479、カベルネ村 〜イベントの手伝い
僕は、影の世界の住人達を先導する形で、ぶどう畑から収穫祭の会場へと移動した。
ご婦人方は気性が荒い。それにすぐに話したことを忘れる。気分もコロコロ変わるから、脅しつつ、おだてつつ……はぁ、もう、胃が痛い。
「おっ! ヴァンさん、ちょうど良いところに」
ドゥ教会の信者さんだ。彼は、ぶどう農家ではなく、ワイン醸造所で働く王都出身の人だ。
「こんばんは。僕は案内役をしていまして……」
彼は、僕の後方に視線を移した。ご婦人方や侍女達は、神矢で得たスキルを使ってこの世界の人間の姿をしているから、何も言わなければ、影の世界の住人だとはバレないはずだ。
「へぇ、高貴な貴族のような見た目に反して、隙のない様子。ちょっと訳ありな感じですね〜」
げっ、バレてる?
「あら、私達のことを見抜くなんて、貴方も強き者なのですわね?」
「ええ、私達は、こちらの世界の人ではありませんわ」
は、白状してる。
すると、ボレロさんが慌てて、彼女達に小声で何かを囁いた。
「なぜですの? 私は、こちらの世界の人ではないと言っただけですわ。影の世界の住人であることは言ってませんわ!」
いや……言ってますよ。
「ちょっと貴女! 意地悪な囁きに引っかかってますわ。それを言ってはいけないと、この人から注意を受けたばかりでしょう?」
「なんてことかしら! こちらの世界には意地悪が溢れていますのね。だけど、私は彼がラフレアであることも……」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 言ってますよ!」
僕は、慌ててご婦人方の話をさえぎる。彼女達は、さっき秘密だと脅したことを全部言ってしまいそうな勢いだ。
「まぁっ! また引っかかってしまうところだったわ」
はぁ、勘弁してくれ〜。
「ヴァンさん、なんだか楽しげなご婦人方だな。それにとびきりの美人だ。羨ましいぜ」
いやいやいや……。僕は、信者さんに引きつった笑みを向けた。だけど、彼は僕の胃が痛くなっている現状に、全く気づかない。
「私達は、本来の姿は、もっと美しくてよ?」
まさか、変化を解除する気じゃないよな? そんなことをしたら、収穫祭はぶち壊しだ。影の世界の住人は、巨大だし、何よりも強いオーラを放つ。みんな、魔物だと勘違いするだろう。
僕は、ラフレアの根をスタンバイした。もしもの場合は、彼女達の闇系のオーラを吸収し浄化する必要がある。
「あら貴女、グリンフォード様がおっしゃったことを忘れたの? こちらの世界で本来の姿を見せたら……」
「ハッ! そうだったわ。今後一切、俺の視界に入らないようにするとおっしゃっていましたわ。はぁ、危なかったわ。意地悪な罠だらけね」
忠告をしたご婦人に侍女が念話でもしたのだろうか。ラフレアの根が、侍女からご婦人への何かの流れを感じ取った。
もしかすると侍女達は、ご婦人方が暴走しないための見張り役なのかもしれないな。僕は、少しだけホッとした。
「あはは、楽しいご婦人方だ。これからウチが見せ物をするんだ。是非、観ていってくださいよ」
収穫祭の見せ物といえば、ワイン当てだな。広場には、たくさんのお客さんが集まっている。ワインの即売会も兼ねているから、王都の商人貴族の顔も見える。
「見せ物? 何かのショーかしら?」
「ワイン当てをやるんですよ。ワインの即売会もあります。大人気の見せ物なんだ。身分が高い人にも公平に競ってもらいますから、安心してください。暴れる人を抑止するために、高ランク冒険者や暗殺者が、お客さんの中に紛れて警備してますからね」
「まぁっ! それは楽しみね」
「宝探しなのね」
「ええ、もちろんワイン当てに使う赤ワインの中には、高級品も入ってますよ」
信者さんの話は、ご婦人方には正確に伝わっていない。ご婦人方は、高ランク冒険者や暗殺者が紛れていることを話している。
「だから、ヴァンさん、手伝ってくださいよ」
「えーっと、醸造所の人達が主催するんですよね? 僕は、ただの……」
「ジョブ『ソムリエ』が評価してくれる方が、高値がつきます。もちろん、ワインの出来が悪いときには逆効果になるが、今回は、それなりに自信作なんですよ」
まぁ確かに、即売会の売れ行きは、大きく変わるだろう。
「でも、既にソムリエは、いるんじゃないですか?」
「今回は、下級ソムリエしか見つけられなかったんですよ。昨年のぶどうの出来がイマイチだったから、いつものソムリエには、来年の収穫祭に呼んでくれと断られてしまいましてね」
カベルネ村の収穫祭に出すワインは、昨年収穫したぶどうから作ったものだからか。そのソムリエは、今年の収穫祭には、逸品に育つものは出てこないと考えたのだろう。
カベルネを使った赤ワインは長期熟成することで、真価を発揮する物が多い。まだまだ渋味が強い作りたての状態のものは、その将来性を見極めることは、下級ソムリエには難しいよな。
ご婦人方の監視を侍女達がしているなら、ボレロさんもいるし、大丈夫かな?
