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478、カベルネ村 〜妖精の性格とワインの関係

「まぁっ、だから貴方は私達を畑に連れて来たのね」


 逸品が生まれるぶどう畑だと言うと、ご婦人方の表情は一気に誇らしいものに変わった。僕の予想とは反応が違う。


 危険すぎる魔物のような彼女達は、このままでは収穫祭に連れて行けない。だから収穫後の畑に入らせてもらったけど、なかなか上手く話ができない。



「カベルネ村の赤ワインは、高級な物が多いですもんね。ボレロは、テーブルワインしか買えません」


 うっ……ボレロさん、値段の話はやめてくれ。話したい方向から、ズレてしまう。


「宝物だから、高価なのかしら」


「そうですよ〜。冒険者の中には、神矢の【富】の超高級ワインばかりを狙って集めている人もいますよ。このカベルネ村では、神矢のワインに匹敵する赤ワインも醸造してますよ」


「まぁっ、神矢の宝物に匹敵する宝物を作っているの?」


 あっ、話が戻ってきた。


 僕は再び話が逸れないうちにと、口を開く。



「皆さん、空を見てください。暗いですが、貴女達には見えますよね?」


 おっ、この言い方か。自尊心をくすぐる表現には、ご婦人方は素直に従ってくれる。


「何か、いるわね」


「霊かしら。小さな弱き霊だわ」


 やはり、ぶどうの妖精が見えるんだな。


「あれは、この畑にいるカベルネの妖精です。彼らが居ることで、ぶどうの生育状態を知ることができるし、ワインの味もわかるのです」


「小さな弱き霊よ?」


「大切な役割を果たしている妖精です。精霊や妖精を見るチカラのある人間は、多くありません。ぶどうの妖精が見えるということは、強き者が集まる社交場では喜ばれますよ」


「なぜ、喜ばれるのかしら」


「強き者なら、あんな霊くらい見えるわよね?」


 ご婦人方は強い人と言うと、話に集中してくれるのかな。


「ワインについての話ができるからですよ。さっき、神矢のワインを集める冒険者の話がありましたが、そんなことができるのは、かなり強い人なんです。そして、ワインを知るとうんちくを語りたい人が多い。だけど、ぶどうの妖精さえ見えない人には、話が通じませんからね」


「霊が見えると、何がいいのかしら」


 ご婦人方は、興味を持ってくれたみたいだ。さっきまでとは表情が違う。


「ぶどうの妖精は、種類によって見た目や性格が違うのです。その守るぶどうの品種の特徴を持つ……というか、妖精の性格がぶどうに宿るのかな? 妖精の見た目の印象と、ワインの味には、共通点があるんですよ」


