487、自由の町デネブ 〜影の世界の住人とマナ玉
「はぅっ、な、何……」
若く見える女性は、ピクっと体を硬直させた。
「異物は取れましたよ。視界はどうですか?」
僕は、彼女の頭の中から取り出した銀色のマナ玉を、二人に見せた。彼女を連れてきたご婦人は、不思議そうな表情で、銀色の玉をつかむ。
やはり、別の人が触れても、マナ玉は消えない。影の世界の住人には、吸収されないんだ。
彼女を連れてきたご婦人が、首を傾げつつ口を開く。
「ヴァンさん、この物質に浮遊魔法を使っていましたの?」
あぁ、ラフレアの根は、影の世界の住人にも見えないんだっけ。
「いえ、ラフレアの根を使って持ち上げていました。この玉は、僕が手で触れると、僕の身体に吸収されてしまうので」
銀色のマナ玉は、ラフレアの排泄物とも言える。大量にマナの汚れを取り込みすぎると、銀色の玉になって、身体から放出されるんだ。
僕が作り出すマナ玉は、すべて僕の株がある池に沈んでいる。これは、いわゆるラフレアの食料庫のようなものだ。体内の魔力が減ると、根からスゥゥッと吸い込むことができる。
だけど、他のラフレアのマナ玉は、根からは吸収できないようだ。だから、こうやって持ち上げることができたんだ。
「あぁあっ! 目が痛い」
若く見える女性が、突然叫んだ。
頭部をラフレアの根で突き刺したからかな。ラフレアの根に触れた痺れが消えて、痛みに気づいたのだろう。血は出てない。だが、細い血管は破れてしまったようだ。
「急に見えるものが変わったから、頭の中の処理が追いつかないのかな。薬を作るから、目をつぶっていてください」
僕は、適当にそれらしいことを言ってごまかした。貴女の頭に、根を突き刺しました、とはさすがに言えない。敵認定されても困る。
魔法袋から異界の薬草を取り出すと、ご婦人の視線が僕の手元に向いた。僕は若く見える女性を診て、頭部の怪我を治すための薬を作る。
この世界の人間の姿に変化していても、影の世界の人達の怪我には、異界の薬草を使う方が圧倒的に効果が高い。
なりきり変化のなりきりっぷりは、味覚を変えたり、夜は眠くなったりと、細かい所まで完璧だ。だが、治療については、そうでもないようだ。
外傷なら普通のポーションで治るけど、体内の怪我や病気には、効果は不安定だ。効くときと、全く効かないときがある。僕のスキル『薬師』の能力不足なのだろうか。
結局、異界の薬草を使えば解決できるから、その調査や実験は、まだできていない。気にはなるんだけど。
「さぁ、これを飲んでみてください。頭部の違和感は改善されると思います」
僕がそう言って小瓶を差し出すと、ご婦人が受け取り、若く見える女性に飲ませた。目を閉じさせたままだからか。
薬の効き具合を、薬師の目を使って確認する。うん、完璧だな。やはり、影の世界の住人には、異界の薬草から作る薬が合う。
「まぁっ! 目が痛いわっ」
目を開けた女性は、さっきと同じことを言っているけど、その意味は違うようだ。目に映るものに色があることで、刺激が強いのだろう。
目を閉じたり開けたりと、せわしない。そして、その表情は、みるみるうちに輝いてきた。
「いかがですか?」
「はい! 目が、あの、色がたくさんあって……」
彼女は、教会内をキョロキョロと見回している。室内でよかったな。
「外に出ると、もっとたくさんの色があふれていますよ。少し目が慣れるまで、こちらでゆっくりしていてください」
僕がそう言うと、ご婦人が彼女を長椅子へと座らせた。
「ヴァンさん、やはり、貴方は強き者ですわね」
これは、影の世界の人の、最高の褒め言葉らしい。
「ありがとうございます。僕よりすごい人は、たくさんいますよ」
「こちらの世界には、強き者は、たくさんの種類があるということを、私は発見しましたわ。ヴァンさんは、身体を蝕むモノに対して、圧倒的な強き者ですわ」
ご婦人が言っている話は、わかるようでわからない。僕は適当に微笑んでおく。
あっ、教会の入り口に、ボレロさんがいる。遠慮がちに覗いている。様子見だろうか。だが、ちょうどいいな。
僕が手招きすると、ボレロさんは少しぎこちない笑顔で、教会に入ってきた。
最近ボレロさんは、ご婦人方とは距離を置いているらしい。その理由は知らないけど……あー、なんだか、わかったかも。
