47、商業の街スピカ 〜なぜかパーティに
古い建物は、三つのギルドの総合窓口だったらしい。普通の人には知られていない場所だと思う。
魔導学校の友達は、それぞれのギルドで長時間並んで登録したと言っていた。神官様限定の窓口なのかもしれないな。
建物を出ると、彼女は、スタスタと怪しげな路地へと入っていった。本気で僕を売る気なのだろうか。
「フラン様、僕を売りに行くって……あの、僕は……」
「うるさいわね、時間がないの」
神官様が人身売買をするなんて、聞いたことがない。でも彼女は冒険者をしているから、裏取引とか裏社会とか、ダークな世界にも顔がきくのだろうか。
最悪の場合は、マルクになんとかしてもらおう……いや、うーん、情けないな。僕はいつも、マルクに頼ってばかりだ。
どうしようかと戸惑っていると、彼女は僕の腕をつかんだ。そして腕を組み、グイグイと引っ張って歩き始めた。
ドキッ!
ちょ、ちょっと、その、恋人のような腕の絡め方は、あまりにも誤解を招くというか、ちょ、ちょっと……。
ダメだ……僕の顔は真っ赤だと思う。
彼女の髪は、甘い匂いがする。花というよりフルーツっぽい香りだ。香水なのだろうか。僕の好きな匂いだ。
いやいや、何を考えているんだよ、僕は。
彼女は、二重人格な神官様なんだぞ。騙されてはいけない。この香りはもしかしたら、変な魅了系のアイテムなのかもしれないじゃないか。
腕を振り解こうとすると、彼女は、潤んだ目で僕を見た。
「私が後見人だと嫌なの?」
えっ? 何? その悲しそうな顔は? こんな美しい女性に涙を浮かべさせてしまった? いや、別に僕は……。
「いえ、決して嫌だなんてことは……」
「ふっ、私が後見人であることに同意したわね」
「えっ……」
彼女は、ニヤッと笑った。天使のような女神のような女性が、一瞬で悪魔に変わった。僕は、頭がサーッと冷えていくのを感じた。
そうだ、油断してはいけない。彼女は確か、Aランク冒険者だ。しかも、魔導系に秀でたアウスレーゼ家の神官様だ。
「着いたわ」
そう言うと、彼女は、何かの魔法を使った。すると、彼女の服は、淡い水色のドレスに、そして僕は、タキシードのような黒服に変わった。
「えっ!? 服が……」
「ここは、ドレスコードがあるのよ。あなた、『道化師』中級ならポーカーフェイスの技能があるでしょ? 常に使っておきなさい」
「あの、ここは?」
「大幅に遅刻しているのよ。あなたは黙って話を合わせておきなさい」
説明する気はないということか。
扉に近づくと、ドアボーイのような人がいて、さっさと開けられた。
「フラン・アウスレーゼよ。遅れてしまってごめんなさい」
「神官様、とんでもございません。お越しいただき、ありがとうございます。主人も感激すると存じます。そちらの方は?」
「彼は、私のファンの一人よ、ふふっ」
説明する気はないってことだな。
「立ち入ったことをお聞きして、申し訳ございません。さぁ、どうぞ」
僕は、スキル『道化師』のポーカーフェイスの技能を使った。そして、にこやかに会釈をして扉の中へと入った。
さっきから気になるのが、なぜか神官様は腕を組んだままだということだ。まるで恋人のようじゃないか。あっ、また顔が赤くなる……と、焦ったけど、顔は熱くなっていない。
そうか、スキルだ。道化師だなんてふざけたスキルだけど、めちゃくちゃ使えるじゃないか。
「おお! 神官様! 今日も一段とお美しい」
「ありがとう」
彼女は、やはり顔が広い。多くの人の注目を集めている。
きらびやかな場所だな。何かのパーティなのだろうか。みんな高そうな服を着て、上品な仕草で話している。
彼女が腕を絡めている僕にまで、視線が突き刺さる。痛いよ、痛い。なんだろう? 興味深そうな視線だけじゃなくて、呪詛を込めたような視線まで……。
そっか、彼女の二重人格を知らないんだな。今の彼女は、天使か女神だ。上品にやわらかく微笑んでいる。
冒険者に対するキャピッとした笑顔ではない。品の良い神々しさがある。彼女は、二重人格じゃなくて、三重人格だね。
彼女が会場内を歩き回り、ひと通りの挨拶を終えるのを見計らったように、初老の男性が近寄ってきた。身なりからして、このパーティの主催者だろうか。
「フランさん、まさか来てくれるとは思わなかったよ」
「あら、迷惑でしたかしら?」
「まさか、とんでもない! 神官様が足を運んでいただけるだけで、パーティの格はグンと上がる。それが、フランさんのような美しい女性なら、なおさらだよ」
「まぁ、ふふっ」
彼女は、少し照れたような笑顔だ。だけど、きっと、これは本当の彼女ではない。目の奥が笑っていない。面倒くさいと思っているのだろう。
僕はジョブの印が現れてから、人の表情の変化には敏感になった。ソムリエというスキルの特徴なのかもしれない。
だから、彼女の笑顔には騙されそうになるけど、ギリギリなんとか耐えていられるんだ。
「そちらの方は? 初めて見る顔だね」
僕に、初老の男性の視線が向いた。僕は会釈を返した。本来であれば、右手を胸に当てるべきだが、神官様にがっつりつかまれている。
「彼は、噂の少年ですわ」
あっ、はぐらかさないんだ。
「ほう、貴族達の一部を動かしているという謎の少年か」
な、何? なんだか、僕が裏社会の何かみたいな言い方をされている。
「私が、彼を大人にしてあげたんですのよ」
ちょ、なんだか、変な意味に聞こえるんですけど! 儀式のことだよね?
