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453、自由の町デネブ 〜動くラフレアと銀色の花

『……ヴァン……ヴァン』


 僕を呼ぶ声? 返事をしようとしても、口が動かない。誰だろう。聞き覚えのない声……中性的な透き通るような綺麗な声だ。


『ヴァン、そのままでは死んでしまうわ。近くにエサがある。早く吸収しなさい』


 エサ? 吸収? だが、僕の意識は再び薄れていく。


『ヴァン、お腹が空いているでしょう? ほら、根から吸収するのよ』


 根? 僕は、うっすらと目を開けた。だけど何も見えない。時折、やわらかなあたたかい光が見える。その光を浴びると、なんとか息ができる。


 何かに包まれている。だけど暗くはない。不思議だな。あー、僕は死んだのか。


『ヴァン、根を……足を伸ばしなさい』


 必死な声が聞こえる。足? 僕に足なんてあったっけ?



 ぴゅーっと冷たい風が吹いた。気持ちいい。あれ? この魔力って……それにあたたかな光って……。


 僕は、手を伸ばした。もちろん動かない。だけど、何かが僕の意図した方へと伸びていく。



 あっ、甘い。何だろう?


 僕は、スゥっと息を吸い込む。すると、身体の中に甘い何かが入ってくる。


 美味しい。だけど、すぐにお腹がいっぱいになる。水? お腹がタポタポだ。


 そう考えていると、身体からドッと汗が吹き出した。暑いわけじゃないのに、大量の汗だ。だけど、大汗をかいたらスッキリした。


 再び、スゥゥ〜っと息を吸うと、身体の中に甘い何かが入ってきた。なぜ、身体が甘いと感じるんだろう? 口の中には何も入ってないのに。



『上手よ。ふふっ、私の子供達も喜んでいるわ。ヴァン、感じるかしら? 私達の繋がりを……』


 何か聞こえた。だけど僕は、甘い何かに夢中になっていて、それどころじゃない。


 アブナイ薬だろうか。甘いだけで香りはない。口に入ってこないから、匂いがわからないのかな。


 だけど、もう、お腹いっぱいだ。汗をかいても、お腹は減らない。だけど……甘い誘惑にが……んんんっ、あっ、お腹が減った。


 汗だけじゃなく、身体から何かが出て行った。


 排泄したわけじゃないからな。右手の甲あたりから、何かが出ていったように感じる。右手の甲? 僕に手なんてあったっけ?


 再び、スゥゥ〜ッと息を吸う。


 甘い何かに慣れてきたのだろうか。何度か繰り返しているうちに甘味が減ってきている。


 僕は大量の汗をかき、そして、身体の一部から汗とともに何かが出ていく。


 甘い誘惑には勝てない。


 身体で甘さを堪能していると、やはり、だんだん甘さが減ってきている。


 ついに息を吸い込んでも、甘さがなくなった。食事の時間は終わってしまったのか。もっと、甘い何かを食べたかった。



 僕は、そのまま眠りに落ちていった。



 ◇◇◇



 どれくらい眠っていたのだろう。


 また、甘い何かの気配を感じ、僕は目を覚ました。


 スゥゥ〜ッと息を吸い込むと、身体の中に甘い何かが入ってくる。だけど、すぐにお腹がいっぱいになる。大汗をかいて、汗と同時に身体から何かを排出する。


 でも、再びスゥゥ〜ッと吸い込んでも、もう甘くない。なんだ、もう終わりか。



「……ン、ヴァン」


 あれ? この声って……何だっけ? あたたかい光が降り注ぐ。この魔力って、なんだか懐かしい。


 ぴゅーっと冷たい風が吹いた。これも魔法だ。この魔力にも覚えがある。


「ヴァン! 目を覚ませ!」


 あれ? この声……。


 僕は、ゆっくりと目を開けた。何かが見える。人間? 



 ふと、視界を横切った黒い影。


 僕は、反射的に手を伸ばした。僕から伸びた根がその黒い影を捕まえた。その瞬間、甘い何かが身体に入ってきた。


 黒い影が甘いのか。


 他にもいないかな? そう意識すると、僕に見えるものが一気に広がっていく。




『ヴァン、よく寝ていたわね。私達の繋がりが見えるかしら』


 中性的な声が聞こえてきた。声の主を探す。すると、大きな銀色の花が目に映った。そして、あちこちに小さな銀色の花がある。


 花がなぜ銀色なんだろう。葉もなければ茎もない。ただ銀色の花、そして花を覆うのは根?


『ヴァン、私達がラフレアよ。貴方にも株分けしたの』


 えっ? 株分け? ラフレアって……ラフレアの森。


『ふふっ、動きを失った私は、ラフレアの森と呼ばれているわね。株分けをした仲間は、動くラフレアね』


 動くラフレア?


