452、自由の町デネブ 〜ラフレア
ジョブボードを確認して、僕は一瞬、思考停止した。なんだこれ?
あれこれ使っていたスキルのレベルアップは、まぁそれなりな感じだ。
薬草ハンターが超級になっていたことは嬉しい。極級ハンターに一歩近づいた達成感がある。
だが、それよりも今は、謎の現象に首をひねるしかなかった。
精霊師が、超級レベル10になっていて、そして……なんだ、これ? 超級のままなのに、技能が増えている。
ラフレア? ラフレアの加護じゃなくて、ラフレア? そもそもラフレアは精霊ではない。精霊系の植物だ。
僕は、説明を表示してみる。
●ラフレア……ラフレアになる。
うん? なんですと? うん??
化けるならスキル『道化師』だよな? なぜ、『精霊師』の技能になってるんだ?
ラフレアの森では、あのとき、不思議な半透明な衣をまとっていた。ラフレアの考えが伝わってくるような、同居しているかのような不思議な体験だった。
あの体験から、この技能が追加されたのだろうか? だけど、ラフレアと話したわけではない。何かを与えるとも言われてないよな。
「ヴァンさん、どうしました?」
冒険者ギルド所長であり僕の担当者であるボレロさんが、心配そうに声をかけてきた。僕が、ジョブボードを見て固まっていたからか。
「ボレロさん、スキルについて詳しいですか?」
僕は、今すぐにでもゼクトさんに尋ねたい! だけど、朝まで仕事をしていた彼は、今頃は寝ているだろう。
「えーっと、ある程度ならわかりますが……使ったことのない技能の相談ですよね?」
冒険者ギルドの所長に失礼な質問だったか。
「はい、精霊師の技能なんですが、級は上がってないのに技能が増えていて……」
僕が精霊師と言ったからか、ボレロさんはゴクリと喉を鳴らした。
「昇級していなくて増える技能は、レア技能です。精霊師というスキルだけでもレアですが、その精霊師のレア技能……」
ボレロさんは、僕の腕を掴み、場所を移動させた。比較的、人が居ない池のほとりに……。これは、誰にも聞かせたくないということか。
だけど、逆に王宮の魔導士達の視線が集まる。
「ボレロさん、逆に注目されていますよ」
「あー、はい、そのようですね。彼らも警戒してくれているのだと思います」
「えっ? 警戒ですか?」
ボレロさんの言葉の意味が理解できない。
「はい、レア技能は、口に出すだけで発動してしまうものもあります。得たばかりの技能は制御できず、話をしていただけで発動するという事故が少なくないのです」
「ええっ……」
「王宮では、精霊師がよく事故を起こします。だから神殿教会は、ノレア神父の結界を張り巡らせた特殊な造りになっているようです」
話をするだけで発動? 僕は、ジョブボードを閉じた。おそらくその事故は、発した言葉にジョブボードが反応するためだ。
「ジョブボードを閉じました」
僕がそう言うと、ボレロさんは頷いた。そして、彼は周りに素早く視線を走らせ、再び頷いた。
「ヴァンさん、どういう技能ですか? これまでに聞いた精霊師の技能は、化身系が多いです。事故が多いのは、火の化身と雷の化身ですね」
化身? 初耳だ。
「それって、スキル『道化師』の変化みたいなものですか?」
「少し違うと思います。変化は、実在する何かに化けることですが、化身は実在しないものが新たに生まれるような印象です。だから、口に出すと何が起こるかわからないのです」
「へ、へぇ」
「それに、同じ名前の技能でも、その人が持つ力により発現の仕方が異なります。ヴァンさんは、何の化身でしょう? もしくは、陣ですか?」
陣? 魔法陣とかの陣かな?
