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480、カベルネ村 〜そのソムリエにはわからない

 収穫祭の見せ物、ワイン当て競争の参加者は、集まった人の半数程度かな。観客の方が圧倒的に多いのかと思っていたから、少し意外だった。飲みたいだけの参加者もいるのかもしれない。


 番号の札を持つ7人の醸造所の人の元に、参加者が移動していく形式のようだ。だけど均等に並べられた椅子は、参加者の数しかない。正解の席は、足りなくなるのではないだろうか?


 そう心配していると、椅子を持って移動する人達も現れた。これは、逆に椅子が邪魔じゃないのかな。


 試飲した赤ワイン5種類、白ワイン2種類には、1から7までの番号がつけられていた。ワインの味を記憶した状態で、クイズのような質問に答えるのは、難しそうだ。



 お題は、『カベルネ村で最も売れるテーブルワイン』を選ぶこと。司会の人が、そのボトルを掲げている。ヒントどころか、バレバレだ。飲んだことのある人は、間違えない。


 どう見ても赤ワインなんだけど……白ワインの番号の席に座っている人もいる。なぜだ?



 試飲は、軽い物から重い物へと順に飲ませるようになっている。これは王道だよな。白ワインから始める方が、僕は個人的にはいいと思うけど、カベルネ村の収穫祭だからか、赤ワインからだ。


 番号1は、軽い口当たりのライトボディで鮮やかな赤ワイン。これは、ガメイ村のヌーボーだろう。今年の新酒は、まだ飲んでなかったから、素直に嬉しい。


 番号2は、飲みやすいミディアムボディの赤ワイン。これがお題の答えだ。どんな料理にも合わせやすい優れたテーブルワインだ。数種類のぶどうをブレンドして、口当たりよく作られている。


 番号3は、華やかな香りが印象的なミディアムボディの赤ワイン。ピノノワール村のテーブルワインだ。ピノノワールという品種だけから作られるのが特徴だ。僕は行ったことのない村だけど、いつか訪れたい。


 番号4と番号5は、カベルネ村で作られたフルボディの赤ワインだ。醸造所の人達は、この二つを評価してほしくて出しているのだろう。


 番号4は、無難な仕上がりだ。渋味が抑えられているから、メルローという品種の配合割合が多いのかな。


 番号5は、暴れん坊だ。今この状態では、あまりにも若く渋すぎて飲めたものじゃない。だが、これは良い。上手く保管熟成させれば、芸術品とも言える逸品になる。


 そして、白ワイン。


 番号6は、やや辛口の白ワインだ。間違いなく、お隣のシャルドネ村で一番売れているテーブルワインだ。やはり素晴らしい。肉料理に合わせても悪くない。


 これは、ライバル意識で用意したのだろうか? カベルネ村の赤ワインは王の風格があるとすれば、シャルドネ村の白ワインは女王の品格がある。


 番号7は、やや甘口の爽やかな白ワインだ。僕が生まれ育ったリースリング村のぶどうから作られた、王都で人気のテーブルワインだ。大量生産ものだから、それなりな感じだ。常温だからか、甘さと酸味のバランスが悪い。もっと冷やす方が美味しいんだけどな。




「皆さん、席の移動は終わりましたか〜?」


 司会の人は、拡声の魔道具をぐるりと振り回している。だけど、誰も返事をしてくれない。参加者の声を拾うつもりだったのだろうけど。



 僕は、当然、ワイン当て競争には参加していない。醸造所に勤める、ドゥ教会の信者さんから頼まれたから、手伝い側だ。


 しかし、簡単なクイズなのにな。


 僕は少しガッカリしていた。こんなにも間違える人が多いなんて予想していなかったためだ。


 ワインの味の違いがわかりにくいのか? もしかすると大半の人は、ワインをほとんど飲んだことがないのかもしれない。



 影の世界のご婦人方は、試飲用のワインを並べて百面相をしている。色のついた飲み物に喜んでいたようだけど、見た目のイメージと味が違ったらしい。


 ボレロさんから何かを注意されたのか、関係者席でおとなしくしてくれている。侍女達が、管理してくれているのかな。




「では、正解は〜、ソムリエさんからお願いします〜」


 司会の人は、下級ソムリエの男に、話を振った。だが、裏ギルドでの仕事が多かった彼は、驚いた顔をしている。


「おい、聞いてないぞ。俺をハメやがったな?」


 下級ソムリエは、司会の人に殴りかかりそうな勢いだ。


 あー、これは、主催者側のミスだな。これまでは、いつも同じソムリエを雇っていたから気づかないんだ。


 ギルドのミッションとして、おそらく初めてカベルネ村に来た彼には、このクイズは難しい。


 それに、彼のスキルは下級だ。ぶどうの品種は当てられても、カベルネ村で栽培されているぶどうを使った赤ワインは、3つある。どれが一番売れているかは知らないだろう。まぁ、番号5は、違うと判断できるだろうけど。



