477、カベルネ村 〜ヴァン、説得に苦戦する
「先程のご質問ですが……」
僕は、ご婦人方が完全にオーラを消すのを見計らって、そう話し始めた。
まだ、彼女達に怯えたカベルネの妖精達は、上空に集まっている。影の世界の住人と共存は、いろいろなことに敏感な妖精に嫌がられていては、実現不可能だ。
「質問? 何だったかしら?」
「貴女達が、ボレロさんに尋ねていたことですよ。ワインは、甘い飲み物だとか、発酵酒とは言えないとか……」
僕がそう話すと、彼女達の表情は変わった。
「グリンフォード様が、不思議だとおっしゃっていましたわ」
「私も、果汁を使った発酵酒なら、酒精はもっと強化できるはずだと思いますわ。軽い中途半端な発酵だなんて、その意図が理解できませんわ」
「ソムリエというジョブがあるために、軽い飲み物にしてあるのでしょう? 全く、理解できませんわ!」
ご婦人方はなぜか、だんだんと怒りに染まっていく。
なぜ、こんな人達を収穫祭に誘ったんだ? 僕は、ついつい彼女達を連れてきたボレロさんに、冷たい視線を向けてしまう。
まぁ、デネブにやってきたご婦人方の世話を僕にさせるために、ジョブ『ソムリエ』が逃げられない環境をつくっただけなのだろうけど。
「皆さん、なぜ、怒ってるんですか」
僕は、素朴な疑問をぶつけてみた。
「あら、そんなこともわからないのかしら? あっ、いえ、ごめんなさい。あの、貴方を責めたつもりはないのですけれども……」
責めてるじゃん。
酒は度数が高くないと認めないということか? ワインの説明をしたいけど、ご婦人方が、おとなしく話を聞くとは思えない。少しは理解してくれないと、収穫祭をぶち壊しかねないよな。
「そもそも、なぜ私達を、いつまでも畑の中に立たせておくのかしら。畑仕事は、下人の仕事よ!」
僕がさっき脅したためか、ご婦人方はボレロさんに文句を言っている。ボレロさんは冷や汗をかきつつ、僕に合図してくる。
このご婦人方は、かなり戦闘力が高いらしい。じゃなきゃ、デネブの冒険者ギルド所長のボレロさんが、ここまで余裕のない顔はしない。
ほんの一瞬で、村に壊滅的なダメージを与える可能性があるのだろうな。
グリンフォードさんや死竜は、国王様とずっと話し合いをしているようだ。二人の監視のために、国王様は支配精霊を召喚している。
一方、こっちは、侍女を含めると6人だもんな。
「皆さん、僕は、農家の生まれなんですよ。こちらの世界でも、生産系のジョブは一般庶民ですが、誇りを持って仕事しています」
僕がそう話し始めると、畑を嫌がっていたご婦人は、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「でも貴方は、グリンフォード様が認めた人で……」
彼女達は、そればかりだな。グリンフォードさんに気に入られたくて、必死なのか。それなら……。
「グリンフォードさんは、まだ、この世界の文化をご存知ないのですよ。貴女達は、彼よりも先に、こちらの世界の文化を知りたくないですか?」
「えっ? 文化? 所詮は色のある世界なんて……」
あっ、僕の姿が変わった。
何も頼んでないのに、デュラハンが加護を強めたんだ。そして、変なことを言ってくる。仕方ないな。
僕の身体から、まがまがしいオーラが溢れる。ご婦人方はそれに気づくと、またくねくねしてるんだよな。
「貴女達は、物忘れが酷いようだな」
「はぅっ、いやん」
全然、脅しが効かない。思いっきり殺意を込めて睨むと……はぅっと、顔を赤らめる。地中虫タバラより圧倒的にひどいと思う。
「ヴァンさん、イラつくのはやめてください。ボレロは、ハラハラしますよ」
ボレロさんがそう言うと、デュラハンはスッと加護を弱めた。ふぅん、デュラハンがボレロさんに、そう言わせてるのか。
だが、一瞬加護を強めたことで、ご婦人方の態度がコロッと変わった。デュラハンは、それがわかっていて遊んでいるのか?
『遊んでねーよ。調整してやってんだろーが。言っておくが、コイツら、かなり頭悪りぃからな。それに話を聞き続ける集中力もない。感情を操作しねーと、調教できねぇぞ』
デュラハンさん、調教なんてしないよ?
