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481、カベルネ村 〜ご婦人方の意外な能力

 イザンさんの知らん発言で、会場内は大爆笑だ。スキル『道化師』の技能発動中の僕よりもウケている。



「じゃあ、答えは無いのか?」


 ワイン当て競争の参加者から、そんな声が飛んできた。ちょっと、ふざけすぎたかな。


「答えは、僕から発表しますよ〜。番号2が、正解ですね」


 ドゥ教会の信者さんに視線を移すと、頷きつつも、何か落ち着かないようだ。番号4と5の試飲の感想を聞き出したいのかな。



 司会の人が、僕から拡声の魔道具を奪い返し、口を開く。


「ふぅ〜、やっと拡声の魔道具を取り戻せました。2番の席以外の人は、残念でした〜」


 あっ、そうか、まだ続くんだよな。間違えた人達は観客席に戻った。一気に人数が減ったよな。



 その後、2問のクイズがあり、残る参加者は3人になった。難しいクイズではない。だけど、こんなにみんな知らないんだなと、僕は信じたくない気分になった。


 赤い【富】の神矢が降ったのは、僕が13歳の誕生日の前日だ。あのときの【富】はワインだった。それ以降は、赤い神矢は降っていない。だから今でも貴族の間では、ワインブームは継続中だ。


 赤い神矢は不定期だけど、もう次の神矢が降ってもおかしくないほどの時間が流れた。僕は19歳だ。もう6年以上経つ。


 それなのにワインについての知識が、こんなにも知られていないことに、僕は衝撃を受けた。僕がジョブ『ソムリエ』だからではない。ぶどう農家に生まれた者としても、焦りを感じる。


 神から与えられたジョブは、僕の本来やるべき仕事だ。それが、あまりにも……。マズイな、このままではジョブの印が陥没してしまうかもしれない、



「さぁて、ここまで残った皆さんに、醸造所からプレゼントがあります。番号2のテーブルワインを1年分、さらに番号4か5をどちらか1本差し上げます! 番号4と5は、まだこれから熟成させるべきワインなので、飲み頃まで当醸造所が責任を持ってお預かりすることも可能です」


 テーブルワイン1年分って、何本だろう? 参加者は、3人とも大喜びだ。


「番号4と5、どっちが高級品になるんだ?」


「ある意味、最大の賭けだな」


「どちらも、今は飲めたもんじゃなかった」


 参加者達は、迷っているらしい。高級品になるものが欲しいというのは、なんというか素直だよな。



「番号4と5は、どちらも高級品になりますよ」


 役割を思い出したかのように、雇われている下級ソムリエがそう言った。なぜかドヤ顔だ。


「ソムリエさん、どちらが良いんだ? 俺はどちらも渋くて飲めなかった」


「番号5は、ぶどうの出来の悪さを象徴していますね」


 おっと……。下級ソムリエは、痛恨のミスだな。逆だよ。番号4が、ぶどうの出来の悪さの影響を受けている。これは、長期熟成には耐えられない。



 ドゥ教会の信者さんが、必死な顔で僕に何かを伝えようとしている。下級ソムリエの言葉を否定してほしいんだな。


 僕は軽く頷き、口を開こうとすると……。



「あら、この違いがわからないのてすの?」


 突然、関係者席にいたご婦人の一人が、立ち上がった。今日ワインを初めて飲んだ人に、わかるのだろうか。


「あまりにも違ったわよね。貴方達は、強き者ではないわね」


 別のご婦人も立ち上がった。3人の内の、もう一人のご婦人は、あまり興味はなさそうだな。


 強き者って……。みんなは、酒に弱いと思われたと感じているだろうな。



「ご婦人方、どちらが美味しかったですか」


 醸造所の人がそう尋ねると、二人のご婦人は、同時に首を横に振った。


「美味しいとは思わないわね」


「渋さが口に残るから、飲み物としては最悪ね」


 ご婦人方は辛辣しんらつな言い方をしているけど、間違ったことは言ってない。



「では、どちらも要らないということかな〜」


 司会の人は、明るい口調でおどけた話し方をした。僕の真似をしたのだろうけど、彼はスキル『道化師』の技能を使っていない.ただの変な人に見えてしまう。


「どちらも、もらえるなら欲しいわ」


「私は、番号5がいいわね」


 おっ!? 番号5を選ぶと? 偶然だろうか。



 醸造所勤めの信者さんが、一瞬、嬉しそうな顔をした。だけど、ご婦人方は何を根拠に?


