482、カベルネ村 〜ヴァン、疑心暗鬼になる
暗い夜空に走る亀裂は、その箇所が次々と増えていく。複数の場所から一気に攻め込む気か。
イザンさんは、僕の方をチラッと見て、ニヤッと笑った。この状況を楽しんでいるようにも見える。
さっき、冒険者ギルド所長のボレロさんが、イザンさんはゴップスのリーダーでLランク冒険者だと言っていた。
ゴップスという冒険者パーティは、少数精鋭で、難易度ミッション狙いばかりをしていると聞いたことがある。目立つ成果に対して、そのメンバーのことはあまり知られていない。僕も、ゴップスの人に会うのは初めてだ。
「ヴァン、共闘できて嬉しいぜ。俺も精霊師だ。精霊ブリリアントの加護しかねぇけどな」
「えっ? イザン兄さんも?」
「ガハハ、なんて顔をしている? 精霊ブリリアントが言っていた通り、純朴な少年のままだな。あー、俺の方が精霊師歴は長いが、まだ上級だ。指揮は、ヴァンに任せる」
「えっ……あ、はい。じゃあ僕は、邪霊の分解・消滅を使います。物理攻撃力は、僕にはほとんど無いので、アタッカーをお願いします。バリアも使えないんですが、イザン兄さん、いけます?」
僕は、リースリング村での襲撃を思い出して、まず魔法陣を展開しようと考えた。あれは、かなり有効だったからな。
「アタッカーは了解! しかし俺は、広域バリアの技能は持ってないな。ボレロができるか?」
イザンさんは、ボレロさんに話を振ったけど、ボレロさんはそれどころじゃないようだ。混乱した人達に、もみくちゃにされている。
僕は、空の亀裂より、ご婦人方の動きに神経を使っていた。彼女達が操っているなら、指揮官を倒さない限り襲撃は収まらない。
「ヴァン、その魔法陣は、ご婦人方にダメージを与えないか?」
「それは大丈夫です。スキル『道化師』の変化を使っている限り、人間と変わりません。人間を喰って姿を得たのなら、属性は変わらないから邪霊の分解・消滅は、ダメージになるようですが」
僕の説明を聞きつつ、イザンさんはあちこちに視線を走らせている。すごいな、この人。たぶん複数のサーチを同時に使っている。さすがLランク冒険者だ。
「よし、じゃあ、最初の1体が降り立ったら排除に動くぞ。覗いているだけなら、まだ侵略とはみなされないからな」
「わかりました。僕も、同時に魔法陣を……ん?」
ブワンッと、重力を感じた。
「こちらの世界の人達は、手出し無用ですわ!」
「獣の分際で、私達に喧嘩を売ってくるなんて、許しませんわ」
えっ? ご婦人方に同行していた侍女達が、姿を変えた。人間ではなく、人形のように見える。しかも巨大化ではなく、小さくなっている。彼女達は、人形なのか?
彼女達の重力魔法で、カベルネ村にいる多くの人達は立っていられず、地面に座り込んだ。動きを止めたのか。
そして、ご婦人方は人形を操るかのように手を動かす。すると空中に浮かび上がった人形がギギギと、空の亀裂の方に首を動かす。
「ヴァン、楽しそうだから、おとなしくしてようぜ」
「あっ、はい。でも、ここで暴れられたら被害が……」
そう話していると、イザンさんの姿は精霊ブリリアント様に変わった。背丈は変わらないから、憑依ではない。加護を強めたのか。
ご婦人方は、イザンさんの姿の変化に、一瞬、殺意を含む鋭い視線を向けたが、すぐに人形に集中力を戻したようだ。
グリンフォードさんが、ご婦人方には、本来の姿に戻らないようにと、強く言っていたのだろう。侍女達は、そんな彼女達が戦わなければならない時の武器のようだな。
空の亀裂が大きくなり、首を出した黒い獣が、姿を現した。重力魔法で動けなくなっている人達を見回し、舌舐めずりをしている。
「きゃー!」
「う、動けない、た、助けてくれ」
人々を必死に落ち着かせようと、ボレロさんが拡声の魔道具を使って叫んでいるが、悲鳴にかき消されて、その声は届いていない。
だが僕には、ボレロさんをサポートする余裕はない。まだ、ご婦人方が味方だと、完全に確定したわけではないのだ。
ヒュルヒュルヒュル
ご婦人方の近くに浮かぶ人形が、黒い獣に向かって何かを伸ばした。紐のようにも見えるが……人形の口から出ているようだ。
そして黒い獣に触れると、パッと網のように広がり、一瞬で包み込み……。
ヒュルヒュルヒュル
紐のようなものが縮んでいく。
網のようなものに捕われた黒い獣のいく先には、まさかの巨大な口が待っていた。
人形が、獣を丸呑みしたんだ!
