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483、カベルネ村 〜Lランク冒険者イザンの交渉術

 ご婦人方に、影の世界の獣がなぜ突然現れたのかと尋ねると、彼女達は、三者三様な表情で首を傾げた。


 問いかけた僕に……おまえは馬鹿かと言いたそうな表情、驚いたのか呆然としている表情、そして不快感を隠さない表情。 


 僕は、失言をしたのだろうか。



「貴方は、私達を試してらっしゃるのね!」


「私達が獣をすべて魔道具に捕獲してあげたじゃない。この世界には、何の被害もなかったでしょう」


「まさか、感謝の言葉を知らないのかしら」


 ご婦人方は、また大切なことをいろいろと忘れている。まぁ、いいんだけど……いや、ダメだ。おそらく、下手したてに出るのはマズイ。僕は、そう直感した。



「おいおい、アンタらが、手出しするなと言ったじゃないか。アンドロイド型の魔道具鑑賞は楽しかったが、俺達が動けば、逃がさなかったぜ?」


 僕が口を開く前に、ゴップスのリーダーでLランク冒険者のイザンさんが、ご婦人方に強い口調で反論してくれた。


 今はまだ、精霊ブリリアント様の加護を強めた状態だから、彼の見た目は、輝きの精霊の姿になっている。


 ご婦人方は、そんな彼に殺気を向ける。


 影の世界の住人にとって、光系の精霊は悪しき霊みたいだな。僕達から見た悪霊のような存在なのだろう。


 イザンさんは、それがわかっていて精霊ブリリアント様の加護を強めている気がする。



『ヴァン、影の世界の人達には遠慮は無用だよ』


 精霊ブリリアント様の声が聞こえた。


 遠慮は無用というのは?


『ふふっ、イザンはよくわかっているから、彼に任せておけばいい。影の世界の住人は、本来の姿は影のようなエネルギー体だよ。異界の番人みたいな感じさ』


 えっ? あー、身体がないのですか。


『こちらの世界とは身体の構造が違うんだ。高い知能と魔力を持った霊がマナを利用して身体を構築して出来上がった種族、という感じかな』


 僕には、話が難しく……。


『ふふっ、彼女達も、今のヴァンと同じだよ。こちらの世界のことは、理解が難しい。だけど、この世界と共存しようとしているよ』


 僕が疑心暗鬼になっていたんですね。


『こちらの世界は、影の世界のようにはいかないからね。いろいろと上下関係が複雑だ。だが、影の世界は違う。人の王が信じたモノは、王を信じる者達も無条件に信じるよ』



 精霊ブリリアント様と話している間、ご婦人方とイザンさんの睨み合いが続いていた。


 ボレロさんが、ハラハラして、僕に合図を送ってくる。


 影の世界の人達には、遠慮はいらないんだったよな。こんなに忘れっぽいのは、身体の構造の違いか。きっと、ご婦人方には悪意はない。


 僕は、彼女達を信じよう。




「ご婦人方、僕には、なぜ突然影の世界の獣が現れたのか、素直にわからないんです。何かに操られるかのように、一斉に転移してきたように見えました」


 僕がそう話すと、ご婦人方は、一瞬ポカンと変な顔をした。毒気を抜かれたという感じだ。


「こざかしい獣が、操ってたからですわよ」


「違いますわ。獣を乗っ取っている霊ですわ。異常な知恵がありますの」


「アンドロイド型の魔道具も使っていますわよね、奴らは」


 ご婦人方の話には、固有名詞が出てこない。わざとだろうか。



「その霊というのは、堕ちた神獣ですよね。奴らということは、もう一方は、氷の神獣のことですか」


 そういえば、氷の神獣テンウッドは、人形を経由して、リースリング村を襲撃してきたよな。あの人形は、アンドロイド型の魔道具か。



「グリンフォード様は、そんな感じのことをおっしゃっていたけど、私にはわかりませんわ」


 きっと、忘れてしまったのだろうな。


 侍女の姿に戻ったアンドロイド型の魔道具は、ご婦人に何か耳打ちをしている。念話じゃなくて、耳打ちをするのはなぜだろう?


「あーっ! そうだったわね。今のは取り消しますわ。獣が、この世界のハズレを喰おうとしましたの。ゲナードという堕ちた神獣が、軍隊を作ろうとしていますの」


 この世界のハズレ? 強き者ではない人のこと?