『ええ、私の生存本能かしら。王都近くの私の周りにいる仲間達が、次々と死んでいってしまったわ。死んだ株から咲いた花は狂っていくの』


 どうして、死んだのですか。


『ヴァン、貴方のように動くラフレアは、小さな株を持つわ。元気なうちはいいの。だけど動くラフレアは、歳を重ねると株を維持する魔力が無くなってくる。そういう株は、私の周りに集まってくるの』


 動くラフレアの株が、ラフレアの森にですか?


『ええ、そうよ。預かった株は私の一部になるわ。でも、私自身ではない。だから、影の悪しき支配を排除できないの。動くラフレアの生命が尽きた株は、なおさらね』


 お年寄りの株と死人の株が、異界の影響を受けるのですか? あっ、異界にもラフレアがありますよね?


『ええ、そうよ。影の世界のラフレアは、若くして死んだ動くラフレアね。私が株を預かる前に死んでしまうと、影の世界のラフレアになるわ。そうなると、生まれ変われない。だから、私が動くラフレアの株を預かるのよ』


 僕がこのまま死ぬと、異界でラフレアとして永遠に生きることになるんですか?


『ふふっ、ええ、そうよ。影の世界には、大きな株は無いけれど、エサが多いから永住してしまうのね』


 エサって……悪霊!?


『ふふっ、マナの汚れを吸収すると甘く感じるでしょう? 影の世界では、ラフレアは害獣らしいわ。だから、みんな大きな株に育たないように、逃げ回るみたい』


 そ、そうなんですね。


『ええ、でも、ヴァンの株は、こちらの世界で預かるわよ。私の子供達が、貴方の株が合流するのを楽しみにしているもの』


 えっ、じゃあ、僕はラフレアの森に?


『ふふ、今すぐという意味ではないわ。人間の寿命なんて、たかが100年でしょう? それまでは、その場所に株を置いておきなさい』


 どうやって……。


『置いておこうと意識すれば、育てた小さな株は身体から離れるわ。目印を残してね。目印があれば、私がヴァンの株を回収できるわ。ヴァンが死ぬ前に、必ず回収するわ』


 目印……銀色の花?


 そう尋ねたのに、声は、聞こえなくなった。




「ヴァン! 目を覚ませ。くそっ、ブラビィ、なんとかしろよ!」


 この声は、ゼクトさん?


「ふん、もう目覚めている。ラフレアハンターだろ、おまえ」


 これは、ブラビィか。


「でも、触れられないよ。このまま消えてしまうんじゃ……」


 あっ、神官様!


「凍らせれば、目を覚ますんじゃねー?」


「何度かやっただろ。あー、だが、さっき、動いたか」


「エサを撒いとけばいいんだよ。汚れたマナだ」


「もう、汚れたマナなんてねぇだろ。しかし、この光玉はなんだ? 池の中にもたくさん落ちたぞ」


「知らねー」


 ブラビィとゼクトさんがケンカしている。止めなきゃ。



 僕は、うっすらと目を開けた。だけど、身体は動かない。そうか、僕は根に覆われているんだ。さっき見た銀色の花を思い出した。僕自身が、ラフレアの株になっているんだ。


 ラフレアの声は、置いておこうと意識すれば、身体から離れると言っていた。目印というのが、銀色の花か。



 僕は、ラフレアの株から離れようと意識した。


「うわぁっ!」


「みんな離れろ!」


 僕を取り囲んでいた人達が、一斉に離れていく。ゼクトさんがバリアを張ったようだ。僕が何かを放っているのか。


 急に手足の感覚が戻ってきた。


 僕は、ゆっくりと上体を起こす。僕が居る場所には、ぐちゃぐちゃに絡まった根が見える。土の中に埋めないと枯れてしまうだろうか。


 目印……目印……。


 周りを見回すと、無数の小さな玉が転がっていた。池の中にもたくさん落ちている。


 根は、池の底に沈めておく方がいいかな?


 そうイメージすると、僕を覆っていたぐちゃぐちゃな根は、池へと移動していく。そして、池の底に沈んだ。


 しばらくすると、根からひょろひょろと細い茎が伸びてくる。水面に到達すると、小さな銀色のつぼみを付けた。目印が勝手にできたな。



 僕が立ち上がると、周りにいた人達がどよめいた。


 神官様やゼクトさん、それにマルクもいる。他にもよく知る顔が集まっていた。


 だけど、彼らの視線の多くは、僕の足元に向いていた。



「ヴァン! わかる? 私がわかる?」


「はい、フラン様。すみません、僕、寝てましたよね」


「もう10日ほど眠っていたわ。よかった……」


 泣きべそをかいた彼女は、僕に飛びついてきた。



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