 下級ソムリエが殺気を放っているためか、観客に紛れていた男がひとり近寄ってきた。名前は知らないが、よく見る冒険者だ。


「収穫祭の見せ物をぶち壊す気かよ。あんたのソムリエとしての力量を試しているわけじゃねぇよ。司会は、配慮ができてないぜ。初めて来た村なら、どれが一番売れてるかなんて知らないだろ。ソムリエは、商人じゃないからな」


 おぉ〜、素晴らしい!


 冒険者にそう言われて、司会の人は、ハッとしている。そして、答えかわからないのか、バタバタと焦り始めた。



 すると、僕に声をかけてきた信者さんが、僕の方を見ている。手のひらをパチンとあわせて、僕をおがむような素振りだ。


 これは、僕に答えを求めているわけじゃないな。この場の雰囲気を何とかしろってことか。


 うーむ、仕方ない。



 僕は、スキル『道化師』の喜怒哀楽を使う。観客の喜怒哀楽を司ることができる極級の技能だ。



『はぁ〜っ、パパン、パンパン』


 お気楽な掛け声のようなものが頭に響いた。



 殺気を放つ男にビビっていた人達は、不思議そうな表情を浮かべている。一気に会場の雰囲気は、ゆるくなる。


 そして引き続き、僕はスキル『道化師』の着せかえを使って、黒服に早着替えをして、司会の人の方へと歩いていく。



「チッ、おまえ……俺の仕事を」


 下級ソムリエは、喜怒哀楽の技能の影響を、あまり受けないようだ。元暗殺者なら、洗脳系の技能には耐性がありそうだな。


 僕は、ソムリエは無視して、司会の人が持つ拡声の魔道具を奪った。




「はい、皆さん、こんばんは〜っ! ちょっと乱入させていただきます。隣町デネブの神官見習いのヴァンです〜」


 僕は、道化師の技能を発動中だ。観客の喜怒哀楽を、意のままに操れる。僕が楽しい雰囲気を演出して話すと、空気感も愉しげに変わる。



「おい、ヴァン、おまえは、ドゥ教会の旦那だろ?」


 僕がスキルを使ったことに気づいた冒険者は、上手いフリをくれる。まぁ、気づくよね。お気楽な声が頭の中に流れたんだから。


「ちょっと、兄さん、お名前教えて〜。僕は、まだ下級神官なんだよぉ〜。文句ある〜?」


「ガハハ、何だよ、それ。俺は、イザンだ」


 うわっ、イザンって……最近、ゼクトさんと同じLランクになった人だ。チラッと、ボレロさんに視線を移す。うん、間違いない。ボレロさんがハラハラしている。


「イザン兄さん、ボレロさんが凍りついてるよ〜」


「そうだな。俺は気配を消して、隠れてたからな」


「ちょうどいいや。一緒に、ワイン当て競争を乗っ取りましょう」


 僕は、ゆらゆらとリズムを刻む。道化師の技能を使っていると、自然と、変な踊りができるんだよな。


「ガハハ、いいぜ! 面白そうだ」


 イザンさんも、僕を真似て変な踊りを始めた。収穫祭の会場に流れる演奏は、僕達に合わせてコミカルな曲調に変わった。さすが、王都の演奏者だな。



「さぁて、僕達が乗っ取りましたからね〜。まずは、先程の答え合わせからしましょう。イザン兄さん、答えは何番ですか〜?」


 僕は、目配せしながら、イザンさんに尋ねる。


「答えは、番号6だ!」


 わざと、ボケてくれた。


「ちょっと待った〜! それは、お隣のシャルドネ村の白ワインだぁ」


 会場からは、クスクスと笑いが起こる。


「シャルドネ村からの観客がいるから、今のはサービスだ。本当の答えを言うぞ〜、みんな、心の準備はできてるか!?」


 ノリのいい人だな。


「さぁ、イザン兄さん、答えを発表してくださいっ!」


 僕がそう言うと、演奏が変わった。


 ワクワクを演出するように、だんだんと音が大きくなっていく。喜怒哀楽の技能の影響で、観客のワクワクも止まらない。


 最高潮で、ダダンッ! と音を鳴らし、演奏が止む。



 イザンさんは、ニヤッと笑って口を開く。


「俺は、飲んでねぇから、知らん!!」



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