457、自由の町デネブ 〜聖天使ブラビィ
トロッケン家の神官達が跪く。その姿をチラッと見て、フンと鼻を鳴らす堕天使。
だけど、ブラビィの翼の色がいつもと違う。服もなんだか違うんだよな。まるで、天使のような……キラキラで爽やかすぎる……おかしい、どうしたんだ?
「おまえら、さっさと帰れ! 目障りだ」
口を開くと、相変わらずのブラビィだな。僕は、なぜか安心した。
「聖天使様! なぜ、このような場所に……」
「は? オレは、お気楽うさぎのブラビィ様だ。聖天使のような……くそっ、ヴァン、おまえのせいだぞ」
意味がわからない。そんなことより、光の檻を消さないと。マナを吸う魔道具なら、えーっと……。
ガチン!
ブラビィが殴っただけで、光の檻は粉々に崩れた。そして……。
「うげっ、に、苦い!!」
あちこちに伸びていたラフレアの根が、崩れた魔道具を吸い取ってしまったらしい。
「ふんっ、ゴミ掃除はラフレアの仕事だろーが」
ブラビィは、根に吸収させようとして、わざと粉々に砕いたのか。ひどい。まぁ、危ない檻だから、あえてラフレアに吸収させようと考えたのか。
しかし凄い力だな。ブラビィは、こんなことできたっけ? それに今までとは、やはり何かが違う。
トロッケン家の神官達が、ブラビィを聖天使様と呼んだ。聖天使といえば、上位の天使だよな?
神が矢を射るときに手伝っているのは、子供のような姿のかわいらしい天使だ。
天使は、天兎の成体のひとつだけど……ブラビィは、天兎のハンターぷぅちゃんの眷属だ。元悪霊だし、天使になれるわけがないと思うんだけど。
「聖天使様、あの……」
「うるせー! おまえらは帰れって言っただろ。神官のジョブを消されたいかっ!」
トロッケン家の神官達は、ブラビィに怒鳴られて、青い顔をしている。
「で、ですが、凶悪な……」
「おまえら、それはヴァンのことを言ってるのか? そーいえば、さっき、ヴァンの下僕がどうのと喚いてたな」
ブラビィは、アリアさんに視線を向けた。すると、挽回のチャンスだと思ったのか、アリアさんは嬉々として口を開く。
「ヴァンさんは、存在自体が許されざる者なのです。ジョブ『ソムリエ』なのに神官家の名を名乗り、悪霊を誘導し、数々の脅威となる下僕をつくり、さらには、自らがラフレアへと化したバケモノですからね」
「脅威となる下僕って誰だ?」
「最も最悪なのは、神出鬼没な堕天使です。ですが、天兎ではありません。闇の偽神獣だった悪霊なのです。異界から悪霊を呼び寄せ、地下水脈を汚しているのは、おそらくその堕天使の仕業。ヴァンさんが操っている傀儡ですよ」
あらら。本人の前で……。
話の途中まではブラビィは得意げだったけど、地下水脈を汚しているという濡れ衣はマズイ。それ以上に、僕が操っていると言ったのは、完全にアウトだな。
ブラビィは、僕の方をチラッと見た。何かを言えということかな? 僕には無理だと思うんだけど。
「おまえら、本気で言ってるのか? 深い地下水脈を汚しているのは、北の大陸の奴らだ。浅い地下水脈にその汚れを引き入れたのは、愚かな貴族だ。地下水脈の水で魔力量は増えねーぞ。神官三家の誰がそんなデマを流した?」
ブラビィは、まるで諭すように、まともなことを言ってる。どうしたんだろう? いつもならブチ切れて終わりだよな。
「そ、それは……ベーレン家ではないでしょうか」
アリアさんは、ブラビィには反論しない。さっきは、跪いていたし……どうなってるんだ?
フラン様の方を見ると、片眉があがった。えーっと、何? 機嫌が悪い?
