448、自由の町デネブ 〜ヴァン、説得しようと頑張る
僕が撒いた鎮静作用のある薬が効いてくると、騒いでいた貴族達は、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
すると、クリスティさんがまた何かの術を使ったようだ。貴族達が僕を見る目が変わった。その表情には怯えの色が見える。
「クリスティさん、それは要りません」
僕がそう言うと、彼女はペロッと舌を短く出して、パチンと指を鳴らした。貴族達の表情が元に戻る。
「やぁね〜。ヴァンってば、ほんとこわ〜い」
クリスティさんがそう言ったことで、貴族達の表情には再び怯えの色が……。はぁ、これも彼女の計算通りか。術ではなく、本当に怯えさせる気だ。
そっか、相手は貴族だ。綺麗ごとは通用しない。
ここに集まる貴族達は、有力貴族ではない。もしくは後継ぎになれない人達か。だから、彼らは冒険者をしている。
だが、その本質は変わらない。力なき理想論には耳を傾けない。また、自分の利益にならないことにも無関心だ。そして、すべての人間が自分達と同じ価値観を持つと信じている。
だから綺麗ごとは通用しない。彼らは、裏にどんな罠が仕掛けられているのかと、ありもしない妄想に支配されるんだ。
クリスティさんは、行動で、僕にそれを教えているのか。話し方を変えないと伝わらない。そういうことだな。
僕は、会場内を見回した。そして、スゥハァと深呼吸。彼らに通じるように話さなければいけない。
クリスティさんが楽しそうにニヤニヤしている。うん、この方向で合ってるようだ。
身分を隠している国王様も、ニヤニヤしているんだよな。フロリスちゃんは、眠そうだ。ふふっ、お腹がいっぱいになったからかな。
新人のギルマスは、僕の依頼通り、国王様とフロリスちゃんの近くにいる。やはり彼にはまだ、高ランク冒険者は手に負えないようだ。この状況にオロオロしているように見える。
それだけオールスさんが偉大なギルドマスターだったってことだよな。彼の後継は、誰であっても、簡単には務まらないだろう。
クリスティさんが、僕の方を向いたことで、他の人達からの視線も集まる。そろそろ大丈夫かな。
僕は室内を見回し、そして口を開く。
「初めましての方もいらっしゃるので、自己紹介から始めます。僕は、ヴァン・ドゥと申します。ドゥ家当主フラン・ドゥ・アウスレーゼの伴侶です」
僕は、軽く頭を下げる。すると何人かは慌てて頭を下げてくれた。
だが、もう、つまらなさそうな表情の貴族が多い。話を聞かせるには、僕に関心を持ってもらう必要があるようだ。じゃなきゃ、ワインの話も、影の世界との共存の話もできない。
「この町デネブの約4分の1は、僕の所有地です。堕ちた神獣ゲナードを討伐した報酬として、前国王様から与えられました。カベルネ村側の出入り口からこの近くの池までの平地側、すなわち、精霊の森と畑が、僕の所有地です」
あっ、目つきが変わったな。
「だから、この町デネブは、僕の従属が治安維持をしています。この町に結界を張っている堕天使も、常に見回りをしている泥ネズミ達も、また、北の海を警戒してくれている海竜も、僕の従属です」
ざわざわと大騒ぎになった。僕の話を信用していない声も多い。でもクリスティさんが咳払いすると、一瞬で静かになる。
「僕は、青ノレアに所属しています。冒険者ランクは、まだSランクですが、精霊師として青ノレアに加入しました。そして僕のジョブは『ソムリエ』です。精霊師は、精霊や妖精とは互いに助け合う関係にある。そしてソムリエは、ぶどうの妖精を守る役目がある。僕の言いたいことは、おわかりでしょうか」
僕は、あえて嫌な言い方をした。貴族がよくこんな話し方をするのを、派遣執事として見てきたからだ。
この中には、僕より冒険者ランクが高い人はいない。それだけでも、僕の話を聞かせる理由になる。だけど、それでは足りない。聞き流されては意味がないんだ。
「僕は、神官のスキルを持っています。家名を名乗って話すときには、嘘はつきません。僕の話が信用できないという声が多く聞こえました。どうすれば、嘘ではないと信じていただけるのでしょう?」