「ご婦人、番号5は、ウチの自信作なんですよ。どこがよかったですか?」


 ワイン醸造家にありがちな……長い話が始まりそうだ。信者さんは、目を輝かせている。


「そう、どこがと言われても困るわ。ただ、試飲した中では一番、霊のパワーが詰まっていたのよ。こちらでは、妖精と呼ぶのだったかしら」


 えっ? ちょ……。ボレロさんも同時に慌てたけど、もう遅かった。


「私達の世界では、すべて霊と呼びますの、こちらでは、精霊だとか妖精だとか、面倒な分類がありますわよね」


 あーあ、みんなが固まっている。



「ちなみに、ご婦人方の世界というのは?」


 司会の人が、してはいけない質問をした。


「貴方達が、異界と呼ぶ世界ですわ」


 会場内の空気が凍りついた。僕が使っていたスキル『道化師』の喜怒哀楽が、悪い方へ働く。負の感情が一気に広がっていく。


 ま、マズイ。だが今、技能を解除すると、観客の心に強烈な恐怖心が固定されてしまう。



 僕は、やわらかな雰囲気を意識しながら、慎重に口を開く。


「ご婦人方、ワインの中にあるパワーを感知されたのですか」


「ええ、番号4と5は、飲むと私の体内のマナが活性化したわ。それ以外は、弱いわね。何の足しにもなりませんでしたわ」


 マナが活性化? あー、共鳴するのか。



「ワインの中には、ぶどうの妖精の声が詰まっているのですよ。これから育っていくワインは、妖精が暴れ回っているかのように感じます。これはソムリエの技能のひとつ、ワインの精というものです」


 そう説明すると、ご婦人方は頷いている。すごいな、これは!


「番号5は、暴れ回っているようなエネルギーを感じたわ。その点、番号4は、おとなしいと思いますわ」


「素晴らしい! 貴女達は、ソムリエのスキルが無いのに、正確にぶどうの妖精からのメッセージを受け取っていらっしゃる! 影の世界の方々だからですね。素晴らしいです」


 僕は思わず興奮気味に、早口で話してしまった。


 だが、スキル『道化師』の喜怒哀楽は、僕の失敗を上手く演出してくれる。


 ご婦人方に怯えた表情を向けていた人達の雰囲気が変わった。



 すると、ボレロさんが口を開く。


「ヴァンさん、これはすごい発見ですよ! ソムリエのスキルが無くても、ワインの良し悪しを見極める力が影の世界の人に備わっているなら、醸造所は大歓迎ですよ」


 ボレロさんは、ギルドミッションのことを話しているのだろう。


 言葉には出さないけど、共存するためには、互いに必要とすることが何よりの近道だと思う。


 明るい兆しが見えたな。



「うぉお、それなら番号5をもらうぞ!」


「俺もそうする。どれくらい先が飲み頃だ?」


 景品をもらう3人は、ご婦人方に笑顔を見せた。うん、良い傾向だ、


「私はソムリエではないから、わかりませんわ」


 あー、ばっさりと……。



「あと、10年から12年先くらいですね」


 僕がそう言うと、僕の素性を知らない参加者が、怪訝な表情を浮かべた。名乗る方がいいかな。


「僕は……」


 うん? 何だ? ブワンと結界バリアが張られた気配がした。



「何なのかしら? こざかしいわね」


 ご婦人方が、一斉に同じ方向を向いた。



 うわっ! 転移か。


 収穫祭の会場を知らせる看板の近くの空間に、亀裂が走った。


 さっきまでは、何も居なかったのに、いま、このカベルネ村の上空の異界には、数えられないほどの何かが集まってきている。瞬時に移動してきたんだ。



「きゃー!」


「バケモノが……首だけのバケモノがぁ〜!!」


 リースリング村の襲撃のときと同じだ。首だけを出して、様子を見ている。


 まさか、ご婦人方が呼び寄せたのか?



「皆さん、動かないでください。ここには、イザンさんと、ヴァンさんがいます! ヴァンさんは、青ノレアのSランク冒険者です。そして、イザンさんは、ゴップスのリーダー、Lランク冒険者です!」


 ボレロさんがそう叫ぶと、収穫祭に集まった人達は動きを止めた。だが、このパニックで、緩めていたスキル『道化師』の喜怒哀楽の技能は、自然消滅した。


 技能の解除は、構わない。そんなことより……コイツらを呼んだのが彼女達なら、共存なんて、絶対にできない!


 僕は、彼女達の様子を凝視する。そして、ラフレアの根をいつでも使えるように、集中する。



「獣は、せっかくの宝探しをぶち壊す気かしら」


「かわいい妖精がいるのに、許せないわ!」


 ご婦人方は、味方なのか?



日曜日は、お休み。

次回は、4月25日(月)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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