461、自由の町デネブ 〜ヴァン、力説する
「ふわぁあ、寝るか」
朝になり、昨夜の状況についての冒険者ギルドへの報告を終えると、ゼクトさんは、借りている部屋へと戻っていった。
ゼクトさんと別れた僕も、町への被害を確認しながら、ドゥ教会へと戻った。
◇◇◇
「ヴァン、お疲れ様」
神官様の安心したような笑顔に、僕はフッと身体が軽くなったように感じた。結構、気を張っていたみたいだ。
「ただいま戻りました。でも、全然疲れてないんですよね」
「そうなの? でも、魔道具をずっと見ていたフリックさんは、すごい数の異界の住人が襲撃してきたって言ってたよ」
彼女の視線の先には、ふわぁっとあくびをする神官服を着た国王様の姿があった。昨夜は、ドゥ教会のすぐ裏にあるクリスティさんの屋敷に、避難していたんだよね。
暗殺貴族レーモンド家の屋敷は、おそらくこの町の中で、最も侵入が難しい屋敷だと思う。当主のクリスティさんは、魔道具を作る能力も高い。だから、今回の避難場所に選ばれたんだ。
「かなりの数でしたけど、僕もゼクトさんもほとんど何もしてないんですよ」
僕がそう返答すると、彼女は首を傾げた。ふふっ、少し眠そうだからか、なんだかかわいい。
「この町は襲われなかったの?」
「ブラビィの結界もあったし、地下水脈からの侵入もできないから、被害はないと思いますよ」
「あっ、そっか。ヴァンが地下水脈に根を伸ばしてるんだもんね」
えーっと、まぁ、そうだけど。
改めてそう言われると、僕が人間じゃなくなったように聞こえて、少しモヤモヤする。だけど、僕は表情に出さないように気をつけた。
「かなりの量の浄化をしたので、全身が甘くなってしまった感じですよ」
「ふふっ、じゃあ、朝ごはんにしよっか。塩からい料理には定評のある私が作るよ〜」
そう言うと、ふふっと笑い、神官様は教会奥の屋敷へと歩いていった。
彼女の自虐的な発言は……彼のせいなんだよな。
「ヴァン、完璧な守りだったな。ふわぁあ」
国王様が、あくびをしながら、僕に話しかけてきた。
「あはは、フリックさん、眠そうですね。今日はお休みにして、少し眠ったらどうですか?」
「そうもいかないだろう。町の住人は不安なことがあると、この教会にドッと押し寄せてくるからな」
神官らしいことを言ってる。
「でもフリックさんは、見習い神官である前に、国王様なんですよ?」
「うん? 私は国王を継ぐ前から、神官のスキルを持っているぞ。しかし、腹が減ったな。ちょっと飯休憩でもするか」
国王様は、ニヤッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。神官の服を着ていると彼は、変なことばかり言うんだよな。
だけど、彼の眠気も限界のようだ。屋敷に連れて行こうか。じゃないと彼は、外で軽食を買って、すぐに仕事に戻ろうとするだろう。
「では、いま、神官様が朝食を作ってくれているから、一緒にいかがですか」
「うげっ、フランの飯か……。目が覚めそうだな」
はぁ、これだよ、これ。
国王様は、神官様が作ってくれたご飯に、いつも文句……的確な指摘をするんだよね。ぐちぐち言いながらも、しっかり食べてくれるんだけど。
僕は国王様と一緒に、屋敷の1階へと移動した。食卓では、使用人の子供達が朝食中だった。
誰かが食卓を使っているときは、僕はソファで食べることが多い。だから、自然とソファへ足が向く。
「ひゃっ、フリックさんも食べるの?」
僕達に気づいた神官様は、ちょっと半笑いなんだよな。
「フラン、その顔は、また壮絶な食べ物を創り出したのだな。なぜ食べられる物しか使ってないのに、そんな恐しい物を生み出すんだ?」
国王様は、辛辣だ。だけど、彼女のあの表情は、やばい失敗をしたときの顔なんだよな。
「ちょっと、まだ何も見てないのに、ひどすぎないかしら?」
だけど神官様は、やはり半笑いだ。
国王様もソファに座ったところで、ソファ前のテーブルに、ドンと不思議な物が置かれた。
使用人の子供達が、飲み物やスープを持ってきてくれた。今朝のスープは、トマトの入った野菜スープか。
最近、朝のスープは、信者さんが持ってきてくれるんだ。スープ屋台の店を出している信者さんが、新作の意見を聞きたいと言って、差し入れてくれる。
