463、リースリング村 〜久しぶりの帰省
僕は、デネブから転移屋を使って、久しぶりにリースリング村に戻ってきた。
「へぇ、だいぶ変わったな〜」
軽装に着替えた国王様は、村の中をキョロキョロと見回している。彼は、この村に住んでいたとき以来みたいだな。
リースリング村にも、旅行者向けの宿屋ができている。神矢の【富】がワインになってから、村を訪れる人が増えたためだ。
転移屋を使って来たから、村の門は通らず、村長様の屋敷近くの広場に到着した。今は、昼休憩時間らしく、畑に出ている人はいない。
村で働く人達の中には、僕の知らない人もいるだろうな。
リースリングの妖精達は、空高くに集まっている。彼女達が危険を感じたときの行動だ。何を警戒しているのだろう?
「ヴァン、打ち合わせは覚えているな?」
ニヤニヤと悪ガキのような笑顔を浮かべる国王様。なぜか、アラン様とフロリスちゃんも一緒だ。当然、フロリスちゃんの腕の中には、天兎のぷぅちゃんがいる。
「収穫祭に遊びに来た僕の同級生なんですよね。でもフロリス様は……」
「フロリスは、くっついてきたアランの妹だ。狙われるエサは多い方がいいだろう? それからヴァン、様呼びはするなよ?」
国王様は、ノリノリだ。リースリング村に潜入している影の世界の住人を見極めるという。
「は、はい」
フロリスちゃんまで連れて来なくてもいいのに。ただ、フロリスちゃんは、国王様の素性を知らない。神官見習いだと思っているんだよな。あっ、だから連れてきたのか。
「アランも、言葉には気をつけろ。私達は……いや、俺達は、同級生だからな」
「はい、承知……わかってるよ」
アラン様は国王様の近衛兵なのに、友達のように接するのは、難しいよな。だけど、アラン様も悪ガキのような笑みを浮かべた。
そういえば、似た部分があるよね。
「私は、どうするの〜?」
「フロリスは、いつも通りでいいぞ。ファシルド家だとは言わないことだ」
「うん、わかった。うふふっ、ヴァンの故郷よね。楽しいっ。ヴァンは、ここでフランちゃんと出会ったのよねっ」
フロリスちゃんは、キラッキラな笑顔だ。そんなことを知りたい年頃なのだろうか。まぁ、11歳だもんな。
「そうですよ。あの集会所で、フラン様と初めて会ったんですよ」
「きゃぁぁ〜っ、照れちゃう〜」
ふふっ、フロリスちゃんも成長したなぁ。
「フロリスは、自分でヴァンに尋ねておいて、赤くなってるのか? 変なヤツだな〜」
「むぅ〜、変じゃないもん。フリックさんって、すぐにそんなことばっかり言うんだよ〜」
フロリスちゃんは、アラン様に訴えている。いや、甘えてるのかな。天兎のぷぅちゃんがめちゃくちゃ不機嫌だ。
「フロリスは、からかうと面白いからじゃないか? すぐに、ムキーッとなるだろ」
「違うもん、それはフリックさんが意地悪なんだもん」
やはり国王様とフロリスちゃんは、仲が良いよな。アラン様としては、どんな心境なのだろう?
僕は、妹のミクが……なんてありえないか。ミクは、わがまま放題の子供だもんな。
「おや、ヴァンちゃんじゃないかい? 珍しいねぇ。こんなとこで何をしてるんだい?」
転移した広場でしゃべっていると、近くのお婆さんが声をかけてきた。僕は、この人は苦手だ。あー、他の人達を手招きして呼び集めてるよ。
「こんにちは。ちょっと立ち寄ってみました。貴族の人達のワイン醸造所が気になって」
国王様が隠れ住んでいた屋敷には、小さな醸造所がある。あの頃は、酷い出来だったけど、最近は普通に飲めるテーブルワインが作れていると、ラスクさんから聞いたことがある。
そういえば、最近、ラスクさんに会ってないな。
奥様が白魔導系の貴族ルーミント家の当主をしているから、いろいろと忙しいのかもしれない。ただでさえ浄化ができる人は、多くの依頼が舞い込んでいるようだ。
ラスクさんは、青ノレアのサブリーダーからの信頼も厚いから、大変そうだもんな。
「ふぅん、そうかい。そっちの兄さんは、屋敷に居た子だね? 随分と大きくなって。ヴァンちゃんと親しくしてくれてるのかい?」
国王様のことを覚えていたらしい。だけど国王様は、首を傾げている。
「わた……俺は、今はヴァンと同じ町に住んでますから」
「へぇ、デネブだろ? デネブと言ってもたくさんあるね。カベルネ村の奥にあるデネブだね。カベルネ村は、たいそう儲けているそうじゃないか」
あー、始まった。この人は口を開けば、悪口ばかりなんだよな。家族が誰も相手にしないから、こんな人になってしまったらしい。
「リースリング村も、儲かってるって聞きましたよ?」
国王様が相手をしている。
「なーに言ってんだよ。儲けてるのは村長だけさ。あたしらみたいな年寄りには、ちっとも恩恵のカケラもないんだからね」
なぜか、国王様は楽しそうだ。僕はイライラするだけなんだけどな。
「おや、ヴァンちゃんかい。うん? 冒険者仲間かい?」
僕の家の近くのお爺さんだ。えーっと、どう答えようか。アラン様やフロリスちゃんに視線を移すと、二人は、お爺さんに頷いてるんだよな。
冒険者仲間? 同級生っていう設定はやめたの?
