459、自由の町デネブ 〜王都に戻らない理由
アラン様の言葉は、彼が覇王の技能を得たから国王様の近衛騎士になった、と聞こえた。国王様の側近となることと覇王とが、何か関係あるのだろうか。
ファシルド家は、そもそも武術系の貴族だ。だからファシルド家の旦那様も、王宮によく呼び出されている。
でも旦那様には、覇王の技能はない。覇王持ちは、ジョブ『王』に現れやすいと聞く。だから、王族には珍しくないのかもしれないが、貴族ではあまり聞かない。
アラン様のジョブは『ナイト』だったはずだ。ファシルド家は、ナイトの家系だから、『ナイト』のジョブを持つ彼は、後継者として優位に立つ。
覇王は、いろいろなスキルに現れるレア技能だから、誰が得てもおかしくないとは思う。ジョブ『ソムリエ』の僕でさえ、覇王持ちだもんな。
しかし、覇王と近衛騎士の関係なんて……ないよね?
僕が首を傾げていると、アラン様も国王様もニヤニヤと笑っている。なんだか二人は、似たところがあるよな。
「ヴァンには、わからないか?」
「はい、僕には全くわかりません」
アラン様の問いかけにそう答えると、二人は楽しそうに笑った。なんだか、悪ガキ二人って感じだよな。
「私が、覇王持ちだからだ」
国王様が覇王持ちだから……何? 謎かけ?
僕は、再び首を傾げる。すると、二人は同じような顔をして笑ってるんだよな。
このドゥ教会に来ると、なぜかガキんちょになったり、わがまま放題になる人が多い。神官様が信者さん達を、自由に振る舞わせているからだろうか。
「あはは、ヴァン、面白い顔をしてるな」
「国王様、なんだか悪ガキみたいな顔になってますよ?」
「私は、悪ガキだからな」
いや、開き直られても……。
僕が言葉に困っていると、アラン様が口を開く。
「ヴァン、国王様は覇王持ちを集めておられるんだ。俺は、ファシルド家の生まれだし、ジョブ『ナイト』だから近衛騎士となった」
覇王持ちを集めてる? 国王様の方を見ると、やはり悪ガキのようにニヤニヤと笑っている。何か企んでいるのか。
「なぜ、覇王持ちを集めておられるのですか? 統率が乱れそうな気がしますけど」
「ヴァン、それは逆だ。危険なレア技能持ちは、側近にする方がいい」
国王様は、ニヤニヤしながらも落ち着いた声でそう言った。あー、前国王派にとられると困るからか。ゼクトさんから教えられたことを思い出した。
「僕には、王族のことはよくわからないですけど」
「ヴァン、前国王様が回復されたのを知っているか?」
アラン様の言葉は、僕には知らないことだ。いつの間にか、前国王が退位されていたし、その理由も知らない。
「僕は何も……なぜ退位されたかも知らなかったですから」
「そうか、一部の貴族と神官家だけにしか、この件は知らされていなかったか」
アラン様はそう言うと、国王様の方に視線を移した。国王様が頷くと、彼は再び口を開く。
「前国王様は、覇王持ちに心を壊されたのだ」
「えっ? 操られたのですか?」
「いや、違う。ヴァンは人間に対して覇王を使ったことはあるか?」
アラン様も、僕が覇王持ちだと知っているんだ。
「な、ないです。僕の覇王は、魔獣使いのレア技能という位置付けですから」
「そうか。俺と同じだな。まぁ、それが圧倒的に多数だ。だが、人間へも使える。ただ、覇王持ちに覇王を使うと、上下関係が確定するんだ」
上下関係?
「えっと、前国王様が誰かに覇王を使ったってことですか?」
そう尋ねると、アラン様は頷いた。そして、国王様に視線を移した。何かを確認するかのように二人は頷き合っている。念話か何かを使っているのだろうか。
国王様が口を開く。
「父は、彼を抑えようとして覇王を使った。だが、負けたんだ。しかも覇王返しをされた。だから退位することになったのだ。その後、私が国王を継いだことで、彼はその術を解いた。最近、やっと父は回復したよ」
人間の覇王返しって何だろう? 魔物なら従属化だけど。
「彼というのは、ノレア神父ですか」
「いや、違う。ヴァンは、マルク・ルファスと親しいよな?」
えっ? 突然、マルク?
