48、商業の街スピカ 〜僕を出品するのですか?
乾杯の後、神官様は、なぜか僕を手招きした。嫌な予感しかしない。気づかないフリをしようと思っていたら、黒服を着た人に声をかけられた。
「神官様が、お兄さんを呼んでおられるようですよ?」
「ご親切にありがとうございます」
スキル『道化師』のポーカーフェイスを使っていてよかった。じゃないと僕は、変な顔をしてしまっていただろう。
神官様に近寄ると、彼女は片眉を上げた。この仕草の意味がわからない。満足げなのか、呆れているのか。
「ヴァン、あなた、ここに何をしに来たか、まさか忘れていないでしょうね?」
「忘れるも何も、理由を聞かされていませんけど」
「あなたを売りに来たと言ったでしょ」
えっ……。僕をオークションに出品する気?
「もうオークションは、終わったんじゃないのですか」
「は?」
あれ、神官様がポカンとしている。珍しい表情だな。まぬけ顔をすると、ちょっと可愛いかもしれない。
あ、ダメだダメだ。また、うっかり騙されるところだった。油断してはいけない。彼女は、三重人格なんだから。
ポカン顔から復活した彼女は、コホンと咳払いをして拡声器の前に立った。僕は、腕を引っ張られて横に立たされている。本気でオークションに出す気なのか?
「皆さん、今日私が同行した少年を、紹介いたします。成人の儀をとり行った縁により、私は、彼の後見人を務めることになりました。先程、ギルドへの登録を済ませたばかりです」
彼女は優雅な笑顔を浮かべながら、パーティに集まった人達に語りかけた。
「人は皆、定められたジョブに従って、務めねばならない役割があります。皆さんも、それぞれのジョブの役目を果たされていることでしょう」
なんだか、教会の神父様の話みたいになってきた。
「成人となった彼にも、当然、その役割があります。通常は親と同じジョブを得ることが多いのですが、彼は珍しいジョブを得ました。そのため、私が後見人をすることとなったのです」
なんだか、まわりくどい話だな。でも、料理を食べていた人の目も集まってきた。引きつけるために、無駄に長い話をしているのか。
そして、彼女は口を閉じ、会場内を見渡している。この沈黙が、人々をより一層引きつけた。こちらを見る人々の目に、期待感がこもっていくのを感じる。これが彼女の話術か。
十分すぎるほど引きつけた後、彼女は口を開いた。
「彼のジョブは、ソムリエなのです」
おおぉ〜! と、どよめきが起こった。期待感どおりのジョブだったということか。
「そして、彼は、超級薬師でもあります。噂になっている謎の少年とは、彼のことです」
ザワザワと、すごいどよめきが起こった。僕は、誰に売られてしまうのだろう。
「夏前に降った赤い神矢の富がワインだったこともあり、ソムリエのスキルを持つ使用人の需要は高まっています。一部の貴族が彼に目をつけ、恩を売ろうとしている行動にも理解できます。実際、一部の貴族の人達の力によって、彼の村は、魔物の脅威から守られています」
あっ、集まった人達が、悔しそうな顔をしている。僕は、彼らの誰かに売られるわけではないのか。
村を守ってくれている貴族の人達は、トロッケン家から僕を守ろうとしてくれている。でも、その名を彼女は口にできないんだろうな。アウスレーゼ家の神官なのだから。
いや、村の人達には、トロッケン家の話をしていない。そのあたりの情報を得た上で、彼女は配慮しているのかもしれない。
「私は、何が最善なのかを考えました。彼を雇いたい人は大勢いるでしょう。ひとりのソムリエをめぐって無用な争いが起こることは、好ましくありません」
あっ、話を聞く人達の目の輝きが変わった。
「ですので、私は、彼に、商業ギルドを通じて、一定期間の派遣という扱いで、ソムリエの仕事をさせたいと考えております。ですが、具体的にはまだ何も決まっていないのですが」
初耳ですが? 僕に相談はなし?
