449、自由の町デネブ 〜やっと話ができる
会場内は、クリスティさんの言葉で、シーンと静まり返っている。冒険者の貴族達は、彼女の言葉をガッツリ受け止めたようだ。
影の世界と共存できなければ、この世界が滅ぼされる。
彼女が言ったストレートな言葉は、僕にもグザリと突き刺さった。初めて聞いた人達は信じたくなくても、おそらくクリスティさんの術で、否定ができない思考になっているんだ。
王都の暗殺貴族レーモンド家は、主に堕落した貴族を排除するために存在する。レーモンド家の当主であるクリスティさんが同じ空間にいるだけで、貴族達は落ち着かないらしい。
彼女の言葉には、普通の世間話でさえ、逃れられない強制力があるみたいだ。
「うふふっ、ヴァン、みんな静かになったよ〜」
クリスティさん……貴女がこんな空気にしたんですよ。
僕がそう考えただけで、彼女はペロッと舌を出した。はぁ、やはり常に僕の考えを覗いているんだな。
僕は気を取り直し、会場内を見回す。うん、完全にみんなビビってる。絶望感が漂っているという方が適切か。
「皆さん、神矢は神からのギフトです。スキル『道化師』の超級になれば、皆さんも異界の住人の姿に化けられます。この世界に馴染めない人も、異界なら違う生活ができます」
僕が話し始めると、何人かが顔をあげた。
「冒険者をしている皆さんなら、異界の方が居心地が良いと感じる人もいるかもしれません。影の世界には、色がありません。正確にいえば光がありません。文化レベルは低いようです。その反面、皆、戦闘力は高い。単純に、力で優劣がつくようです。生まれた家柄なんて、関係無さそうです」
さらに何人かが顔をあげた。
「この世界の住人は、完全に影の世界に移住することはできません。身体の構造が違いますから。影の世界の住人は、基本的にすべて巨大です。死後の世界だと考えている人が多いようですが、それは誤解です。影の世界には悪霊がたくさんいます。影の世界の住人は、そんな悪霊達を、新たな何かに生まれ変わる前の卵だと考えているようです」
そう話すと、何人もの顔が恐怖に染まった。僕が言いたいことが正確に伝わっている。
この世界で恐れ排除しようとする悪霊は、影の世界では、力なき存在だと考えられている。それほど、この世界の住人と異界の住人には、力の差があるんだ。
「もちろん影の世界には、力の強い悪霊もいます。ですが、そんな悪霊も影の世界ではおとなしい。暴れると消滅させられることがわかっているからです。だから、堕ちた神獣ゲナードは、まだ消滅していません。悪霊として、この世界に戻る機会を狙っている」
皆がざわざわと騒がしくなった。ゲナードはとっくに消滅したという声が聞こえてくる。
「僕はラフレアの森で、斑のある赤い花と遭遇しました。その一部には、茶色い斑があった。それは、花が死に、異界からの干渉を受けたときに出る色だそうです。その茶色の斑のある花の一つが、ゲナードの顔をしていました。僕を見て、勝ち誇ったように笑っていた。ゲナードはあちこちに分身を作って、消滅をまぬがれているようです」
会場内は、シーンと静まり返った。
「ヴァン、ラフレアが狂ったのは、ゲナードのせいなのか? 異常繁殖で、この世界をラフレアが飲み込むのを待っているのか?」
Sランク冒険者の貴族が口を開いた。その表情は、さっきまでとは別物だ。彼には悪霊が見えるようだ。青い小瓶を用意したのは、この人だろうか。
だが、人間に取り憑く弱い悪霊なんかに構っている場合じゃないと、気づいたらしい。
「いえ、ラフレアのつぼみが大量発生しているのは、浅い地下水脈の汚れが原因です。深い地下水脈に、北の大陸から悪霊が出入りしていますが、それを浅い水脈に誘導したのは、貴族です。ラフレアは、浅い地下水脈の汚れを養分として吸収し、浄化しています。養分が多すぎるから、大量のつぼみが発生しているのです」
ラフレアハンターのスキルを持つ人達は、わかっていたようだ。僕が言葉にしたことで、顔をしかめた人もいる。
「じゃあ、なぜラフレアが狂う? つぼみが大量発生しても、開花しないで何十年も経過することだってある。それなのに、次々と毎日のように開花して、そして人間を喰っているだろ」
