465、リースリング村 〜国王フリックが策士すぎる
「グリンフォード、なぜこの村なんだ?」
国王様は、異界から来た彼に何かを言わせたいようだ。二人とも笑顔だけど、ピリピリとした緊張感が漂う。
「夢に出てきた爺さんは、何と言っていた?」
異界から来たグリンフォードさんは、逆に国王様に尋ねている。質問に質問を返されて、国王様は一瞬黙った。
するとグリンフォードさんは、国王様が座る斜め前の椅子に座った。話し合いをするつもりだろうか。
「彼は、自然あふれる場所へ、我々の王が会いに行くだろうと言っていたな。そして、そのときが最期かもしれぬとな」
えっ? 国王様は、ここで異界の王様と会えるとわかっていたのか。そんな平気な顔で、最期かもって……。
「ふっ、俺は、この村の次は堕天使が守るという町に行く予定だった。フリックとは、そこで会えるかと思っていたのだが」
グリンフォードさんは、デネブに来るつもりだったんだ。だけど、なぜリースリング村に来たかは、話さないんだな。話せない事情があるのだろうか。
「そうか、だが会うならデネブじゃない方がいいと思った。あの町には、影の世界の住人が嫌がるモノがある」
「そのようだな。二度目の神矢を拾った後、我々の通り道から多くの悪霊がこちらの世界に出て行った。だが、ほとんどが海を渡った先で、奇妙な花に襲われたようだ。アレは何だ?」
デネブでのあの夜のことも知ってるのか。僕はゼクトさんと、ただ観戦してただけだったけど。
「さぁ? 私は知人の屋敷のパーティに参加していたから気づかなかったな。悪霊が放つマナの汚れを浄化するのは、ラフレアの役割だ。デネブでラフレアの花を見たことはないが」
国王様は、しらばっくれている。僕は、ヒヤヒヤしすぎて心臓がもたない。
グリンフォードさんが黙った。国王様の言葉に気分を害したのだろうか。それとも、何かを考えているのか?
「キミは、さっきからずっと百面相をしているな。キミがフリックをここに連れて来たのだな。俺の居場所をネズミに探らせたか」
へっ? 百面相?
「えーっと、顔に出てました?」
「あぁ、ずっとハラハラしているようだが。しかし、なぜ、キミの力は見えないのだろうな」
グリンフォードさんは、僕に興味を持ったのか。僕が弱いことはわかっているはずだ。何かを隠しているとすれば、ブラビィだろうけど。
僕が国王様の方をチラッと見ると、彼は頷いた。その意味はわからない。僕は助けてくれと言いたいのに、国王様は何かの許可を求めたと勘違いしたようだ。
はぁ、もう仕方ないな。ここは僕の村だ。僕が話す方がいいということか。
「グリンフォードさん、僕がここに来たのは、影の世界の住人が二人、人間のフリをして潜入していると従属から報告を受けたためです。フリックさんは、ちょうどその場にいました」
「ほう? 二人か。俺を追って来たわけじゃないのか」
僕の話は、彼の予想とは違ったらしい。
「僕の従属は、貴方のことを王と言っていましたが、僕は、それはスキルか技能のことだと思っていました。王の技能を持つ人は、それなりの数がいますから」
「キミは役割としての王ではなく、スキルとしての王か。神矢には王のスキルもあるのだな」
うん? あー、そうだよね。スキル『王』の神矢もある。
僕が軽く頷くと、グリンフォードさんは納得した表情を浮かべた。僕みたいに弱い人間が、王だとは思えなかったのだろう。
「グリンフォードさんは、王様なのですよね? なぜ、単独で行動するのですか? こんな田舎の村に、なぜ立ち寄ったのですか?」
僕がそう尋ねると、彼はフッと笑った。なんだかバカにされたように感じる。
「キミは、影の世界を知らないようだね。影の世界では、最もチカラを持つ者が王となる。こちらの世界では、血筋らしいな。だから、フリックのような弱き者が王となるのだ」
やはり、バカにしている。でも、国王様は平気な顔をしているんだよな。悔しくないのか?