「はい、マルクは、魔導学校時代からの親友ですが……」
「では、ラン・ドルチェという女性と関わったことがあるだろう? サキュバスという魔族の血をひく妖艶な女性だ」
あっ! うにゅうにゅした何かを使って、僕を傀儡にしようとした女性か。マルクが助けに来てくれなかったら、僕は……。
「僕も傀儡にされかけました。ドルチェ家を継ぐことのできない分家の人ですよね」
「やはりな。あの女は、そうやって集めているからな」
国王様の表情に怒りの色が見える。だけど、前国王様に覇王を使ったのは、男なんだよな? 彼と言っていたし。あの女性の旦那さんだろうか?
でも、ドルチェ家は商人貴族だ。しかも分家だから、国王様との関わりなんてあるのかな。
「ヴァン、それならリクロスという男は知っているか。そのラン・ドルチェの息子だ。魔族だそうだ」
えっ!? 魔族?
「知らないです。でも魔族なんて、ボックス山脈にしかいませんよね?」
「王都にいる。王都で生まれたからな」
「サキュバスの血をひく魔族、ですか」
「あぁ、爽やかなイケメンだそうだ。ただ、この世界を自分のモノにしようと考えているらしい。母親のラン・ドルチェは、有能な人間を傀儡化して集めている」
あの女性にギルドで会ったのは、僕が16歳くらいだったよな。もう3年ほど経つのか。
「そのリクロスという人が、覇王持ちで、前国王様を……」
「あぁ、そうだ。王宮には、その男に操られている者もいるようだ。私に仕えているフリをしているがな」
「もしかして、それが、国王様が王都に戻りたくない理由ですか。戻りたくても、戻れない……」
僕が小声でそう呟くと、国王様は頷いた。
「王宮内では、前国王派と現国王派の対立がある。これを引き起こしているのは、リクロスに操られている者達だろう。私の味方をすると主張しているそうだが」
うわぁ……。僕は、言葉が見つからない。
「ヴァン、国王様は、その男を抑えるには、これ以上の戦力を集めさせないことだと考えておられる。ラン・ドルチェの考えを改めさせることは不可能だ。彼女は、息子の言いなりだからな」
アラン様は、平気な顔をしてそんなことを言う。だけど僕の頭の中は、もう限界を超えていた。
北の大陸の神獣テンウッド、そしていつまでも消えない堕ちた神獣ゲナード、増えすぎたラフレアのつぼみ、ラフレアへの影の世界からの干渉。
僕自身が動くラフレアになったり、ブラビィが聖天使になったりと、この数ヶ月で大きな変化もあった。
おまけに、今夜、北の大陸に二度目の神矢が降る。一度目の効果は、まだ僕にはわからない。異界の住人と共存できている気はしない。
さらに、魔族?
僕の頭は、プシューッと湯気が出てきそうな状態だ。
「ヴァン、大丈夫か?」
そう尋ねる国王様の表情にも、余裕がある。
「無理です。なぜ、国王様はそんな平気な顔をしていられるんですか」
「ふむ、考え悩んでも結論が出ないと悟ったからな。それに、おそらく、その男の覇王よりヴァンの覇王の方が強い。だから、ヴァンに任せればいいと気づいたのだ」
は? はい?
「いやいや、無理無理むりですよ。僕は、ただの人間ですよ? 魔族なんて無理です」
「ヴァン、何を言っている? おまえはバケモノになったんだろう? さて、そんなことより、今夜をどう乗り切るかだ」
ちょ、ちょっと待って。
「国王様、今夜は、ヴァンに任せておけば大丈夫じゃないですか? ただ、民の行動が邪魔になるといけません」
「もちろん、ヴァンに任せるつもりでここに来た。何か民に注意させるべきことはないか?」
あまりの言葉に、僕は目をパチパチさせる。これは現実か?
「あはは、ヴァン、また変な顔をしているな。とりあえず、外出制限だけで良いか?」
「ちょ、あの、僕に丸投げですか。国王様、それで大丈夫なんですか」
「大丈夫か、とは?」
「地位というか何というか……」
「あはは、私がヴァンに頼ると国王としてマズイのか?」
「た、たぶん。僕は、庶民ですし」
「何を言っている? ヴァンは、私が信仰する教会の旦那様だ。それにラフレアだろう? 私が丸投げしても、何の不自然さもない」
国王様が大きな声でそんなことを言うから、他の信者さん達の視線が集まった。わざとやってるな?
「フリック様、悪ガキみたいですよ」
「あはは、私は悪ガキだからな」
嫌味を言ったつもりが、ケラケラと笑われてしまう。はぁ、恐るべし国王だ。