この人は、ラフレアハンターじゃないのかな。ラフレアハンターっぽい人達は、首を横に振っている。
「僕は、ラフレアハンターではないので、精霊師の立場で話します。王都の奥のラフレアの森の赤い花は、開花しても狂わない花もあります。そして、ボックス山脈の方には、もっと多くの花があるようですが、狂ってないみたいです」
「は? ボックス山脈のラフレアの森? そんなのはないぞ」
やはり、この人はラフレアハンターではない。
すると、別のSランク冒険者が口を開く。
「ボックス山脈の方が、ラフレアの森は何倍も広い。危なくて調査にさえ行けないのに、なぜ狂っていないと断言できるんだ?」
この人は、かなり正義感が強そうだ。
「ラフレアがそう言ってました。茶色の斑のある花を狩るために、ラフレアが力を貸してくれたんですよ」
「は? ちょ、何を……精霊師はラフレアと話せるのか」
「開花した赤い花とは話せます。つぼみは何を言ってるかわからないけど、僕の言葉は理解します。力を貸してくれたのは、ラフレアの花ではなく、ラフレアです。影の世界の干渉で殺されて操られていた花を、一掃しました」
僕がそう答えると、彼はポカンと口を開けている。
「ね? 私よりヴァンの方がずーっと恐いでしょ? 斑のある花なんて、私でも狩るのは大変だもん。ゲナードに操られてる花なんて、まず無理ね」
クリスティさんは、楽しそうなんだよな。彼女の言葉で、Sランク冒険者達も、青ざめている。これが狙いなんだろう。
「皆さん、僕にも、ラフレアの赤い花が狂う理由はわかりません。ラフレアの赤い花も、わからないと言っていました。影の世界からの影響もあるでしょう。神獣テンウッドの力かもしれません」
ラフレアの話をしてから、貴族達の反応が大きく変わった。僕をバケモノを見るような目をしている人もいるけど、大半は、すがるような視線だ。
今なら、話を聞き入れてくれるか。
「僕は、この世界が滅ぶのを見たくありません。そのためには、神獣テンウッドの怒りを鎮めなければならない。既に、この世界に住む異界の住人もいます。互いに認め合い共存できるようになれば、きっと、神獣テンウッドの怒りも鎮まるはずです」
ノレア神父が北の大陸の封鎖を失敗したことは、伏せておいた。そのせいで国王様が命を狙われている。だけど、これは話すべきではない。
「ヴァン、じゃあ、この町で異界の住人を受け入れるのね?」
はい? クリスティさんがとっぴなことを言った。
「クリスティさん、突然、何ですか」
「うん? だって、ヴァンが住む町なら安心じゃない。確か、誰かが、悪霊の出入り口になってる北の大陸に、異界との検問所をつくるとか言ってたけど、そんなの甘いよ。氷の神獣にぶち壊されるよ」
クリスティさんは、そう言いつつ国王様に視線を移した。国王様は、苦笑いだ。彼の提案だったっけ。
「クリスティさん、でも、この町には、そこまでの空き地はないですよ?」
僕がそう反論すると、貴族達もホッとした顔で頷いている。
「うーん、じゃあ、漁師町にする? あそこって、まだほとんど復興してないよね?」
漁業で儲けている貴族達は、顔面蒼白になっている。だが、大半の貴族は頷いてるんだよな。
これがクリスティさんの狙いか。
「クリスティさん、だけど、そんなことは勝手に決められませんよ?」
僕がそう言うと、クリスティさんはニヤッと笑った。
「じゃあ、国王様なら決められるのかな〜?」
彼女の視線の先にいる国王様は、ふーっと大きなため息をついた。そして、僕達の方へと近寄ってくる。
フロリスちゃんもキョトンとしながら、国王様の後ろを付いて歩く。離れるのが怖いのかな。
慌てて、新人のギルマスも駆け寄ってきた。その表情は、これまで見たことのないほど焦っている。
「クリスティ、私は、この町に逃げてきた可哀想なガキだぞ?」
「ふふっ、ヴァンのとこに隠れて遊んでるだけでしょ」
二人の会話から、貴族達は、国王様に気付き始めた。青い小瓶を使った人達は、かわいそうなくらい怯えている。
「あの、フリックさんは……」
ギルマスが僕に震える小声で尋ねた。
「私は、ドゥ教会の見習い神官だ」
国王様はニヤッと笑みを浮かべた。