『じゃ、覇王を使えよ。コイツらを従えないと、異界との共存なんて、できねーからな』
いや、覇王なんて使わないよ。
「ヴァンさん、お話が進みませんね。とりあえず、収穫祭へ……」
ボレロさんはそう言うけど、この危険なご婦人方を祭に参加させる前に、やるべきことがある。
「ボレロさん、その前に、彼女達に知っておいてもらう必要があるんですよ」
ご婦人方に視線を戻す。一応、まだ僕の方を見てくれる。
「皆さんは、グリンフォードさんがお好きなのですよね? それは、彼が、人の王だからですか?」
「グリンフォード様は、人の中で最も強いから、王なのですわ。こちらの世界の軟弱な王とは、全く違いましてよ」
一人が力説すると、他の二人、いや侍女達までが力強く頷いている。地位ではなく、強い者を好むのか。
「こちらの世界は、2つに分断されていることをご存知ですか?」
「知らないわ」
「大陸が2つなのよね?」
言葉を否定するような声に、キッと殺気を放つご婦人。プライドが高いな。
「大陸は、もともと一つでした。北の大陸は、最近作られたものです。こちらの世界では、ボックス山脈と呼ばれる山脈と、それ以外の平地に分かれています。そして、ボックス山脈には、神の結界があるんです」
おっ、興味を持ったらしい。
「神の結界?」
「はい、神は、危険な魔物を、そのボックス山脈に集め、広大で強靭な結界を張られました。強い魔物や魔族は、ボックス山脈から出ることができません。異界の番人の狩場も、ボックス山脈にあります」
ご婦人方は、目をキラキラさせ始めた。
「強き者がいるのね?」
「はい、ただ、ボックス山脈は危険なので検問所があります。高ランク冒険者や、一部の貴族には通行証が与えられていますが、一般人は、検問所でチェックがあります。弱い人が入山すると、簡単に死にますからね」
「冒険者って……」
ご婦人方の視線は、ボレロさんに向いた。冒険者ギルドの所長だということは、覚えていたらしい。
すると、ボレロさんが口を開く。
「いま、グリンフォードさん達が、その話し合いをしていますよ。フリック国王は、影の世界の人達にも、冒険者登録を許可する予定です。こちらの世界の住人とは、少し違う感じになりそうですが」
「私達を卑下するつもりかしら」
なぜ、そうなる? なんだかネガティブなんだよな。影の世界の住人の特徴だろうか。
「いえ、何といえば伝わるのかな……ヴァンさん」
はい? どう違う感じなのか、知らないんだけど。
「えーっと? まぁ、影の世界の住人の方が戦闘力は高い人が多いですよね。ただ、ボックス山脈には神殿跡があるから、いろいろと……」
「ええっ!? 神殿跡?」
うん? 遺跡保護の話をしようと思ってたけど、ご婦人方は怯えた表情だ。そうか、竜神様か。影の世界の竜神様は、怖いんだよな。
「そうですよ。神殿跡の近くには、竜神様が出入りする場所があります。知らずに何かをしでかすと、逆鱗に触れますからね……」
少し声をおとして、そう話すと、ご婦人方はゴクリと唾を飲み込んだ。
「恐ろしいことになりますわね」
「ええ、僕も、何度か頭がチリチリするような経験をしました」
ご婦人方は、また、ゴクリと唾を飲み込む。
「皆さんは、スキル『道化師』の神矢を使って姿を変えられていますよね? それを極めれば、竜神様の姿を借りることができるかもしれませんよ」
「ええっ!? ま、まさか……」
「ありえないわ」
ご婦人方は、一気に殺気を放つ……。信じられないと殺意が生まれるのか?
「事実です。僕は、竜神様の姿を借りることができます。その姿をグリンフォードさんがご覧になったから、僕を認めてくれたんですよ」
グリンフォードさんの名前を出すと、ご婦人方は殺気を引っ込めた。彼女達の感情コントロールは難しい。
「それから、神矢には【富】の神矢もあるんです。今の【富】は、ワインなんですよ」
「まぁっ、神矢の宝物がワイン?」
「ええ、ワインのことは、この世界の人もあまり知りません。それを広めるのがジョブ『ソムリエ』の仕事です。こちらの世界の社交場では、ワインが出されます。強き者が集まる場では、神矢が選んだ【富】であるワインが飲まれるのです」
ご婦人方は、めちゃくちゃ集中力があるじゃないか。カッと目を見開き、真剣な表情だ。
「貴女達が立つこの畑のぶどうから、素晴らしい逸品が、毎年生み出されているのですよ」