「そうですか。価値観はそれぞれ違って当たり前だと思います。こちらの世界では、単純な戦闘力だけで国王が決まるわけではありませんから」
僕は、自分でも鼻息が荒くなっていることに気づいていた。だけど、言い返さずにはいられなかった。
「ほう、キミはまるで、自分が強いかのような話し方をする。フッ、妙な自信家が多いのは、こちらの世界の特徴だな」
はい? そんな言い方をしたつもりはない。あっ、影の世界の王に、反論したからか。
だけど、確かに……僕は、グリンフォードさんを恐れていない。逆に彼が、僕のチカラが見えないと言っていたのは、彼の焦りだろうか。
「グリンフォードの方こそ、わかってないみたいだな。力を持つことが弊害となっているらしい」
国王様が、彼を挑発するような言い方をした。グリンフォードさんから放つオーラが、変化を越えて外に溢れ出た。
だがラフレアの根が、そんな彼の闇のオーラを……食べている。僕には、甘い感覚が伝わってくる。
どうやらラフレアの根は、僕がいる場所に現れるようだ。確かに株はデネブの池の中に、今も沈んでいるんだけどな。
『ラフレアは繋がっている』
赤い花がそう言っていた意味が、ようやく僕にも理解できた。株をどこに置いていても、動くラフレアの周りには、自分の根だけではなく、ラフレアの花もやってくる。
ラフレアは、そうやって、この世界すべてを監視しているんだ。
「フリック、それは、どういう意味だ?」
グリンフォードさんは、怒りをコントロールしながら、口を開いた。彼の身体からは、もうオーラは漏れていない。
「こちらの世界には、暗殺貴族がいる。治安を維持するための仕組みだ。神官家も貴族も、その暗殺貴族を怖れている。その暗殺貴族の当主が、対人戦ではおそらく一番戦闘力が高い」
国王様が静かに話し始めた。そ、そっか。暗殺貴族レーモンド家の当主クリスティさんは、誰もが名前を聞くだけで震え上がる。治安維持の抑止力になっているんだ。
「ほう? それは初耳だな。対人戦ということは、この世界の人間の中では、という意味か」
グリンフォードさんは、フンと鼻を鳴らしている。こちらの世界の人間は弱いから、だよな。
「あぁ、そうだ。そしてその暗殺貴族の当主には、暗殺できない人間が十数名いる。対象とすることを禁じられている王族や、暗殺貴族の身内を除くと、一人だけだな」
国王様はそう言うと、僕の方を向いた。嫌な予感がする。
「それが、この者か? ネズミを従えているというチカラが阻むのか」
グリンフォードさんも、僕の方を向いた。
「彼は、動くラフレアだ。だから、私も彼に頼ることにした。異界の住人にとって、ラフレアは天敵だろう?」
国王様が、声をひそめてそう言うと、グリンフォードさんは目を見開いた。そして、ぶるっと身震いしている。
影の世界の住人にとって、ラフレアは害獣だもんな。
異界には、ラフレアの大きな株はない。だけど、こちらの世界には、森を形成するほどの大きなラフレアがいる。すべてのラフレアの本体だともいえる。
しばらく、沈黙の時間が流れた。
そして、グリンフォードさんが顔をあげたときには、何かが吹っ切れたような表情をしていた。
「なるほどな。ようやく理解した。だから、神獣だったゲナードは討たれたのか。神獣テンウッドは俺に味方すると言っていたが、アレは、影の世界を潰すつもりだな」
うん? 話が違う。テンウッドは、こちらの世界を潰すために、影の世界に味方するんじゃないのか?
グリンフォードさんの話に、国王様はやわらかな笑みを浮かべているだけだ。否定も肯定もしない。だが、その笑顔は、肯定に見える。
「はぁ、危なかった。爺は完全にテンウッドに騙されている。そもそも、神が閉じ込めている神獣だ。混乱と混沌を生み出す存在だということを忘れていた」
グリンフォードさんは、絶対に誤解している。だけど、国王様は、その誤解を利用しているのか。とんでもない策士だ。
「ヴァンが従えているのは、ネズミだけではない。異界が警戒している堕天使も、ヴァンの従属だ。そして、このリースリング村のこの家は、ヴァンが生まれ育った家だ。グリンフォード、わかるな?」
国王様が何が言いたいのか、僕には全くわからない。だけど、グリンフォードさんは、軽く頷いたんだ。
「この村を訪問先に選んだ理由を話そう」
突然、話が飛んだ。
国王様が頷くと、グリンフォードさんは口を開く。
「獣が、この村をエサ場に選んだためだ。今夜、決行するつもりらしい」




