466、リースリング村 〜共存への道
異界の獣が、リースリング村をエサ場に選んだ?
グリンフォードさんがこの村に立ち寄ったのは、それを見届けるためだったらしい。獣がエサ場に……異界の獣が、リースリング村の人達を喰うということか!?
それを国王様はわかっていたんだ。夢に現れたという影の世界の人から、聞いていたのか。
だけど国王様は、グリンフォードさんに自ら暴露させた。僕なら、問い詰めてしまう。国王様は、グリンフォードさんが自らの意思で、情報提供するように誘導したんだ。
「グリンフォード、それは困るな。獣が喰うということは、異界の住人が人間を乗っ取るということだろう? 乗っ取られると、この世界の人間は死ぬ。つまり、神から与えられたジョブも消える」
国王様がそう言うと、グリンフォードさんは意外そうな表情を浮かべている。僕も意外だった。僕が生まれ育った村だから、やめろと言うのかと思ったけど。
「ほう? 余裕ある発言だな。ジョブが消えることが困るだと? 先程と話が矛盾していないか? その者の家だからやめてくれと、俺に頼むのではないのか」
すると国王様は、フッとバカにしたような笑みを浮かべた。ちょ、大丈夫なのか? どう考えても異界の住人の方が圧倒的に強いのに。
「そんなことは心配していない。異界の獣がどれほどの力を持つか知らないが、この村の住人を喰うことはできない。私は、他の村の心配をしている。ジョブが消えると、専門性の高い物を作る技術が失われるからな」
これは、国王様のハッタリなのだろうか。
「ほう、なぜこの村を心配しない? 獣がここをエサ場に選んだのは、この村には我々の世界の住人が居ないからだ。すなわち、妨げとなる者がいないのだぞ? まさか、その者が一人で、影の世界の獣をすべて相手にできるとでも?」
あー、そっか。異界のラフレアは、小さな個体だ。おそらく集団行動はしないんだ。大きな株になると、対策されてしまうからだよな。
それを国王様は知っていたのか。
「グリンフォードは、こちらの世界について、あまりにも無知だな。こちらの世界には、神矢がある。そして、秩序を守るためにギルドがある。単なる強さなら、ギルドランクの高い者が上だな。対人戦では暗殺貴族に軍配があがるが、魔物相手なら、様々なスキルを駆使する高ランク冒険者の方が圧倒的に強い」
あれ? ラフレアの話でビビらせるのはやめたのか? 国王様の意図が見えない。
「ほう、これからここに、その高ランク冒険者を集めるのか。影の世界の獣と戦ったこともないのに、通用するとでも? 影の世界には、人、霊、そして獣がいる。人は我々のような知性のある者達だ。霊は、強いモノもいるが、ただ漂っている無害なモノが多い。だが、獣は違う。闇を喰い、人を喰い、霊も喰う。喰うことで知能を得るバケモノだ」
グリンフォードさんは、脅しているのだろうか。いや、影の世界でも、獣は厄介な存在なのか。それをこちらの世界の……彼から見れば弱い人間に、対処できるわけがないという警告か。
「この世界と似た構成だな。こちらにも、人間、精霊や妖精、そして魔物がいる。だが、これくらいの村なら、ヴァンひとりで十分だろう。わざわざ冒険者を呼ぶ必要もない」
「なんだと? 影の世界の獣だぞ。ラフレアなんて、食いちぎられて終わりだ」
グリンフォードさんは、あざ笑うかのように、そう言った。そうか、国王様は、これも知っていたのか。だからラフレアで脅すのをやめたんだ。
北の大陸に神矢が降ってから、毎晩、夢に現れるという人から、国王様はいろいろと聞かされているようだ。おそらく、聞き出したという方が正確だろうな。
夢予知と言っていたけど、そういうスキルや技能もあるのかもしれない。
「ヴァン、何とか言ったらどうだ? もうフロリスが戻ってくるぞ」
「えっ? 僕が?」
国王様はニヤニヤと、そしてグリンフォードさんも別の意味でニヤニヤと笑っている。
僕が、異界の魔物を退けられると言わなきゃいけないのか。
どうしようかな……あっ、うん、なるほど。国王様が僕に話を振る理由は、これしかない!
