462、自由の町デネブ 〜ブラビィからの伝言
しばらく穏やかな時が流れた。
季節は進み、そろそろ寒い冬が来る。とは言っても自由の町デネブは、精霊の森があるためか、それほど寒くならない。
北の大陸に封じられている氷の神獣テンウッドは、寒い季節になると、その力が増すらしい。黒い氷の範囲が、かなり広がっているそうだ。
だからゼクトさんやオールスさんが、ときどき海辺の漁師町に出かけるようになった。北の海の状況の変化を見逃さないように、観察しているようだ。
漁師町リゲルでは、竜神様の子供である水辺の魔物ウォーグが、飼われている。僕が作ってしまった竜神様の子だ。
もうすっかり大きく育ち、人間の言葉を理解する知能もある。彼らは町を守る役割を果たしているんだ。
だけど、僕が世話を任されている3体の子達は、相変わらず、白く太短い不思議な魔物だ。
雷獣を従えてからは、行動範囲も広くなり、僕達にすり寄ってくることも減った。これは成長の証なんだろうけど、他のウォーグ達と違いすぎて、少し不安になる。
「ヴァン、カベルネ村でぶどうの収穫祭があるんだよな? 行くのか? シャルドネ村もだよな?」
数日前から、国王様はずっとこんな調子だ。彼は以前、僕が生まれ育ったリースリング村に隠れ住んでいたから、ぶどうの収穫祭には心が躍るようだ。
「フリックさん、僕は行かないですよ。ラフレアの株からあまり離れたくないので」
「カベルネ村なら、すぐじゃないか。そういえば、ファシルド家の呼び出しも断っているんだってな」
僕があいまいな笑顔を浮かべると、国王様は口を閉じた。
これは、僕の言い訳だ。ラフレアの株のせいで町に引きこもっているわけではない。ブラビィが、まだ戻って来ないからだ。
ブラビィは聖天使になり、神から何かの仕事を与えられたようだ。神官三家の統制だと言っていたけど、あれ以来、一度も姿を見ていない。
町にはブラビィの結界バリアが、継続して張られている。だけど、黒い兎が遊んでいる姿はない。
だから何となくだけど、僕は収穫祭に行ったりして、騒ぐ気になれないんだ。
『我が王! た、たたたた大変で……にょわっ』
久しぶりに、泥ネズミのリーダーくんの声が聞こえた。だけど、教会には入って来ないようだ。なんか、変な声を出していたな。
僕は、国王様に軽く会釈をして、中庭へと出て行く。
キョロキョロと見回してみたが、なかなか姿を見つけられない。かくれんぼか?
「旦那様、あっちの花壇にネズミが……」
「あぁ、ありがとう」
中庭で花に水やりをしていた子が指差す先を探すと……あー、見つけた。
リーダーくんは、ラフレアの根に触れたのか、ピクピクと感電したような状態で、花壇の中に転がっていた。あぁ、井戸の縁に乗ったのか。
僕は、雑草から液体のマヒ回復薬を作り、リーダーくんにふりかけた。
『我が王、この付近には何が仕掛けられているのですか』
賢そうな個体が、木の枝に尻尾を絡めてぶら下がるようにして、姿を現した。地面を警戒しているようだ。
「井戸の近くに、ラフレアの根が出てたんだと思うよ。井戸から飛び出そうとした悪霊を、追いかけてたんだと思う」
『なるほど、そうでしたか。我が王の新たなチカラに、我々が害獣扱いされたのかと焦りました。根は、井戸の付近だけですか』
「今は、もう引っ込んでるよ。見えないから困るよね。ごめんね〜」
『い、いえ。状態異常になるだけですから、問題ありません』
賢そうな個体はそう言うと、木の枝からぴょーんと飛び降りてきた。花壇でひっくり返っていたリーダーくんも、やっと復活かな。
『ぷへぇ、びびびびっとしましたでございますですよ。はひぃ〜』
「ありゃ、ごめんね〜。井戸の近くは危ないかも」
『のわっ、井戸の縁に、スタッと華麗に着地いたしましたのでございますよ〜』
やはり、根に触れたみたいだな。
「ラフレアの根は、ブラビィにも見えないから、気をつけてね」
『な、ななななんと! お気楽うさぎのブラビィ様にも見えないのですとぉおおっ!?』
ふふっ、リーダーくんはまたひっくり返ってるよ。ブラビィは、泥ネズミ達を、自分の子分かのように扱ってるからだよね。
「大変って、何があったの?」
そうリーダーくんに問いかけても、まだ驚きから復活しない。ふふっ、面白いけど……何の用かな?
