファーストキスだったのかしら? さ、ボーっとしていないで、行くわよ。大遅刻だわ」


 僕は、思考停止してしまった。


 えっ? いま、キスされた!? 彼女は神官様なのに? それに、ど、どういう意味? 


 僕の腕を引っ張って歩く彼女は、なぜか上機嫌で……僕は何も考えられる状態じゃなくて、どこをどう歩いているかもわからなくなってしまった。




 連れて来られたのは、小さな商業ギルドだった。商業の街スピカには、商業ギルドがたくさんある。その多くは、小さな店舗兼ギルドなんだ。


「遅くなってごめんなさい。この子がヴァンよ。予約が入っているはずなんですけど〜」


 神官様は、キャピッとした雰囲気をまとっている。三重人格の使い分けがわからないな。


「フランさん、ええ、数日前の予約ですね。ヴァンさん、初めまして。商業ギルドの登録者カードを提示してもらえますか」


「は、はい」


 僕は魔法袋から、登録者カードを取り出した。三枚出てきてしまった。どれが、商業ギルドだっけ? 戸惑っていると、彼女がスッと一枚を引き抜いた。


「三つも一度に登録したのかい? そのうちランク差ができて区別しやすくなるが、最初は同じ材質だから迷うよな」


「は、はい」


 気の良さそうなオジサンは、彼女からカードを受け取り、何かの手続きを始めた。何をしているのだろう? 予約がどうとか言っていたけど。


 すぐにカードは返却され、契約書のような物が、目の前に置かれた。小さな字がビッシリと書かれている。


「ヴァンさんへの依頼がファシルド家からきています。フランさん、これで間違いはありませんね?」


「ええ、間違いないわ」


「今回は、魔導学校が始まるまでの二週間の契約です。フランさんからの申し出により、受注の手続きを行いました。ヴァンさん、契約書へ目を通し、同意のサインをお願いします」


「は、はい」


 僕は、目の前に置かれた紙に目を通した。テンパってしまっていて、内容など頭に入ってこない。不利な何かが書かれていないかを探すだけで精一杯だった。


 契約書には、契約期間、業務内容、報酬の記載があった。それと、依頼場所の簡易地図が書いてある。この近くだ。


 えっ、ちょっと待った。


 ファシルド家って、あのファシルド家? 貴族の家名は似たものが多いから違うかもしれないけど、僕が知るファシルド家なら、武術系ナイトの有力貴族だ。


「ヴァン、早くサインしなさい。あなたには拒否権なんて……」


 ん? いつもの口調で言いかけて、手で口を押さえている彼女。ふふん、三重人格の演じ分け失敗だね。


 僕には、確かに拒否権はなさそうだ。僕はサインをして、事務員さんに手渡した。


「へぇ、フランさんと親しいんですね。彼女のそんな口調は珍しい」


「はぁ」


 ここでは、キャピッとしてるみたいだからな。演じ分けを失敗することは珍しいのか。


「はい、これにて手続きは完了です。実は、ヴァンさんには、さっそく他にも打診がきていましてね。終了報告時に、次の受注も検討ください」


「えっ? あ、はい」


 もしかして、もう宣伝効果が? 凄すぎる。


「私は後見人として、彼には、魔導学校の学業を優先させたいんです。彼への依頼は、私が取捨選択させてもらいますね」


「フランさん、了解です。ふふ、初の後見人で頑張っておられますね」


「まぁね〜」


 へぇ、初の後見人なのか。これも神官の仕事なのかな。初仕事ってことは、彼女はいったい何歳なのだろう? 僕より少し年上なんだろうけど。



 契約書の写しを渡され、魔法袋へと収納した。失くしてはいけない。依頼場所の地図がないと、たどり着けないもんな。



 あれ? 彼女がいつの間にか買い物をしている。商業ギルドには、いろいろな珍しい物があるからかな。


 ふと、マルクが持っていたのと同じような、綺麗な箱を見つけた。果物のグミの器は、いろいろあるようだ。だけど結構高いな。銀貨一枚もするんだ。金貨を三枚持っているから余裕で買えるけど、こんな場所で金貨を出すことには抵抗がある。