すると、話を聞いていたひとりが、彼女に話しかけた。
「神官様、それでしたら、当家のようなソムリエがいない家への派遣をお願いしたいです。執事は何人か居りますので、ソムリエの技能を伝授いただければ、下級ソムリエのスキルを得ることができると思います」
「そうですねぇ。先程、商業ギルドの方と話しましたが、ソムリエを派遣するという派遣制度はないようなのです。ソムリエ自体が珍しいスキルですからね。それで、私も困ってしまいまして」
神官様は、何かを言わせようとしている。きっと、彼女は、もう決めているんだ。だけど、それをこの場の意見だということにしたいのか。
確かに、神官が何かを決めて貴族に押しつけることは、後で問題になりかねない。だから、貴族に言わせたいのか。
なんだか、面倒くさい世界だな。
「神官様、それなら、執事見習いとして派遣されるのは、いかがでしょう?」
「おぉ、ワシもそれがいいと考えておったぞ」
執事見習い……か。うーん、見習いとして来た子供から、ワインの知識を真面目に学ぼうとするかな? 名家の執事の人達って、プライドが高そうなんだよね。
「あら、執事見習いとしての派遣となると、報酬は低く抑えることができるから、ということかしら?」
神官様は、なぜか嫌味を言っている。
「それなら、薬師加算をつけられてはいかがでしょう? 超級薬師なら、かなりの加算になります」
彼女は、大げさに首を横に振っている。ちょっと芝居くさいんですけど。
「ギルドへは、級の登録はしていないわ。超級薬師だと登録すると、冒険者の要請ばかりになるでしょう?」
あぁ、なるほどと、皆が頷いている。完全に、彼女の言いなりな雰囲気だ。いま、もし彼女が死ねと言ったら、それに従ってしまうのではないかという危うさがある。
確かに、彼女は美しい神官様だけど、ここまで皆を引きつけるのは、一種の洗脳だろうか。
「では、たいした報酬にならないな。ということは、貧乏貴族でさえ、ソムリエの派遣を得る機会があるということか」
「まぁ、それで良いのかもしれないが……催事の際に、貧乏貴族に彼を奪われたくはないな」
「それなら、我々で何かルールを決めないか? 取り合いになるのも、見苦しいからな」
神官様は、上品な笑みで頷いている。
「あっ、ひとつ、お話するのを忘れていましたわ。彼は、このスピカの魔導学校に通っています。学業の時間を妨げることがないように配慮いただけると嬉しいですわ」
なぜ、それを付け加えるのだろう?
「おぉ、それなら、貧乏貴族を排除できる。余裕のある家にしか派遣できませんな。我々への配慮をしてくださってありがとうございます」
彼女は、満足げに頷いている。この場にいる人達も満足そうだ。
謎だ。
なぜ、魔導学校へ通う妨げにならないように配慮することが、貧乏貴族を排除することになるのだろう? 僕には、魔導学校が休みの日だけしか仕事をしない、と聞こえたんだけど。
そして、彼女が拡声器の前から離れると、立食パーティが再開された。なんだか、ソムリエの話から、貧乏貴族の話に関心が移っているようだ。
はぁ、この後、きっと、ワインのサーブをしろと言われるんだろうな。
だけど、だいぶ会場の雰囲気には慣れてきた。オークションに来る貴族は、冒険者の貴族の人達とは全然違う。かなり、様々な富に執着してそうだ。
貴族と一口に言っても、いろいろなタイプがいるようだ。ほんと、ポーカーフェイスの技能があってよかったよ。
「さぁ、ヴァン、次に行くわよ」
「えっ? 立食パーティは始まったばかりですよ」
「パーティに来たわけじゃないわ。あなたを売りに来たのよ?」
あ、売りに来たというのは、宣伝という意味なのか。びっくりした。人身売買じゃなかったんだ。
彼女は、主催者に軽く挨拶をして、会場から出た。
帰り際に、彼女を見送る熱狂的な信者のような視線がすごかったな。ちょっと怖い。
会場を出ると、彼女は魔法を解いた。ドレス姿から、ワンピース姿に戻っている。僕も、着ていた服に戻った。服を作り出す魔法って、便利だね。
「あー、もう、大幅に遅刻だわ」
彼女は、僕の腕をつかんで、ぐいぐいと引っ張って歩く。どうして、すぐに腕を絡めたがるのだろう。
なんだか勘違いしてしまいそうで怖い。
「フラン様、なぜ、腕を組むのですか」
「は? 何か問題でも?」
「フラン様の知り合いに見られると、勘違いされますよ?」
「何を言っているの?」
「恋人かと疑われます」
すると、彼女はピタリと足を止めた。
やばっ、怒った?