賢そうな個体が、リーダーくんに飛び蹴りしてる。
『ふんぬっ、わ、我が王、大変なのでございますです。お気楽うさぎのブラビィ様から、伝言なのでございますです』
「うん? ブラビィからの伝言?」
『はいぃ。我々は、お気楽うさぎのブラビィ様から、な、ななんと……ぽへっ』
リーダーくんが、大げさな身振りを始めると、賢そうな個体が、リーダーくんを突き飛ばした。結局、賢そうな個体が説明するんだよね。
『我が王、ブラビィ様から、不在の間の監視命令を受けまして、我が王に関わりのある各所の見張りをしております』
「そうなんだ。あちこちに?」
『はい、王都にいる泥ネズミの半数以上は、他の土地に潜入しています』
「えっ? そんなに王都の泥ネズミが減ると、仕えている主人に怒られない?」
『我が王のお役に立つことが最優先です。それに、我が王に関する役目の方が、我々の存続を考えた上でも重要です』
賢そうな個体は、ますます賢くなってる。
「そっか、ありがとう。それで、ブラビィからの伝言というのは?」
そう尋ねると、賢そうな個体はリーダーくんの耳を引っ張っている。この二人というか二匹、役割分担が決まっているのだろうか。
『我が王! お気楽うさぎのブラビィ様は、異界の住人がリースリング村に人間のフリをして潜入してるぞ! と言っておけ、と言われましたのでございますです』
リーダーくんは、ブラビィの真似のつもりだろうか。ネズミなのに、うさぎのように前足をぴょこぴょこと動かしている。ブラビィがよくやる仕草だ。
「そうか、わかった。リーダーくん、ブラビィの真似、上手いね」
『にゃははは〜、そ、そうでございますですかぁあ?』
あちゃ、ドヤ顔のリーダーくんに、賢そうな個体がプルプルと……。フォローしなくては!
「キミは、さらに賢くなったよね」
『ありがたきお言葉!』
賢そうな個体は、紳士的に頭を下げている。ふふっ、だけど、ニンマリしているんだよね。かわいい。
『異界の住人の潜入は、スピカに集中しているようです。おそらく、もともと、異界の住人が何人も暮らしているからだと推測できます!』
賢そうな個体は、張り切っちゃってるね。ふふっ、鼻息が荒い。
「スピカでは、ドルチェ家が何人か雇っているみたいだね。僕も、マルクの屋敷の地下で、異界の住人に会ったことがあるよ」
『ほう、なんと! さすが我が王です。異界の住人は、暗い場所の仕事に就いているようです。裏ギルドの登録も可能なので、何やら、いろいろありそうです』
「あー、確かに裏ギルドは、匿名性が高いからなぁ。影の世界の人達と共存するなら、冒険者ギルドの登録ができるようにならないとね」
『我が王! 裏ギルドのことは、我が主人も話していました。ただ、我が主人は、異界の住人と共存する気は無さそうです』
賢そうな個体の主人は、神官家の誰かだもんな。国王様の考えも、彼らにはなかなか届かない。
「たぶん、みんな疑心暗鬼になってるんだ。怖いんだよ」
『はい、おっしゃる通りだと思います』
賢そうな個体が頷く横で、ふむふむと頷くリーダーくん。だけど、きっとわかってないよね。
「とりあえず、リースリング村に行ってみる方がいいかな。ブラビィは、そういう意図で伝言してきたんだろうし」
『我が王、リースリング村には、異界の住人が2人います。収穫の手伝いに紛れ込んだ男と、観光客のフリをしている王です』
「その男達って、互いに知り合いだと思う?」
『おそらく、互いの素性はわかっているようです』
賢そうな個体の説明に、ふむふむと頷くだけのリーダーくん。ふふっ、リーダーくんを見ていると、事態のひっ迫具合が一目でわかるから、便利だよな。
だけど、潜入という言葉を伝えてきたってことは、リースリング村にいる異界の住人を、ブラビィが危険視しているとも解釈できる。
そして念話じゃなくて、わざわざ伝言を届けさせたということは、今のリースリング村には、泥ネズミが必要だと考えたんだよな。
「じゃあ、リースリング村に行こうか。キミ達も一緒に来てくれるかな?」
『はい! かしこまりました』
「じゃ、私も行くぞ。ちょっと待ってろ」
へ? なぜ国王様まで?