「ほう、あははは、そうですか」
ほら、オジサンが困っているじゃないか。でも彼女は、悪びれる様子もなく、上品な笑みを浮かべている。これは、この人達の冗談なのだろうか。
「オークションは、もう終わりかしら?」
「あぁ、フランさんが来る少し前に終わったよ。今は、皆様の交流会の時間といったところかな」
なるほど、オークションの集まりなんだ。だから金持ちっぽい人ばかりなんだな。貴族だけなのかと思っていたけど、商売の話をしている人も多いから、何のパーティかと不思議に思っていたけど。
「この後は、お食事が提供されるのかしら」
「ええ、隣室に用意してありますよ」
すると、彼女は、僕の顔をチラッと見た。こんな至近距離で見上げないでよね。ドキッとするじゃないか。
僕は、彼女より少しだけ背が高い。だから、腕を絡めた状態で見られると、近すぎるんだよ。
「ソムリエは必要かしら?」
「一応、中級ソムリエは、二人いるんだけどね。噂の彼は、ジョブソムリエだったね。しかも超級薬師とくれば、雇いたいと言わない人はいないよ」
「ふふっ、超級だと知られないようにと指導していたのに、彼ってば、黙っていられなかったみたいなのよ」
「あはは、若い子はそれくらいの方がいいよ。自信の現れだろう。自信のある者は、嫌いじゃない」
いやいや、神官様、彼って何ですか。誤解されるような言い方ばかり……。ほんと、ポーカーフェイスは神技能だね。使ってなかったら、今頃、顔は真っ赤どころじゃない。
それに、自信なんて……何もない。だけど、そんなことを言っていると、ソムリエなんてやってられないんだよね。
隣室に食事が用意され、みんなゾロゾロと移動した。食事は、立食形式のようだ。
さっき話していた初老の男性が、拡声器の前に立った。そして簡単な挨拶と、オークション完売のお礼が述べられた。話し慣れているのだろう。とても聞きやすい。
話の間に、黒服を着た人達によって、乾杯用のシャンパンが配られた。ふわっと香る、さわやかな香り。ぶどうはシャルドネのみか。そして、きめ細かな気泡。かなり上質な物だな。しかし残念なのは、冷やしすぎだ。話が長くなると考えてのことだろうか。
「では、最後に、アウスレーゼ家のフラン様、ほんの一言で構いません。お言葉を頂戴できますでしょうか」
そう言われて、彼女はやっと、僕から腕を離した。そして、スタスタと拡声器の方へと歩いていった。
いざ離れていくと、少し寂しい……いやいや、何を考えているんだ、僕は。
「皆さん、こんにちは。フラン・アウスレーゼと申します。お招きいただき、ありがとうございます。皆さんにとって、幸多き日々となりますように」
そう言うと彼女は、神官らしく、祈りのポーズをとった。僕は反射的に、それを受けてかしずいた。他の人達も、皆、かしずいている。
こういう姿だけなら、本当に美しい神官様なんだけどな。うん? 僕を見て、ニヤッと笑った?
そして、乾杯の合図で、グラスに口をつけた。うん、冷えすぎだね。