「わかりました。お引き受けしますが……僕は、あくまでも隣町の人という感じでお願いしますよ。ソムリエさんの邪魔をしたくはありません」
僕がそう言うと、信者さんはパッと明るい笑顔を浮かべた。
「おぉ〜! ヴァンさん、ありがとうございます! これで正当な評価をしてもらえる。ささ、こちらへ。皆さんもどうぞ」
◇◇◇
信者さんは、ご婦人方をイベントの関係者席へと案内した。おそらく、これはボレロさんの指示だろう。僕から近く、そして一般客からは少し離れている。
「もみくちゃにならないように、ご婦人方はこちらへどうぞ」
彼女達が身につけている高価な服は、商人貴族達の視線を引きつけていた。ボレロさんが側にいることで、より特別感が増している。
商人貴族は、今回のワインにはあまり期待していないらしい。だから、ワインが並べられても、関係のないおしゃべりに熱中しているようだ。
確かにカベルネ村は、昨年のぶどうの生育は、あまり良いとは言えない。天候条件だけでなく、北の大陸の影響もあるだろう。今年は、ブラビィがカベルネ村にも結界バリアを張っているから、悪霊の影響は少ないと思うけど。
明るい音楽とともに、ワイン当てのイベントが始まった。今年は、王都から、演奏者を呼んだらしい。演奏目当てで来るお客さんもいるからか。
よほど、前評判が悪かったのだろう。昨年の収穫祭は人が多すぎると聞いたから、来ることを遠慮したほどだ。そう考えると、このお客さんの量は、かなり少ないのかもしれない。
数あるワインを順に、参加者が試飲していく。参加者は、神妙な表情の人もいるけど、ほとんどはお祭り気分でニコニコしている。演奏の効果だろうか。
「ヴァンさんも、そろそろ試飲を始めてください」
信者さんから声が掛かり、僕は頷いた。
試飲用のグラスが並ぶテーブルでは、雇われたソムリエさんが気合いの入りすぎた表情で、試飲をしている。
僕に気づくと、彼は驚きの表情を浮かべ、信者さんをキッと睨んだ。仕事を取られると思ったのかな。
「な、なぜ、彼を……」
僕は初めて会う人だけど、彼は僕のことを知っているようだ。
「彼は隣町の人ですからね。ふらりと立ち寄られたので、捕まえたんですよ」
「俺は、ただソムリエのミッションを受けただけだ。何も仕込むつもりなどない!」
仕込む? 彼の言葉に違和感を感じたのは、僕だけではないようだ。
「ソムリエさん、何を言ってるんです? 安全のために、お客さんに紛れて高ランク冒険者もいますから、誰も妙なことはできませんよ?」
「それならいい。俺は、もう裏の仕事は辞めたんだ。それなのに暗殺者ピオンを呼ぶなんて……」
ちょ、それを言うか?
「はい? ヴァンさんは、隣町の教会の人ですよ? 人違いかと」
「ふぅん、知らないのか。まぁ、いい」
そう言うとソムリエは、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。はぁ、マウントを取ったつもりだろうか。面倒くさいなぁ。
僕は、試飲用のワインを飲んでいく。赤ワインが5種類、そして白ワインが2種類だ。カベルネ村で白ワインは作ってないのにな。
おっ? なるほどね。
僕は、赤ワインの一つに少し驚いた。番号5の赤ワインだ。かなり渋味が強く、暴風を思わせるほどの荒々しさがある。だが、これは化けるな。10年、いや12年先が楽しみだ。
「さぁ、皆さん、これから、ワイン当て競争を始めます。まずは、この1本から。カベルネ村で最も売れるテーブルワインです。これは、何番でしょう? 番号の席へ移動をお願いします」




