474、自由の町デネブ 〜のんびりとした朝
翌朝、僕達はデネブへと戻った。
国王様達は、昨夜は村長様の屋敷に泊まったらしい。朝、転移屋の広場まで見送りにきた村長様の必死な顔が……ちょっとかわいそうだったんだよな。
村長様の使用人の誤解を、国王様は放置していたみたいなんだ。まぁ、子供時代に、リースリング村に隠されていたのは事実だけど。
そして村長様が僕を呼べとキレたときに、彼が現国王であることを、アラン様が告げたらしい。アラン様自身も、有力貴族ファシルド家だと名乗ったことで、村長様達は、顔を青くしていたそうだ。
国王様は、さらに、同行させたグリンフォードさんが影の世界の人の王であること、そして、収穫の手伝いをしていた男が影の世界の竜の神だと話したらしい。
はぁ……悪ガキすぎるんだよね。
まぁ、村長様は、上から目線で話す癖があるから、良いクスリになったのかもしれないけど。
「ヴァン、私、また、ヴァンのお家に泊まりに行きたいわっ」
ドゥ教会に戻ってくると、フロリスちゃんは満面の笑みで、神官様にリースリング村での出来事を報告し始めた。
今朝は、珍しく信者さんが来ていないから、神官様は教会奥の屋敷に居た。隣のカベルネ村が、今日から収穫祭をしているためだ。
フロリスちゃんは、食卓にお土産を並べてニッコニコだ。今朝、婆ちゃんが大量にぶどうパンを焼いてくれたんだ。フロリスちゃんも、それを手伝ったらしい。
「フロリス、楽しかったのね。でも、泊まりに行かなくても、また遊びに行けばいいのではないかしら?」
神官様は、なぜか僕に向ける視線が冷たい。何か誤解してないだろうか?
「フランちゃん、ヴァンのお家に泊まったら、朝は、妖精さんがキャッキャと笑う声が目覚ましになるのよっ。彼女達、すっごく可愛いことを話してるの」
フロリスちゃんが泊まった客間は、ぶどう畑側だもんな。
「あら、リースリングのぶどうの妖精かしら? ふふっ、確かに可愛いわね。ぶどうの妖精って、種類ごとに全く違った姿をしているのよ」
あっ、神官様の機嫌がなおった。
「えーっ、私には、光にしか見えないよぉ。でもね、キャッキャと楽しそうなの。私が話しかけたら、いろいろなことを教えてくれたよ」
いろいろなこと? 嫌な予感がする。
「フロリス、それって、ヴァンが泣き虫だってことかしら?」
「あっ、フランちゃんも知ってた? うん、ヴァンってばね〜、畑のあぜ道からぶどう畑に何度も転がり落ちて、その度に、すっごく泣いてたみたい」
はぁ、いつまで、そんな話を……。
「だから、泣き虫ヴァンなのね〜」
「うんっ、それでね、泣き虫ヴァンのくせに、最近は大人なフリをしてるって、妖精さん達、プンプン怒ってたよ」
大人だし!
「ふふっ、リースリングの妖精から見たら、いつまでもヴァンは小さな子供なのね」
「うん、私から見ても、ヴァンって、おこちゃまな所があるけどね」
はい? フロリスさん?