「へぇ、具体的には、どんな感じなのかしら」


「呼びますから、ちょっと待っててくださいね。ぶどうの妖精は弱いので、すぐに空に逃げてしまうのです。決してオーラは出さないでください」


 僕がそう言うと、ご婦人方は、一応コクリと頷いてくれた。



 空を見上げていると、カベルネの妖精が数体だけ、僕のそばに降りてきた。


『ヴァン、呼ばれても……』


「カベルネの妖精さん、彼女達は、影の世界の住人なんだよ。今日、初めてデネブに来られたから、カベルネ村の収穫祭にお連れしたんだ」


『そうか、俺達の村の祭りに来てくれたのだな』


『ここ最近、上空を通る悪霊に脅かされていたから、闇系のオーラに敏感になっていた。美しいご婦人方、申し訳ない』


 次々と、カベルネの妖精が空から降りてきた。そして、ご婦人方に対して紳士的に挨拶をしていく。カベルネの妖精は、ぶどうの妖精達の中では、王者の風格があるんだよね。



「まぁっ、かわいらしいですわね」


「こんなに弱き霊なのに、なんだか素敵だわ」


 ご婦人方には、好印象だ。かわいいと言われて、カベルネの妖精達は、少し複雑そうにしている。


「皆さん、カベルネの妖精達が守るぶどうから作られたワインは、素敵な逸品が多いのです。それに、甘いワインではありません。赤い色をした渋味のあるワインです」


「赤い発酵酒なの? 見たことがないわ」


「色のある世界だから、色のある発酵酒ができるのね?」


「グリンフォード様は、ワインは色のない発酵酒だとおっしゃっていましたわよ?」


 また、グリンフォードさんか。



 僕が説明しようとしたが、カベルネの妖精達がご婦人方の周りをふわふわと回っている。任せておこうか。


『色のないワインを作るぶどうを守る妖精は、ご婦人方のような美しい女性の姿をしていますよ』


『隣のシャルドネ村に居るんだ』


『彼女達は、見た目は美しいが、性格はキツい者もいる』


『やわらかな者もいるが、クールな者が圧倒的に多い』


 カベルネの妖精達も、それぞれ個性があるけどね。



『ちょっと! 何か、嫌なことを言ってらっしゃるわね』


 あっ、シャルドネの妖精が現れた。影の世界の住人を見て、一瞬怯んだように見えたけど、すぐに表情は元に戻った。凛とした気品がある彼女は、勇ましさも備えているよな。



「あら、この霊が、今の話に出ていた子なの?」


「確かに、美しいわね。気位も高そうだけど」


「少し、貴女に似ているわ」


 ご婦人方は、シャルドネの妖精のことをかわいいとは言わない。むしろ、なんというか、仲間のように認めているのかな。


 そういえば地中虫タバラも、メス同士は殺し合いはしない。



「皆さん、シャルドネの妖精が守るぶどうから作られるワインは、甘い物は少ないのです。逆にキリッと辛くて、海の幸に合うワインが多いのですよ」


 僕がそう言うと、ご婦人方は、素直に頷き……。


「貴方、当たり前でしょう? 妖精の見た目とワインの味が似ていると言ってたじゃない。こんなに美しくクールな妖精が守るなら、ワインも甘い飲み物になるわけがないわ」


 えっ、めちゃくちゃ理解が早い!


「グリンフォード様は、リースリング村にいた霊は、少女の姿をしていたとおっしゃっていたわ。だから、彼が飲まれた発酵酒は、子供の飲み物のようだったのね」


 ちょ、ひどい。



『美しいご婦人、リースリングの妖精が守るぶどうからは、様々な白ワインが作られる。その多様性には驚かれるだろう』


『蜜のような甘美なワインもある』


『ヴァン、なぜ、説明しない? ソムリエだろう?』


 えっ……なぜ、叱られる?


 カベルネの妖精達は、なんだか機嫌が悪いようにも感じる。僕が彼女達を連れてきたせいで、収穫祭に参加できなくなったからか。



『お姉さん、私達ぶどうの妖精には、たくさんの種類がありますわ。ヴァンは、リースリングの妖精に見守られて育ったの。リースリングの妖精の悪口を言うと、ヴァンが泣いちゃうわ』


 シャルドネの妖精が、ご婦人方に変なことを教えた。



「あら、貴方は、霊を見て泣いてしまうの?」


 いやいや、意味が違う。


「いえ、そうではないのです。シャルドネの妖精さんは、僕の幼い頃の話をしていて……」


 シャルドネの妖精は、僕をからかうようにクルクルと回る。そんな様子を、ご婦人方は不思議そうに眺めている。



 ボレロさんが、口を開く。


「皆さん、この世界では、強き者と弱き者は、対等に話をするのです」


 すると、ご婦人方が、納得したように頷いた。


「わかりましたわ! だから、より一層、強き者が探しにくくなるのですね」


「こちらの世界では、霊も、宝探しに加担しているのね。なんて意地悪なのかしらぁ〜」


 また、そっちの話に戻ったか。



「私、素敵な霊が守る、色のある発酵酒を飲んでみたいですわ」


「そうね、グリンフォード様に教えて差し上げたいわ」



 もう、そろそろ大丈夫だろうか? 一応、念押しをしておくべきかな。そう考えていると、ボレロさんが口を開く。



「皆さん、この村の収穫祭では、この世界の住人のフリをしてくださいね」


 すると、ご婦人方は、一気に不機嫌な表情に変わった。


「なぜ、そのようなことをおっしゃるのかしら」


「この姿でいるのに、色のない世界の住人だと思われるとでも?」


 ボレロさんは、僕に助けを求める合図をしてきた。



「皆さん、僕が歩くラフレアであることも秘密にしておいてください。そして、聖天使の主人であることも、死神様の姿を借りることも、竜を統べる資格を竜神様からいただいたことも、すべて秘密ですからね」


 僕は、敢えて、ご婦人方が知らない情報も混ぜた。ヒュッと、彼女達が息を飲む音が聞こえた。


「僕は、ただのソムリエとして、収穫祭には参加したいんです。あっ、隣町のドゥ教会の者だということと、薬師だということは知られているので隠さなくていいです」


 ご婦人方は、僕が根で脅したことを思い出したようだ。媚びたような笑みを浮かべている。


 デュラハンが言っていたように、彼女達は物忘れが激しい。収穫祭をぶち壊されないようにしなくては……。



ぶどうの品種は、実在する名前を使っています。

カベルネには、カベルネ・ソーヴィニヨンとカベルネ・フランがあります。

作中で、王者の風格と書いていたのは、カベルネ・ソーヴィニヨンの……作者の脳内イメージです(≧∇≦)

渋味のある重厚な赤ワインが多く、何十年も熟成させる物もあります。世界中の人が知るシャトー物などは、まさしく逸品ですね♪

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