子供達が気に入ったスープは、いつもよく売れるそうだ。たぶん子供達と話したくて、持ってきてくれるのだと思うけど。
ドゥ家では、神官様が調理をすると塩からい料理が多いから、食卓のパンは、塩気の薄いパンやほんのり甘いパンが並ぶ。
さらに、味がない料理のときもあるから、自分で味を調整する調味料もたくさん揃っている。
だが、この黒い物体は……。
「フラン、これは炭か?」
「オムレツですっ! ちょっと焦げたけど、味は悪くないと思うわ」
「ふむ。焦げた部分を剥がせばいいか」
カンカンと乾いた音がする。国王様が、オムレツをフォークで突いている音だ。
「フラン、これ、兵器じゃないのか? これで殴られると血が出そうだ」
「食べ物で遊んじゃだめですよ。もうっ、冷めちゃうと硬くなるよ」
「なぜオムレツが、冷めたくらいで、硬くなるんだ?」
「し、知らないよ。もうっ、文句があるなら食べなきゃいいじゃない。ヴァンは、普通に食べてるよ?」
国王様の視線が僕に向いた。信じられないものを見るような目だ。
そして、僕の食べ方を真似て、彼も食べ始める。なんだかんだ言って、国王様は楽しんでるんだよね。
神官様が言うように、今回の不思議な物体は、味は悪くない。ただ、焦げすぎていて表面が炭化しているだけだ。だから、スープの中に入れたら問題ない。
ちょっと苦いけど、今の僕には悪くない。たまに、どう工夫しても、飲み込むのに根性が必要な作品もあるんだけど。
「ヴァン、なぜ我慢しておとなしく食べてるんだ? 年下だからって、そこまで我慢する必要はないぞ」
「僕は、別に我慢なんてしてませんよ? 彼女が頑張って作ってくれたごはんを、ありがたく食べてるだけです」
「なっ? こんな想像を絶する硬さの奇妙な物体だぞ?」
国王様は、そう言いながらも、しっかり食べている。本当に味が不味いときには、さすがの神官様も国王様には食べさせないはずだ。
だからこの不思議な物体は、まぁそれなりに、彼女の自信作だといえる。
「でも、味は悪くないですよ?」
「まぁ、食べられなくはない」
そんな僕達の話を、離れた場所で仁王立ちで聞いている神官様。ふふっ、心配なんだろうな。
「しかし、なぜ、フランは、こんな兵器のような物ばかり作るんだ?」
兵器って……。
「これはオムレツみたいですよ?」
「これで殴られたら痛いぞ。ヴァンは、なぜ文句を言わないんだ? フランが怖いのか?」
「うーん、別に怖くはないですよ。逆に、なぜ文句を言うことになるんです? せっかく作ってくれたのに」
僕がそう尋ねると、国王様はキョトンとした表情を浮かべた。
「その発想はなかった。だが料理人なら、誰が食べても美味だと感じる物を作るべきだろう?」
「彼女は、料理人じゃないですよ。ジョブ『神官』ですから」
「いや、そうだとしても、人に食べさせる物だぞ? ヴァンが、伴侶に甘すぎるんじゃないか?」
国王様の言葉だけど……僕は、カチンときた。
「フリックさん、僕の妻を悪く言わないでください!」
「へ? ちょ、何を熱くなってる? ヴァンの方が圧倒的に料理は上手いだろう。それでいいのか?」
やばい、ダメだ。ムカつく。
「いいんです! 彼女はいろいろなことが完璧すぎて、僕には釣り合わないと思われていることは、わかっています。でも料理だけは、僕の方ができるんです。彼女が料理まで上手くなってしまったら、僕は捨てられるじゃないですかっ」
「は? ヴァン、何を言ってる? おまえの方が、フランよりも……あははは、何を泣きそうになってんだよ?」
国王様は、ゲラゲラと笑っている。
「彼女が、一生懸命に作ってくれたごはんは、美味しいんですっ。たまに失敗してるけど、やらかしちゃったという顔も可愛いから、これでいいんです!」
「ふぅん、あはは、おまえら良いな。足りない部分を補い合う関係か。くそぅ、羨ましいぞ」
はい? 国王様にも……あっ、そうか。愛のない結婚だと言っていたっけ。
僕は、朝食後に、ハーブティをいれた。
「フリックさん、どうぞ。疲れがとれますよ。お好みで蜜を入れてくださいね」
「あぁ、いい香りだな」
国王様をソファに残し、食卓にいる人達の分も用意していく。コポコポとお湯を注ぐ音に誘われたのかな。
ソファからは、スゥスゥと寝息が聞こえてきた。