3体の人形は次々と黒い獣を捕獲し、丸呑みしていく。だけど、人形の大きさは変わらない。
ラフレアの根は、人形の口から漏れる何かに引き寄せられる。甘い。闇系のマナを感じる。人形は網に捕獲することで、獣を一気に分解しているようだ。
まるで、あの紐のような網は、人間でいうと胃などの消化器のようだな。あの人形は、魔道具なのだろうか? だけど、獣を喰う魔道具だなんて存在するのか?
「ヴァン、逃げ出す奴らはどうする?」
僕が、呆気に取られていると、イザンさんから声を掛けられた。この付近の影の世界に集まっていた獣の数は減っている。ここに、獣を喰う人形がいるから、逃げ出したのだろう。
「影の世界に集まっていた獣は、かなり減っています。ご婦人方からは、手出しをするなと言われているから……彼女達を信じましょう」
「まぁ、そうだな。その方がボレロも嬉しいだろう」
ボレロさんが嬉しい? 僕は、イザンさんの言葉の意図がわからなかった。共存という意味だろうか?
空の亀裂がすべて閉じられたとき、重力魔法も解除されたようだ。
強い重力魔法ではなかったが、人々は自由を奪われて、襲撃の恐怖をより強く感じたと思う。これが、ご婦人方の作戦の一部なのか、もしくは、何も意図していなかったのかを確認する必要がある。
疑心暗鬼になっているかもしれないが、ご婦人方の自作自演だという可能性もある。
「ご婦人方、その人形のようなものは、何ですか? 侍女の姿でしたよね?」
僕がそう尋ねると、彼女達は自慢げな表情を浮かべた。
「これは、アンドロイド型の貯蔵庫ですわ」
「ふへっ? 貯蔵庫?」
予期しなかった返答に、僕は変な反応をしてしまった。
「驚くのも無理はないわ。このような魔道具は、こちらの世界にはないのでしょう?」
「代わりに、ポーなんとかや、エリなんちゃらを大量に持ち歩かなければならないし、魔法袋という魔道具もたくさん必要なのでしょ? 大変ですわよね〜」
ポーションやエリクサーの役割があるのか? 貯蔵庫って言ったよな? 獣を喰って、闇系のマナに変換して溜めていくのだろうか。
「アンドロイド型の魔道具は、こんな風に使うんですね。ボレロは、驚きました」
ボレロさんは、事前に知っていたのか。あー、ご婦人方を連れてきたのは、ボレロさんだもんな。
「ええ、他の世界に行くのだからと、奮発して高性能なものを用意しましたの。相当の期間のエネルギーを保管してあったのですが、さらに増えましたわね」
「食料庫の代わりなんですね」
ボレロさんは、ご婦人の話にテンションを合わせて、大げさに驚きながら話している。だけど……。
「違いますわ! ただの貯蔵庫なら、その辺の者でも持っていますわ。アンドロイド型だと言ったでしょう?」
「あわわ、そうでした」
見た目の話ではないのか。ボレロさんは、そうだったと言いつつ、わかってないようにも見える。
ボレロさんが、ご婦人方のご機嫌を取ろうとして失敗するのは、2度目だな。人の扱いが上手いボレロさんにも、ご婦人方の扱いは難しいらしい。
「アンドロイド型の貯蔵庫は、情報も貯蔵しますのよ? だから、高価な魔道具ですの」
あっ、だから侍女からの念話があったのか。念話も使う魔道具だなんて……信じられない。
「しかし、獣のくせに、私達に逆らうなんて、許せないわ!」
「この世界の宝探しをぶち壊す気よ。ありえないわ」
ご婦人方は、ぷりぷりと怒っていらっしゃる。これは、本当に怒っているようだ。じゃあ、獣を呼び寄せたのは、彼女達ではないんだな。
まだ、騒然とする人々に、ボレロさんが必死に大丈夫だと叫んでいる。でも、空が裂ける現象を初めて見た人達には、落ち着けないよな。
しかし、なぜ突然現れたんだ? 集団転移を使ったように見えた。リースリング村の場合は、自然に集まってきたが、今回は一気に現れた。
考えたくはないが、何者かが、獣を操っているとしか思えない。僕は、素直に尋ねることにした。
「ご婦人方、獣は、なぜ突然現れたのですか」




