46、商業の街スピカ 〜三つのギルド登録
僕はいま、商業の街スピカに来ている。
そして僕はいま、とても驚いている。神官様が、まるで別人なんだ。僕に対する態度は変わらない。だけど、冒険者に対する態度が、あまりにも違うんだ。
すれ違う知人には、ありえないほどの極上の笑顔を振りまいている。それに、彼女は顔が広いらしい。何度も声をかけられ、そのたびに立ち話が始まるんだ。
「フランちゃん、若い子を連れてどうしたんだよ。まさか、恋人なのか」
街ですれ違った冒険者風の男性数人連れのひとりが、彼女に声をかけてきた。はぁ、まただよ。
「やーだぁ、そんなわけないじゃん。あれ? こないだのミッションは、もう終わったのぉ? すごぉい」
「まぁな、俺達は、Sランクパーティだからな」
「きゃぁ、素敵〜っ! 私も早くSランクになりたぁい」
今までとは違う。何だか変なテンションだな。
「また、いいミッションがあれば、声をかけてやるぜ」
「うんっ、期待してぞぉ〜っ」
今までで一番、キャピッとした姿だ。上位ランクの冒険者に媚びているのだろうか。それとも二重人格?
満面の笑みで手を振ってるよ。めちゃくちゃ美人だから、こんな笑顔をされてしまうと、破壊力抜群だ。冒険者の人達は、彼女に魅了されてしまっているようだ。
彼らが視界から消えると、神官様はいつもの表情に戻った。そして、呆然としている僕の手をつねった。
「痛っ、何するんですか」
「その何かを言いたげな顔がムカつくのよ」
「そんなことを言われても、知りませんよ、神官様」
パチン!
今度は頭を叩かれた。
「痛っ、なぜ、殴るんですか:」
「この街では、神官と呼ばないように!」
「じゃあ、何と呼べばいいのですか?」
「名前で呼びなさい」
「お名前、なんでしたっけ?」
「は? 何て無礼なのかしら。自分の成人の儀をとり行ってもらった神官の名を忘れたと言うの?」
いま、神官と呼ぶなといいながら、自分で神官って言ってる。ほんと、無茶苦茶な人だ。確か、さっき、フランちゃんって呼ばれていたな。
「フラン・アウスレーゼ様」
パチン!
また、頭を叩かれた。ちょ、何なんだよ。
「神官と呼ばないようにと言ったでしょう」
「えっ? いま、神官様とは言ってませんよ」
「家の名を口にするのも同じことよ! 何もわかってないわね」
「はぁ……すみません、フラン様」
しぶしぶ、そう言うと、彼女は、片眉を上げた。これで良いということなのだろうか。怖すぎる。
ギィーッと、重い扉を開けて、彼女は、古い建物へと入っていった。こんな所は知らない。来たことのない場所だ。
「いらっしゃいませ。どのようなご用でしょうか」
「こんにちは。この少年の登録をお願いできるかしら」
「神官様が連れて来られたということは、新成人ですか?」
「ええ。珍しいジョブなのよ。私が後見人をするわ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
神官と呼ばれても反論しないんだ。この街では神官と呼ぶなと怒っていたくせに。
案内されたのは、アンティーク調の家具が揃った応接室のような部屋だった。しばらく待っていると、三人の事務員らしき人がやってきた。
ここは、何だろう?
神官様は、僕にジョブの仕事をさせたいんだよね? ということは、どこかの貴族の屋敷なのだろうか。
「これは神官フラン様、ご無沙汰しております」
「挨拶は不要です。この少年の登録をお願いするわ。私が後見人を務めます」
「はい、かしこまりました。三つすべてでしょうか」
「ええ、三つすべてについて、私が後見人をするから」
話が全く見えない。
「では、能力の測定を始めさせていただきます。こちらへどうぞ」
僕は、意味がわからないまま、事務員さんらしき人の指示に従った。何かの魔道具に照らされただけで終了ですと言われた。
席に戻ると、神官様が他の二人と話をしていた。
「というわけなのよ。この少年には、何もないのよね」
「ですが、十分に役に立つかと」
また、意味のわからない話だ。
「そうね、それでお願いするわ。じゃ、ヴァン、次に行くわよ」
「あの、フラン様、一体、何を……」
そう尋ねかけたときに、事務員さんらしき人から、カードを三枚渡された。そこには、それぞれ、商業ギルド、工業ギルド、冒険者ギルドと記載がある。
「ヴァンさん、三つのギルドへの登録、ありがとうございます。神官フラン様からのお申し出のジョブおよびスキルをそれぞれに登録いたしました」
「えっと……?」
「登録いただいた情報に従って、今後の仕事の斡旋をさせていただきます。薬師は、三つすべてに登録しておりますが、級やレベルは未登録になっております」
「級やレベルも登録する方がいいのですか?」
「いえ、一長一短というところでしょうか。とりあえず、ヴァンさんには、自分を守るスキルが皆無だということでしたので、未登録とさせてもらいました」
「はぁ……」
「あなたに最適な選択をしておいたわ。次、行くわよ。あっ、安全な魔法袋は持っているわよね? 三枚のカードは、身分証になるわ。盗難防止の魔法袋に入れておきなさい」
「えっと……」
何のスキルを登録したのだろう?