そう問いかけると、ハッとした表情の人もいれば、鼻で笑う人もいる。まぁ、そうだろうな。貴族だもんな。
「ヴァン、話し方が甘いのよ〜。氷の神獣テンウッドが、影の世界の住人に味方しているって話すんでしょ? このままだと、この世界は異界に滅ぼされるっていう話でしょ? バカな貴族達や神官三家が氷の神獣を怒らせた。ラフレアの森がおかしくなったのも、貴方達の責任だよ」
クリスティさんが、あまりにもストレートにぶっちゃけた。その効果は絶大だ。おそらく彼女は、言葉に何かの術を乗せたんだ。
恐怖で震える人、血の気が引いてしまった人、頭を抱える人……反応はバラバラだな。
「クリスティさん、ぶっちゃけすぎですよ。ですが皆さん、異界と戦争になると、確実に負けます。異界の魔物は強い。そして異界の住人は、その気になれば、この世界と異界を自由に行き来できる。それだけでも不利なのに、氷の神獣テンウッドが、この世界を滅ぼすべきだと判断した。ノレア神父が、ひた隠しにしている事実です」
僕の方が、キツイことを言ったか。膝から崩れ落ちる人もいる。クリスティさんの術の影響もあるだろうけど。
「スキルを使って両方の世界を見たときに、僕は気付きました。この世界の住人も、影の世界の住人も、互いに疑心暗鬼になっています」
僕の言葉の意図がわからないのか、首を傾げる人がいる。この世界の住人からすれば、異界は悪霊が棲む世界だもんな。
「二つの世界は行き来できる。そもそも、この世界と異界を完全に分けることは不可能です。それなら、ある程度自由に行き来できるようにすればいい。僕はそう考えました。おそらく神も、それを想定して神矢を創られたようです」
冒険者達は神矢という言葉に反応したが、やはり首を傾げている。
「北の大陸に降った神矢は、スキル『道化師』の神矢です。すなわち、それこそが、共存のためのスキルなんですよ。互いに行き来するようになれば、他方を滅ぼそうという考えは無くなるはずです。暮らせる世界が倍になるんですから」
皆の反応はバラバラだな。やはり理解できていない人が多い。影の世界の住人は、悪だと決めつけているためだ。
「ヴァン、みんな、わかってないよ〜。道化師の技能を見せたら?」
クリスティさんが、のんびりとした声で、そんなことを言った。それもそうだな。
「何を使えばいいですか」
「ふふっ、そうねぇ。あっ、アレがいい! 裏ギルドに行ったときに化けた、アレ。かわいいじゃない」
うん? あー、あの頃は質量制限があったから、小さなビードロになったんだっけ。
僕は、スキル『道化師』の変化を使う。小さな子供のビードロをイメージした。
ボンッと音が鳴り、僕の視点は少し低くなった。
「うぉぉ〜っ! ビードロだ!」
さすが冒険者だな。よく知っている。
「きゃぁ、ヴァン、それよ、それ! もふもふで可愛い〜」
クリスティさんは、パッと抱きついてくる。僕は、ぴょんと跳んで、彼女の拘束をすり抜ける。そして、変化を解除した。
「皆さん、これは、スキル『道化師』超級の技能です。何に化けるかによって魔力消費が大きく変わります。僕は、魔獣にしか変われませんが、魔獣が使うと人間に化けることができます。悪霊も人間に化けられます。人間を喰って姿を奪わなくても、スキルで姿を変えられるのです」
ざわざわと騒がしくなった。
僕がこんな話をする意図が伝わっていない。僕のような精霊師が何を言っても、王宮に無視されるから意味がないという。
あ、でも、一部の人は理解しているか。
この世界で暮らしたい悪霊が、『道化師』の神矢を得たら人間が殺されることもないと、肯定的な意見が聞こえる。
チラッと、国王様に視線を移す。すると、彼は軽く頷いた。素性を明かして説得してくれるのか?
「神矢を降らせることを神に進言したのは、若き国王様だよ。氷の神獣テンウッドは、国王様を殺そうと狙っているみたい。ヴァンも、ロックオンされてるんだっけ?」
クリスティさんがそう話すと、会場内は一気に騒がしくなった。
「僕は北の大陸を見に行ったから、追い払われただけです。だけど、悪霊となったゲナードを使って……いろいろとやってますね」
「ふぅん、じゃ、やっぱ、共存できなきゃ滅ぼされちゃうね」
クリスティさんの言葉は、僕の胸にもグサリと突き刺さった。