「グリンフォードさん、僕は、スキル『道化師』極級なんですよ」
突然、道化師の話をしたからか、グリンフォードさんは首を傾げた。だけど、国王様は悪戯っ子のような表情を浮かべている。やはり、これで正解なんだ。
僕達は、影の世界の住人と共存するべきなんだ。ゼクトさんも言っていたけど、そのために神矢があるはずだ。
「この世界の住人に化ける技能は、俺がこの通り、使っている。だが、獣は神矢を拾ってないはずだが?」
やはり、グリンフォードさんは見当違いなことを言ってる。僕の言いたいことがわかってない。いや、知らないんだ。
きっと、知ると興味を持つ。
「グリンフォードさん、神矢で得られるのは、超級が最上ですが、その上に極級があります。極級になると変化の質量制限がなくなる。だから僕は、異界の獣にも化けられますよ」
「なっ? なんだと?」
「それと、道化師の変化では、許可性の変化もあります。従属を得たり、信頼関係を築くと、その姿を借りる許可を得ることができます。化けられるものが増えていきますよ」
「従属? ネズミに化けてどうするのだ?」
あー、イマイチ伝わらない。僕は、国王様の方を見る。すると、ニヤニヤしながらも、彼は口を開く。
「ヴァンは、交渉が下手だな。ふっ、グリンフォード、自由に化けられるなら、何になりたい?」
国王様がそう尋ねると、グリンフォードさんは、うーむと考え始めた。素直なんだよな、この人。
「影の世界で最強の獣といえば、異界の番人か。だが、神の使いの奴隷になるくらいなら死んだ方がマシだ。うーむ」
異界の番人!? ボックス山脈で遭遇したゴリラみたいな巨大な魔物だ。確か、さらに大きな人間に従っていたっけ。
たぶん、異界の番人には化けられないよな。
「随分悩んでいるな。別に今それになれと言っているわけじゃないが」
国王様も、苦笑いだ。
「あぁ、そうだ! ちょっと厄介な落とし物があるのだ。何にでも化けられるなら、死神様だな。どんな獣も寄せ付けない鎌を操ることができれば、真の強者になれる!」
うん? 落とし物? 鎌? えっと……銀色の棒のこと?
僕の挙動がおかしいことに国王様が気づいた。あの話は、ゼクトさんや、バトラーさんとノワ先生しか知らないはずだ。
あっ、ノワ先生……。
「ヴァン、その落とし物に心当たりがありそうだな?」
「へ? い、いえ、あの……鎌なんて知りませんよ」
僕はすっとぼけてみたが、顔に出ているのか。
「キミは影の世界への出入りもできるのか。だが、あの落とし物は、死神様の鎌だ。変化で神の姿を借りるなんて……俺が自分で言ったことだが、あり得ないだろう」
えーっと……あり得ると話すべきか。だけど、置いてきた棒のことを怒られるだろうか。
「ヴァンの仕業だ。ヴァンは、海の竜神様に化けて、勝手に子供を作ったこともあるからな」
ちょ……国王様!
グリンフォードさんは、信じてないみたいだ。はぁ、仕方ない。
「グリンフォードさん、銀色の棒は、僕が異界に置いてきました。あの辺に大きな裂け目ができてたんです。黒石峠のすぐ近くには、僕が店をやっている街があります。異界の魔物が出てくると迷惑なので、置いて帰りました。すみません」
僕が一気に話すと、グリンフォードさんは、ポカンと呆けた顔をしている。店があるからという理由にしたのがマズかったか。マルクに借りている部屋の1階では、薬屋をやってるから嘘はついていない。
「キミ、それは事実か」
「はい。異界の魔物に襲撃されたときに変化を使いました。あの銀色の棒は、異界のマナを吸いすぎたので、変化を解除しても残ってしまったんです。迷惑なら、引き取りにいきます」
「いやいやいや、あれは、影の世界に欲しい! こちらの世界に持ち込まれたら、それこそ……。いや、同じか。そんなことができるのは、キミがラフレアだからか」
「あの銀色の棒を置いて帰ったときは、まだラフレアではありませんでした。ただのスキル『道化師』です。極級でしたが」
僕がそう言うと、グリンフォードさんは目を輝かせた。
「その極級には、どうすればなれる?」
えーっと……。僕が迷っていると国王様が口を開く。
「まずは、この世界の冒険者になることだ。他のスキルも得る必要がある。様々な経験値を積み上げた先に、極級があるからな。興味がありそうだな?」
「あぁ、極級を目指したい」
「そうか。ならば影の世界の住人が、冒険者となれる準備を整えようか」
「フリック、おまえ、賢王だな!」