カードに魔力を流すと、簡易情報が現れた。
商業ギルドのカードには、ジョブ『ソムリエ』、スキル『薬師』か。
工業ギルドのカードは、スキル『木工職人』『薬師』のふたつ。
冒険者ギルドのカードは、スキル『薬師』だけ? 魔獣使いは? 迷い人はいらないの?
「あ〜! すみません。ヴァンさん、魔法袋の装備を外して、もう一度、計測させてください。一部の能力測定ができませんでした。特殊な魔法袋を装備されているのですね」
データを確認していた人が駆け寄ってきた。
「結界バリア付与の魔法袋でしょ? なぜ、こんなに小さな袋が、計測の邪魔になるの?」
「いえ、それではありません。別の、特殊な大きな魔法袋が写ってしまいまして」
僕は、数日分の食料や服、そして魔導学校のテキストを、リーフさんの魔法袋に詰め込んで持ってきた。神官様が突然荷造りしろと言うから、これしかなかったんだ。
マルクからもらった魔法袋には、超薬草、ぶどうのエリクサー、神矢が数本、瓶入りポーションが少しと、正方形のゼリー状のポーションを大量にいれてあるから、空き容量があまりないんだ。
あ、あと、金貨三枚も入っているけど。これは、レミーさんに売ったポーション代だ。財布を買わなきゃな。
僕は、リーフさんの魔法袋を外した。そして再び、測定をして戻ってくると、神官様が、その魔法袋を調べていた。
「ヴァン、これはどうしたの?」
「村長様の家で、ある神官様に仕事を頼まれて、その報酬代わりにと頂いた物です」
「こんなつまらない物を作るのは、トロッケン家ね。なるほど、あの噂は事実なのね」
神官様は、難しい顔をしている。何を聞いたんだろう。
「やはり、この少年のことでしたか。冒険者達が噂話をしていましたよ。数十名ほどの貴族が、とある少年の村を守っていると」
えっ? そんな噂に?
「工業ギルドのお兄さん、この魔法袋は、盗聴機能だけじゃないわね? 中身がまる見えなのじゃないかしら。完全に、この子の行動が見られているわ」
「ええ、そのタイプは、よく使われる魔法袋です。報酬として与え、情報を盗むためのものですね。しかし、容量が大きいですね」
工業ギルドのお兄さんは、自分で装備している。すると、バチバチと弾けるような音が聞こえ、その魔法袋は姿を現した。
「あっ、透明化が壊れた?」
「ヴァンさん、ご安心ください。貴方が装備すれば、元に戻ります。ターゲット以外の者が装備すると、マナの流れを知られないようにするために、この魔法袋の維持者が、一時的に遮断しただけです」
やはり、リーフさんが?
「改造できるかしら?」
そう言うと、神官様は金貨を机に置いた。
「かしこまりました」
魔法袋を装備しているお兄さんが、何かの技能を使った。すると、魔法袋の色が変わった。布袋だったのが、黒い革袋のようなツヤのある素材に変化している。
「ヴァンさんの魔力値を考えると、透明化は難しいので、通常の魔法袋に作り変えています。維持者は、この魔法袋を見失なったはずです」
「そうね、それが最適だわ」
魔法袋が、透明化しなくなったんだ。でも、大丈夫だろうか? リーフさんに改造したことは、バレているよね?
だけど、神官様は気にしていない。大丈夫、ということなのかな。
「じゃ、ヴァン、次に行くわよ」
「どこへ行くんですか」
「あなたを売りに行くのよ」
えっ……。