「ふふっ、そうね〜」
意味ありげな神官様の視線が痛い。僕は、気づかないフリをして、そーっと食卓から離れる。
ソファ席には、国王様とグリンフォードさんが座っている。アラン様と、人化した死竜は、その近くの壁沿いに立っている。
このソファ席でも、婆ちゃんが焼いたぶどうパンが紙袋を破いた形で、置かれている。朝食を食べていないのだろうか。
「フリックさん、パンを召し上がるなら、何か作りましょうか?」
僕がそう声をかけると、国王様は目を輝かせた。
「おう、ヴァンが作るんだな?」
「はい、僕が作りますよ」
「フランじゃなくて、ヴァンが作るんだな?」
くどいな……。
「はい、彼女は、フロリス様の報告に捕まってますから、僕が作ります」
「よし! それなら、ミルクのスープが飲みたい。芋やチーズの入った濃いやつな」
「はい、わかりました。グリンフォードさんも、食べられますよね? 変化を使っているから、味覚もこの世界の人間と同じですよね?」
「うむ。うん? ヴァンが作るのか?」
「はい、作りますよ。アラン様や、そちらの方の分も作りますね」
グリンフォードさんは、とても驚いた顔をしている。影の世界には、凝った料理というものは存在しないらしい。だが、火で焼く程度の料理はあるそうだ。
基本的に、影の世界の住人のエネルギー源はマナだから、食べ物を食べるのも、その食べ物に含まれるマナを吸収するためらしい。
だから昨夜は、村長様の屋敷で、料理人が作った料理に驚いたそうだ。食事を愉しむという感覚がないようだ。
僕はキッチンに立ち、ミルクのスープを作り始める。
教会の信者さんからいただいた芋や野菜を細かく切り、ヒート魔法と水魔法で軽く下茹でをする。
大きな鍋に水を入れて火にかけた。ふつふつと沸いてきたところに、保冷庫に眠っていた下処理済みの鳥系の肉を放り込む。
そしてアクを取り、野菜や芋を放り込む。柔らかくなったところで、ミルクとチーズを入れ、塩で味を整えて完成だ。
うん、簡単だね。芋がトロトロに溶けて、スープにとろみがついている。野菜の甘さがギュッと詰まった、少し甘いミルクのスープだ。
ついでにと、飲み物のお湯を沸かしていると、フロリスちゃんが近寄ってきた。
「ヴァン、お腹減ったの?」
「これは、ソファ席の分ですよ。村長様の屋敷ではあまり朝食を召し上がらなかったみたいで。フロリス様も、味見されますか?」
「うん! 味見するよ」
そう言うと思った。その後ろでは、神官様も片眉をあげた。ふふっ、彼女も味見をするらしい。
僕は、マグカップ2つにスープをいれて、食卓に置いた。
「熱いから気をつけてくださいね」
「うん、わかった。もうひとつは、フランちゃんの分ね」
僕が頷くと、フロリスちゃんは神官様にスープを渡してくれた。そして、二人は仲良く椅子に座って、フーフーとスープを冷ましている。
その仕草は、そっくりだな。フロリスちゃんと彼女の血の繋がりを感じる。
僕は、4つのスープ皿にスープをいれて、ソファ席へと運ぶ。
「お待たせしました。あっ、椅子を出しますね」
ソファ席のテーブルにスープを置くと、僕は、魔法袋から木の椅子を二つ取り出した。暇なときに、木工職人の技能が消えないようにと作った椅子だ。
「素朴な椅子だな」
アラン様がそう言うと、国王様が口を開く。
「アラン、それはヴァンが作った椅子だ。座ると、崩れるかもしれないから気をつけろ」
ちょ……崩れないし。
「へぇ、スリルがある椅子なんだな」
アラン様がニヤッと笑った。人化した死竜が、そーっと座る。
「あっ、大丈夫みたいですね」
当たり前だ!
「へぇ、じゃあ、その椅子は当たりですね。これはどうかな?」
そう言いつつ、アラン様は普通にどっかりと座った。崩れるかもしれないとは思ってないよね?
そして、ソファ席では朝食が始まった。
村長様の屋敷で出された朝食は、あまり口に合わなかったらしい。朝から凝った料理を並べたのだろうな。
「うん、やはり、ヴァンが作るミルクのスープは美味いな」
国王様が大きな声で、そんなことを言う。僕を褒めてくれているというよりは、神官様をからかってるんだろうな。
神官様の視線が痛い。
僕はソファ席を離れ、飲み物を用意することにした。
「ヴァン、私は、甘い紅茶がいい。お花のクリームを乗せて」
キッチンで紅茶をいれていると、フロリスちゃんから注文が入った。
「はい、かしこまりました」
「ヴァン、私は、そのままストレートね」
若干、不機嫌な神官様からもリクエストだ。
「フラン様は、お花無しですね。かしこまりました」
僕は、ホイップクリームを作り始める。氷魔法と風魔法を補助で使うと、手早くできる。
「はい、どうぞ、お嬢様」
まずフロリスちゃんに、そして神官様の前にカップを置く。
「ありがとう」
ふふっ、お嬢様と呼ぶと、フロリスちゃんは澄まし顔になるんだよね。膝の上にいるぷぅちゃんの視線が痛い。
そして、ソファ席へと紅茶を運ぶ。
「ヴァン、お花のクリームって何だ?」
なぜか、国王様がフロリスちゃんのリクエストに関心を持っていた。
「クリームを花のように絞って、紅茶に浮かべるんです。フロリス様は、幼い頃からお好きなんですよ」
「へぇ、あー、そうか。ヴァンは、ファシルド家で派遣執事をしていたことがあったのだな」
「はい、僕の一番最初の仕事先です」
「私も、その仕事をやってみようかな?」
はい?
「フリック様、何をおっしゃっているのです?」
僕よりも先に反応したのは、ファシルド家のアラン様だった。国王様は、悪ガキの笑みを浮かべた。