「えらく可愛いお嬢さんだねぇ。ヴァンのお嫁さん候補かな」
畑に出てきたオジサンが、会話に入ってきた。
「なーにを言ってんだい。ヴァンちゃんは、あのなんちゃらっていう神官さんの下僕になったんだよ」
ちょ、なぜ下僕? やはりこのお婆さんは苦手だ。
「下僕じゃなくて、伴侶だろ? ヴァン、こんなとこに突っ立ってないで、冒険者仲間を家に案内したらどうだ?」
「えっ、あ、でも、先にワインの醸造所を見に行こうと思って……うひゃ、何なんだよ」
あのお婆さんが、次々と手招きしている。まるで、僕達を見つけた功労者かのように、なんだかんだ言ってるよ。
「ヴァン、貴族の屋敷の醸造所は、今はダメだ。観光客が食事をしているから邪魔になる」
そういえば、大きな建物が増えている。ワインを出すレストランだろうか。
「オジサン、彼らが収穫祭を見たいって言ったから立ち寄ったんだけど、もう終わったよね?」
「あぁ、村長の畑なら収穫体験ができるが、大きな祭りは、ここではやってないな。スピカの酒屋でやってるよ」
僕は、国王様の方に視線を移す。まだ、あのお婆さんに捕まってるんだよな。
「じゃあ、ヴァン、今夜はこの村に泊まろうか。宿屋もありそうだし」
「アラン兄様、お泊まりするの? ヴァンの家?」
いやいや、フロリス様、無理ですよ。貴族の屋敷の感覚なんだろうけど、ウチは農家です。
「ヴァンの家は、さすがに迷惑だろう」
あれ? アラン様のその顔は……。
「フロリスさ……ん、僕の家は、お客様が泊まれる部屋はないんですよ。ぶどう農家ですからね」
「ふぅん、あっ、フリックさんが暮らしてた屋敷は?」
フロリスちゃんは、宿屋は嫌いなのかな。
「お嬢さん、貴族の屋敷は、乱暴な冒険者達が出入りするから、宿屋の方がいいですよ」
「でも、せっかくなら、誰かのお家がいいな」
オジサンがそう言っても、フロリスちゃんは首を横に振る。あっ、そうか、女性がいないからか。
「とりあえず、僕の家を見てみますか? 無理だとわかると思いますけど」
「うんっ! ヴァンのお家、行ってみたい」
「何? ヴァンの家? わた……俺も行ってみたいと思ってたんだ」
国王様まで……。
アラン様は、むちゃぶりだとわかっているから、静かに微笑んでいるだけだ。アラン様が一番大人だな。
僕は仕方なく、自分の家に向かう。僕達が離れても、集まった人達が、いろいろな噂話をしている。はぁ、なんか疲れるよな。
それに正直なところ、足が重い。たぶん、この時期は父さんが家にいる。ケンカしたままだ。以前、フラン様と来たときは、父さんは不在だった。あれは、わざと避けてたんだと思う。
「婆ちゃん、ただいま」
「おや、ヴァンちゃん、おかえり。あらあら、お友達かい? 皆さん、いらっしゃい」
婆ちゃんは、すごく嬉しそうだ。僕は、少しだけ気分が軽くなる。
「お邪魔します。わぁっ、いい匂いですね」
「こんにちは。うん、お腹が減っちゃう」
国王様とフロリスちゃんは、婆ちゃんが焼いたパンの残り香をクンクンと嗅いでいる。アラン様は、ぐぅ〜っとお腹を鳴らした。
「じゃあ、ぶどうパンを焼こうかね」
婆ちゃんは、張り切って奥へと消えていった。
「皆さんは、こちらへどうぞ。めちゃくちゃ狭いですよ?」
僕は、彼らを食卓へと案内した。どうやら、婆ちゃんしか家には居ないみたいだ。
僕は、ホッと息を吐いた。
日曜日はお休み。
次回は、4月4日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




