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488、自由の町デネブ 〜異変

 影の世界の人達との共存には、互いの信頼関係と互いを認めることが必要だと、以前ゼクトさんは言っていた。


 マナ玉を、影の世界の人達が集めることができるなら、彼らとの共存に嫌悪感を抱く貴族達も、コロリと態度を変えるだろう。


 最近は、ボックス山脈に、影の世界の人達の出入り口ができ、その付近には定期的に、スキル『道化師』の神矢が降っているそうだ。


 この世界に来たい人は神矢を得ればいいという情報が、影の世界でも広まっているそうだ。


 それに、影の世界の人達には、冒険者登録もできるようになった。だから、こちらの世界で稼ぐこともできるんだ。


 これで、この世界が、影の世界から戦乱を仕掛けられることもなくなりそうだよな。




 ボレロさんとご婦人方を見送り、僕は教会の中に戻った。そろそろ神官様は、屋敷に戻る時間だ。


 たくさんの信者さんに囲まれる彼女と娘の方へと、僕はゆっくりと近寄っていく。


 マルクの息子のカインくんは、まだ、娘のルージュと遊んでくれているようだ。カインくんの母親のフリージアさんは、別の信者さんと話している。


 賑やかな笑い声が、教会の中に響く。


 ふふっ、なんだか、幸せだな。




「そろそろ、昼食にしましょうか」


 僕がこう話しかけるのが、終了の合図だ。いつものように、見習い神官さん達がフラン様と交代しようと、配置につく。



「じゃあ、私達は……ご一緒しようかしら」


 はい? 帰らないの? フリージアさんの言葉に、僕は嫌な予感がした。彼女は、商人貴族ドルチェ家の後継争いをしている。


 娘のルージュが生まれた日、マルクは僕に、貴族になれと言っていた。マルクは、薬師として学者系の貴族がいいと提案してくれたっけ。


 たぶんフリージアさんは、僕に商人貴族になれと交渉に来たのだと思う。少し前から話をしたいと言われてたのを、適当にかわしていたから、かな。



「えっ!? 質素な食事しかないですよ?」


 神官様は、別の意味で焦っているようだ。そういえば今朝、何か作ってたもんな。彼女の料理の腕前は、相変わらずだ。


 だけど、僕としてはそのままでいいんだ。何でもできる彼女が、料理まで上手くなってしまうと、僕の存在価値が無くなりそうで不安なんだよね。


「あら、私達も昼は、普通の食事ですよ」


 神官様から、僕への必死な合図が……。だけど、僕にそれを拒否する力なんて、ないからね。




 帰りかけていた信者さん達が、立ち止まっている。まさか皆さんまで、屋敷で昼食をなんて言わないよな?


「あの、皆さんは……」


「旦那さん、あれは!?」


 彼らの指差す方向を見ると、開いた教会の窓の先に浮かぶ、白っぽい何かが見えた。教会の敷地内ではない。塀の先の小道あたりの空中だ。


 僕がその何かに視線を向けると、スッと消えたように見えた。何だったんだろう?


 信者さん達は不安そうに、さっきの何かについて話をしている。


 僕はよく見えなかったけど、最初に発見した信者さんは、人の顔のように見えたと話している。顔だけが空中に浮かんでいるなんて……。




『我が王! た、たたた……大変でございますですよ!』


 久しぶりに、泥ネズミのリーダーくんが、僕の頭の上にポテッと落ちてきた。手を出すと、すかさず手のひらに、賢そうな個体も現れた。


 リーダーくんは、僕の頭の上から降りてこない。キョロキョロと辺りを見回しているようだ。


「どうしたの?」


『我が王! 今、王都が、ラフレアの花の襲撃を受けています』


 賢そうな個体が、静かにそう言った。この子も、やはりキョロキョロしている。



「ヴァン、何?」


 神官様が、片眉をあげた。泥ネズミが教会の中に入ってくるのを嫌がって……じゃないな。何かが起こっていると察したんだ。


「王都が、今、ラフレアの花に襲われているみたいです」


 僕がそう言うと、信者さん達が一斉に、僕から一歩離れたような気がした。


「ヴァンは、花を咲かせられないわよね? ラフレアの森が、王都に怒っているの?」


 神官様、ナイスフォローだ。信者さん達は、ホッとしたように見える。確かに僕は、花を咲かせられない。池にある僕の株は、銀色のつぼみをつけている状態だ。これは、誰にも見えないつぼみだけど。