ご婦人が、ボレロさんに冷たい視線を向けた。そうか、ボレロさんが強き者を操るのだと誤解されていたけど、その誤解が解けたのか。
なんていうか、影の世界の女性は、圧倒的に強い人には媚びるんだけど、それ以外の人には冷たいんだよな。女性には、普通に接しているのに。まぁ、そういう種族なのだと思うしかない。
「ヴァンさん、お呼びですか?」
ボレロさんは、ご婦人に愛想笑いを浮かべつつ、僕が招き入れたことを強調している。
「すごい発見をしたんですよ。ボレロさん、ご婦人が手に持つ物を見てください」
僕がそう言うと、ボレロさんは、引きつった笑みを浮かべながら、ご婦人の方に視線を向ける。なんだか、ぎこちない人形みたいな動きだ。何か怖い目に遭ったのだろうか。
「あっ、マナ玉? あれ? 吸収しないんですか」
ボレロさんの様子が変わった。というか、普通の冒険者ギルドの所長の表情に戻った。
「そうなんですよ。こちらの女性の頭部に紛れ込んでいた物なんですが、影の世界の人達には、ただの異物なんです。触れても吸収しない」
「すごい発見です! ということは、影の世界の人達は、マナ玉を集めることもできますよね。これは、本格的な共存関係に繋がる発見です! すぐに国王様に報告しなければ!」
居心地の悪そうなボレロさんへの信頼を回復したいな。ご婦人は、弱い男には殺意さえ感じるようだ。
「ボレロさん、このマナ玉って、何色かわかりますか? 僕には、全くわからないんですけど」
「あぁ、これなら、ボレロにもわかりますよ。魔力値1,000アップ
の銀色のマナ玉ですね。サーチの弾き方で見極めるんです」
「ボレロさん、すごいですね。元ギルマスのオールスさんは、使ってみるまでわからないって、以前、言ってましたよ」
僕がそこまで話すと、ご婦人の表情は少し変わった。ボレロさんに向けていた殺気が消えたようだ。
「赤色か黄色かは、ボレロにも誰にもわかりません。オールスさんは、そのことを言ってたのではないですかね」
そうなのかな? ゼクトさんは見分けられるみたいだから、サーチ方法があるのだと思う。オールスさんは、俺にはわからないと言っていた。俺には、って。
「話が難しくて、よくわからなかったです。赤色のマナ玉がたくさん見つかったところでは、その奪い合いのために小国が滅んだとも聞きました」
「あぁ、小さな自治国ですね。見た目は、赤色のマナ玉も銀色ですからね。いろいろな小細工をして、騙し合いもあったそうです」
僕達の話は、影の世界のご婦人方には、退屈なのだろう。若く見える女性も、ご婦人と同じく、話を聞き続ける集中力はない。
「ご婦人、これは貴女達にとって、すごい発見なんですよ?」
僕がそう言うと、ご婦人は、ハッとしたような表情を浮かべた。全然話を聞いてなかったよな。
「ヴァンさん、えーっと? どういうことかしら」
「貴女が手に持つ銀色の玉は、マナ玉と呼ばれます。ラフレアが排出するエネルギー体です」
「えっ? ヴァンさんのエネルギー体?」
「それは、僕が排出した物ではありませんが、僕と同じく動くラフレアが排出したのでしょう」
「あら、そう」
ご婦人は、興味を失ったらしい。
「マナ玉は、この世界の強い冒険者が、より強くなるために必死に集めています」
「あら! 強き者が?」
ご婦人の表情は、一気に輝き始めた。
「はい。ただ、これは、この世界の住人が触れると吸収してしまいます。だから流通しないのです」
ご婦人の表情は曇った。話が難しいか。
「ですが、貴女達なら触れても吸収しないから、集められます。ギルドで売ると高値で売れますし、一度でもギルドに納品すると、欲しい人が直接依頼してくるかもしれません」
「まぁっ! 強き者が、私達のところに押し寄せてくるのですわね? 選び放題ですわ!」
「叔母様、新たな強き者を見つけられますね?」
「はぅっ、どうしましょう〜」
ご婦人は、クネクネと、妄想の世界に突入していらっしゃる。
「ボレロさん、グリンフォードさんにも伝える方がいいですよ。彼女達を連れて行ってください」
僕がそう言うと、影の世界の二人は、ボレロさんに熱い視線を送った。
日曜日はお休み。
次回は、5月2日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