ゼクトさんとオールスさんは、ギルドの人達の中に紛れている。トロッケン家から守ろうとしているのかな。でも、僕にはイケイケと合図してくる。
マルクは、僕の近くに付いていてくれる。目が合うと、頷いてくれた。
一方でマルクの奥さんのフリージアさんは、息子のカインくんを連れて、ギルドのカウンター内で何かしているみたいだ。
ブラビィは不機嫌そうな顔で、僕の方を見た。仕方ない、僕がトロッケン家を追い払わないといけないか。
しかし、相手はトロッケン家の制圧部隊だよな。普通に話しても無駄だ。それなら……。
「アリア・トロッケン様、僕は、貴女達には神官家としての本来の役割を思い出してほしいです」
「なんだと! おまえ」
アリアさんに話しかけたのに、他の神官が怒鳴った。すぐに話を妨げられる。
するとブラビィが、バサリと翼をはためかせた。怒鳴った神官はギクリとして、ブラビィに跪く。
「ヴァン、さっさと言えよ。なんならコイツら全員、処刑してもいいんじゃねーか?」
ブラビィが、むちゃくちゃなことを言う。何を言えって……あぁ、そういうことか。
「貴女達は、氷の神獣の怒りを収めることができますか。できなければ、この世界は滅びます。ゼクトさんが言ったことは、嘘でも大げさなことでもありません」
「ヴァンさん、貴方が戦乱へと誘導しているのでしょう? ノレア神父を失脚させ、精霊師を……」
「それですよ! アリア・トロッケン様。僕は精霊師なのに、なぜ、そんなことができますか? 悪しき心を持つことは、精霊師のスキルを失うことになりますよ? 貴女は、そんなことも知らないんですか」
僕がそう言うと、アリアさんはハッとした表情を浮かべた。だが、トロッケン家の他の神官達は、僕の言葉にイラついている。
「だけど、ヴァンさんには危険なチカラが……」
アリアさんがそう反論すると、国王様がそれを制するように、口を開く。
「アリア、それは、神父ノレアの嫉妬だ。おまえ達は、ノレアの坊やに振り回されているだけだ。自分の頭で考えてみろ」
「国王様は、まだ、民の悪意をご存知ないのです!」
「私は、愚かな王だと?」
「そ、そんなことは申しておりません。ただ……」
トロッケン家は、現国王フリック様のことを認めていないらしい。彼は、まだ若すぎるんだ。
「はぁ、もう、おまえらウザすぎるんだよ。ヴァン、おまえがシャキッとしねーからだろ。その気になれば、トロッケン家なんて、全員始末できるんだと言ってやれよ!」
ブラビィが、壊れた。
「確かに、ヴァンがその気になれば、トロッケン家だけじゃなく神官三家を無力化し、ドゥ家のみを神官家として、この世界を再編することも可能だろうな」
国王様まで……。
「古き神官三家は、一部を除き、大半は害になっています。王都の泥ネズミと土ネズミすべてが、ヴァンに従う理由がわかっていますか!」
マルクは、辛辣だ……。
ゼクトさんが、僕に合図をしてきた。たぶん、それを言えってことかな。だからブラビィが、むちゃくちゃなことを言っているんだ。
「アリア・トロッケン様、そして他の神官様、なぜ、僕の従属には跪くのに、僕の言葉を信じないのですか。それに、貴女は、ブラビィが嫌う言葉を使った。だから、彼は、むちゃくちゃなことを言い出しています」
「は? ヴァンさん、何を……」
「貴女達が聖天使だと言っているお気楽うさぎは、僕の従属です。堕天使だったはずなんだけどな」
「えっ……騙されて……」
「そんなはずはない。彼は聖天使様だ。このオーラは、聖天使様以外の何者でもない!」
トロッケン家の神官達は、大混乱中だ。
僕が、彼らが跪くブラビィを従属だと言ったことで、ゼクトさんがニヤッと笑った。やはり、この言葉を僕に言わせたかったのか。
「ヴァンがラフレアになったから、オレは、神から意味不明な役割を押し付けられたんだ。オレは、お気楽うさぎなのに、面倒なことはやりたくねー。神官三家を全部潰せば、オレの役割は無くなるだろ」
やはり、また、ブラビィが変なことを言っている。
「ちょ、その意味不明な役割って何?」
「聖天使様に、何という口の利き方を……」
僕がブラビィに問い返すと、トロッケン家の神官が口を挟む。だけど、ブラビィに睨まれて黙ったんだよな。
トロッケン家は、聖天使には絶対服従なのか。
「おまえ、頭悪いんじゃねーか。話、聞いてねーのか」
「い、いえ……」
「ヴァン、やっぱ、コイツら処刑しよーぜ」
これは、きっと……振りだよな。
「ブラビィ、何を言ってんの! 聖天使になったのか知らないけど、むちゃくちゃなことを言わないの!」
するとブラビィは、ニヤッと笑った。
「御意」
聖天使は、僕に跪いた。やっぱり……。
当然、トロッケン家の神官達は、驚きでひっくり返っている。
「ブラビィの役割って何? 聖天使様は、既にいらっしゃるよね?」
「オレは、地上に降りちゃった聖天使だ。神官三家の統制をしろってさ。おまえのせいだぞっ」
日曜日はお休み。
次回は、3月28日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