「いえ、技能の名前に、化身とか陣は付いてません」
僕がそう言うと、ボレロさんがホッとした。聞き耳をたてていた王宮の魔導士達が、ガッカリしたのが伝わってくる。
化身系のレア技能なら、この状況を打開できると期待されたのかもしれない。
大量の悪霊を浄化できるのは、聖魔法か光の精霊だ。ただ消し去るなら、闇魔法か闇の精霊。
僕としては、異界の住人と共存するには浄化ではなく、異界へ追い返す方法を選択したい。
だけど、王都では浄化を使っているようだ。精霊ブリリアント様も、いま、王都に召喚されている。
「ヴァンさん、それなら大丈夫ですね。あとは加護系だと思います。何の加護ですか?」
ボレロさんにそう尋ねられ、僕は少し困惑した。加護なのかがわからない。
「ボレロさん、加護とも書いてません。説明にも加護だとは書かれていなくて……」
「何て書いてあります? 複雑な表現になっていることもあるんです」
いや、シンプルなんだけどな。
ボレロさんは、興味津々な表情だ。王宮の魔導士達は、もう僕の話には興味を失ったらしい。
「精霊師の技能には……ラフレアって」
僕がそう言うと、ボレロさんは首を傾げた。
「ラフレア? ラフレアハンターですか? いや、精霊師にそれはないか。説明には何と?」
「技能名は、ラフレアです。説明には、ラフレアになるって書いてありま……えっ」
僕は、足の裏に違和感を感じた。
「ヴァンさん、そんな技能は聞いたことないですよ。もうっ、寝ぼけてません?」
僕は、立っていられなくなって、その場に倒れた。
「ちょっ、えっ? ヴァンさん?」
起きあがろうとして、上体を起こすと、僕の身体から無数の細い何かが、地面へと伸びている。
これは、根か!?
「ヴァンさん、だ、大丈夫ですか?」
ボレロさんには見えていないのか? 僕を起こそうと、彼は落ち着いて手を差し出した。だけど、これは握ってはいけない気がする。
すると、ボレロさんは、僕を抱き起こそうとしたようだが……。
「うへぇ? ヴァンさん、何か発動してます?」
僕の身体からボレロさんの手が生えているように見えた。彼は慌てて、手を引き抜く。
「ボレロさん、僕の見た目は?」
「ええっ? 特に何も変わらないように見えますが、なぜか触れられません。何が起こってるんですか」
ボレロさんと話している間にも、僕の身体から伸びた根のようなものが、地中を広がっていくのがわかる。
ど、どうしよう?
僕は、死んでしまうのか。いや、ラフレアになってしまうのか?
技能を解除しようと意識しても解除できない。マナの流れを遮断すれば解除できるのに、遮断できないんだ。
立ち上がり、歩こうとしても根が重くて歩けない。僕は、その場に座り込んだ。身体全体から根が出ているような気がする。
「ボレロさん、すぐにゼクトさんを……」
「は、はい。ヴァンさんの体調が悪いのですね。えっと、ちょっと待っててください」
ボレロさんは、王宮の魔導士に僕のことを頼んだようだ。そして、小走りで、僕の元を離れていく。
ゼクトさんとの念話の魔道具も、僕の目にはどこにあるかが見えない。手足は、完全に根に覆われている。
他の人の目には、この根が見えないらしい。見えていたら、大騒ぎだろうな。
もう、手も動かせなくなってきた。
僕の心臓の鼓動が速い。教会に来るお年寄りが言っていた動悸という状態か。このドクドクは、確かに死ぬんじゃないかと不安になる。
あぁ、もう診てあげられないか。
神官様……悲しませることになってしまった。大切にするって約束したのに。
頭がボーッとしてきた。
これまでのいろいろな思い出が駆け巡る。
リースリング村、最近全然行ってないな。爺ちゃん婆ちゃん、ごめん。
父さんともケンカ別れしたままだっけ。母さんもミクも、あれから会ってない。そのうち神官様に会ってもらおうと思っていたのに……。
あぁ、フラン様……ごめんなさい。
ゼクトさん、ボックス山脈の調査、一緒に行けなくてごめんなさい。
マルク、もう一緒にバカ話できない。ごめん。
北の大陸のことも、ゲナードのことも、僕はもう何もできない。
レモネ家のワイン講習会は、代わりの人がすぐ見つかればいいな。ファシルド家の薬師は、僕が居なくても大丈夫だよね。
さっきまでいた建物に視線を移す。
フロリスちゃん、待たせたまま戻れなくてごめん。国王様、計画半ばで、申し訳ありません。
竜神様に託された子供達……ごめん。もう一緒に遊べない。
そして、僕の従属たち……今までありがとう。君たちがいなかったら、僕はとっくに死んでいたよ。本当にありがとう。
フラン様……本当にごめんなさい。
あぁ、もっと、いろいろと思い出すべきことがあるはずなのに……なんだか、眠いな。
『……ン……ヴァン……』
僕を呼ぶ声? でも、僕はもう……返事ができない……よ。
みんな、ごめん。
ごめんな……さい。