「そうね、そのために、獣はここに来たのでしたわ。私達が去れと命じても、獣の分際で無視したのです。ありえないわ」


「宝探しなんてくだらないと、反論までしやがったのでしたわ! 私達が邪魔だとまで……許しませんわ!」


 ご婦人方は、侍女の姿をした魔道具から、次々と情報を念話で伝えられている。そうして、徐々に怒りに震えていくんだよな。


 ラフレアの根を浮遊させていると、念話によるマナの流れを感知できる。内容はわからないけど。


 しかし、ゲナードは軍隊を作る気でいるのか? アイツは、それほど強くこの世界に固執しているということか。悪霊化しているから、もう理由なんてないのだろうな。ただ、この世界を潰したい……それしか考えてない気がする。




「今回のカベルネ村の襲撃は、ゲナードの仕業か」


 いつの間にか、精霊ブリリアント様の加護を弱めたイザンさんが、ご婦人方にそう問い直した。


「あら、貴方は、強き者かしら?」


「気味の悪い光は、もう、やめておきなさい。そちらの方が素敵だわ」


 ご婦人方は、コロッと態度を変えた。なんだろう……素直なのか、無邪気なのか……。


「俺の質問は、無視か?」


 イザンさんが、ご婦人方へ殺気を放つと……彼女達は、くねくねし始めた。彼はご婦人形に、強き者認定されたんだな。


 あー、そうか。落差か。


 精霊ブリリアント様の加護を強めた状態から、一気に彼女達が好む態度へ変えると、ご婦人方の感情がより大きく揺さぶられるのだろう。


 さっき、ブリリアント様が彼に任せておけばいいと言っていたのは、こういうことか。



「ごめんなさい、無視じゃないのよ」


「私達は、すぐに、気になることに気を取られてしまいますのよ」


 ご婦人方は、必死な表情だな。なんだか、かわいらしく見えてきた。強き者を見つけたら、それだけで単純に嬉しそうなんだよな。


 不思議な生態だ。地中虫タバラも、そんな感じなのかもしれない。ある意味、無欲なんだよな。独占欲がないから、ハーレム化するのか。



「で? まだ、答えてないな」


 イザンさんがそう言って、ご婦人方を睨むと……彼女達は、はぅぅと、想像通りの表情をした。


 だけど、3人とも答えない。互いに顔を見合わせている。たぶん、イザンさんの質問を忘れているのだろう。



「堕ちた神獣ゲナードの仕業なのですか」


 僕が再び、そう尋ねると、ご婦人のひとりがポンと手を叩いた。


「そう、それよ。あの霊は異常なのですわ。異常な魔力量を持ち、分裂してあちこちに潜んでいるのですの」


「そういえば、氷の神獣の配下なのですわ。ゲナードという霊が、氷の神獣の言葉を伝えてきますもの」



 ご婦人方の話は、ボレロさんがこっそり、拡声の魔道具を使って、村中に声を届けている。


 ゲナードと聞き、カベルネ村の人達はその表情を固くした。ゲナード討伐戦の地は、カベルネ村に繋がる街道横だ。いろいろな記憶が頭をよぎったのだろう。


 隣のシャルドネ村では、ゲナードに喰われた人もいたな……。


 いい加減、決着をつけなければ! 



「やはり、ゲナードか。くそっ、あのバケモノは、やはり神によって封じていただくしかないか」


 イザンさんが、苦々しげな表情を浮かべている。彼も、ゲナードに被害を受けたのか。いや、確かあの頃、高ランク冒険者には、冒険者ギルドから何かの要請が出ていたんだっけ。


「あら、貴方、分裂した悪霊を完全に封じるなんて不可能よ。だから神は、氷の神獣をこちらの世界で堅牢に閉じ込めているのですわ」


 ご婦人のひとりが、侍女からの念話なしに、そう言った。彼女が記憶していることだ。


 僕は、北の小島で、神獣が氷の檻に閉じ込められている理由を知らない。悪いことをしたのだろうとは察していた。だが、それなら、処分されてもおかしくない。


 だけど、ずっと生かされている。神の慈悲かもしれない。だが、討って悪霊化してしまったら、取り返しがつかないことになるのか。



「そうか、ふむ。影の世界の人達にとって、ゲナードは、どんな存在だ?」


 イザンさんがそう尋ねると、ご婦人方は皆、同じ顔をした。一気に怒りに染まっている。


「あの霊は、異常ですわ。皆は、ゲナードがさっさと生まれ変わって、私達の世界から出て行ってくれることを望んでいますわ」


「ちょっと待って。そうなると、こちらの世界で宝探しができなくなりますわ」


「大変だわ! せっかく楽しそうな娯楽を見つけたのに……」



 ご婦人方の話に、イザンさんはニヤッと笑みを浮かべた。


「じゃあ、俺達と共闘しないか?」



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