「何? あなた、こんな子供のお菓子が欲しいの?」


 めざとく見つけた彼女は、グミの器を手に取った。


「いえ、冒険者の人が持っていたなと思って」


「あー、確かに冒険者ギルドでよく売っているわね。いろいろな味があるのよ」


 うん? 彼女の買い物カゴには、様々なお菓子が入っている。そして、グミの器もその中にポイッと放り込んだ。もしかして買ってくれるのだろうか。


 そして、お会計のカウンターで、なぜか僕が呼ばれた。


「何ですか?」


「は? 私が選んであげたのよ。ありがたく思いなさい。お金、持っているわよね?」


「えっ、僕が買うんですか?」


「当たり前じゃない。何を言っているの?」


 ちょ、ちょっとひどくない? 仕方なく、僕は魔法袋から金貨を一枚取り出した。


「財布もないの?」


「はい……えっ!?」


 彼女は、有無を言わさない雰囲気で、近くに並んでいた革袋の財布をカゴに放り込んだ。ちょ、そんな高そうな財布なんて……。


「銀貨19枚と銅貨90枚になります」


 僕は、金貨を渡し、銀貨80枚と銅貨10枚のお釣りをもらって、買ったばかりの革袋の財布にいれた。


 両替ができたと考えればいいかもだけど、この財布って、銀貨17枚もするんだ。高すぎる。




「じゃ、行くわよ」


 袋からグミの器を取り出して僕に渡すと、彼女は他のお菓子を自分の魔法袋へ入れている。もしかして、僕は彼女に貢がされる運命なのだろうか。


 僕は、グミの器と財布を魔法袋へ入れた。今度マルクに会ったら、あげようかな。



「フラン様、どこへ行くのですか? 僕は、契約した家に行かなければなりませんよね」


「は? だから、行くわよって言っているじゃない。何を寝ぼけたことを言っているの?」


 うわぁ、ますます毒舌だ。


「あっ、後見人だから、付き添いをしてくださるんですか? ありがとうございます」


「はぁ、もう、行くわよ」


 あれ? 反論されなかった。照れたのだろうか。




 そして、その場所にたどり着き、僕は言葉を失った。一人で来ていたら、きっと、入る勇気が出なかったかもしれない。


 まさしく、そこは、ファシルド家の家紋がはためく、とんでもなく大きな屋敷だった。


「ヴァン、何をボーッとしているの? 門はこっちよ」


 なぜか、勝手を知っている彼女。あ、そっか、神官様だから、貴族との交流もあるのか。


 重厚な門が開くと、美しい庭園が広がっている。小さな集落と言っても過言ではない。大きな屋敷を取り巻くようにいくつもの小さな建物が建っているようだ。


 彼女は、スタスタと中へ入っていった。門番の人は、彼女に丁寧に頭を下げている。やはり、交流のある家なんだな。


「ヴァン、呆けてないで、入ってきなさい」


「は、はい」


 僕は、門番の人達に会釈をして、彼女の後を追った。足は緊張でガクガクしている。僕は、スキル『道化師』のポーカーフェイスを使った。もう、この技能がないと生きていられないよ。



 大きな屋敷の扉が開いた。


「おじさん、連れて来たわよ」


 え? おじさん?


 彼女は、大きな声で叫んだ。いつもの僕に対する態度のままだ。神官らしい神々しさも、冒険者にみせるキャピッとした可愛らしさもない。


 彼女は、屋敷の中をスタスタと進んでいった。僕は、会釈をしながら、必死に追いかけた。数えきれないほどの使用人とすれ違った。どれだけの使用人がいるんだろう。



「にぎやかだと思ったら、やっぱりフランちゃんか。誰を連れて来たんだ?」


 彼女が入っていったのは、きらびやかな大広間……おそらく食堂なのだろう。給仕をしている人が何人もいる。


「おじさん、忘れたの? フロリスちゃんの子守りよ」


 えっ? 子守り?



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