 彼女の疑問に答えるかのように、賢そうな個体が口を開く。


『我が王! 王都を襲っているのは、変なまだら模様の花です。精霊師が交戦中ですが、動きがおかしいようなのです』


「動きがおかしい? まだら模様ってことは、ラフレアの花が怒っている状態だよ。だけど、王都を襲うなんてことあるかな? ちょっと聞いてみる」


 僕は、泥ネズミ達の声が聞こえない神官様達にも状況がわかるように、気をつけて話した。



 そして、ラフレアの根を地下茎へと伸ばしていく。地下茎で、ラフレアは繋がっているんだ。動くラフレアである僕が情報を得るには、僕の足元から根を地下茎へ伸ばす必要がある。


 銀色の大きな花が見えた。これはラフレアの本体、いわゆるマザーだ。


 あれ? ラフレアの森と、このデネブとの間には、ラフレアの銀色の花は無い。王都を襲うなら、動くラフレアがいるかと思ったんだけどな。


『ヴァン、気をつけなさい。貴方のつぼみが狙われているわ』


 ラフレアの声が聞こえた。僕のつぼみ?


『王都を襲っているのは、死んだ子よ。殺されて操られている子。前にも会ったことがあるでしょう? 貴方を恨む獣の悪霊の仕業。聖天使を王都に引きつけるための悪意を感じるわ』


 えっ……どういう……。僕は、頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。僕を恨む獣の悪霊って、ゲナードだよな? 僕のせいで、王都が襲撃されているのか?


『ヴァン、森からデネブまでの、特に王都の地下茎を死んだ花が塞いでいるの。貴方を助けに行けないわ。計算され尽くしている。悪霊は、貴方を乗っ取って、つぼみを奪う気だわ。ラフレアを邪気に染める気だわ!』


 ラフレアの声が震えている。怒りなのか、恐怖なのかはわからない。


『ヴァン、気をつけなさい。悪霊に、株を奪わせないで』


 でも銀色のつぼみは、悪霊には見えないですよ。影の世界の住人にも、見えません。


『ええ、だから、私の子をたくさん殺して操っているの。ラフレアには、ラフレアが見えるわ。それに、どんな結界があっても、貴方の元にたどり着ける』


 あっ……そうだ。確かに、ラフレアは繋がっている。この町の結界も、関係ない。



 僕は、思わず、その場にへたり込んでしまった。頭がチリチリする。ラフレアの悲痛な声が頭の中で繰り返される。


 堕ちた神獣は、ラフレアの花を殺して操ることができる。それは、ラフレアの森で見た。ゲナードに似た顔をつけた人面花、茶色いぶちがある花だ。あの斑が死んだ花の証だ。




「ヴァン! どうしたの、何があったの!?」


 神官様が、駆け寄ってきた。ダメだ。僕が、しっかりしないと!


「堕ちた神獣ゲナードが、ラフレアの花を殺して操り、王都を襲わせています。それに……」



 僕は、スキル『魔獣使い』の異界サーチを使った。やはり、そういうことか……。


『我が王! デネブの中を探し回っているようです』


 僕が、異界サーチをしたことに気づき、賢そうな個体が、そう教えてくれた。僕の頭の上には、まだ、リーダーくんが乗っている。キョロキョロしているのは、死んだラフレアの花を探していたんだ。


 さっき、窓の外に見えたものは、こちらの世界に一瞬、顔を出した人面花か。


 死んだラフレアの花は、この町に10体以上来ている。影の世界から、この町の中を探しているんだ。


 ゲナードは、多くのラフレアの花を殺して、分身を使って乗っ取っている。悪霊は、死んだラフレアの花として、この世界での姿を得たのだ。


 影の世界からこの世界へ、ゲナードなら自由に出入りできる。まだ、つぼみの状態の僕は、ラフレアとしては弱い。それに、ゲナードは僕に恨みを持つ。だから、僕の株を狙うのか。


 銀色のつぼみを乗っ取られたら、僕も乗っ取られるのか? もし、切り離すことができたとしても、ラフレアの株を乗っ取られてしまうと……。


 ──この世界は、ゲナードのものになる。



 ふと気づけば、信者さん達は悲壮な表情を浮かべていた。ダメだ。僕がこんな顔をしているからだ。


 スゥゥッと、息を大きく吸う。池の中に沈んでいるマナ玉から、最大値までマナを吸収した。


 よし! まだまだ、マナ玉はたくさんある。僕は、戦える! 



 魔法袋から、木いちごのエリクサーを取り出した。


「フラン様、預けておきます。必要なときに使ってください」


 彼女は、すべてを察したように頷いた。



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