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447、自由の町デネブ 〜ヴァン、ムカつく

 青い小瓶の薬の効果を反転させて、白ワインのボトルに注いだことで、ボトル内の毒物は消えたはずだ。


 しかしボトルに触れても、ワインの精……すなわちワインを構成するぶどうの妖精の声は聞こえない。殺されたモノは生き返らないか。


 ワインの精は、それ自体が妖精ではない。ぶどうの妖精の声を、僕達に届けているだけだ。


 だが、このワインの精が失われると、ワインの味にも影響する。また、急速に劣化が起こるんだ。それはガメイ村で、実際に体験済みだ。




「ヴァン、何をしてるの?」


 クリスティさんが、僕の手元を見て首を傾げた。僕がボトルを握ったまま、固まっているからか。


「毒物は消しました。だけど、一度消えた声は戻らない。この薬は、ぶどうの妖精の声を殺してしまいました」


「ぶどうの妖精の声?」


「はい、僕達『ソムリエ』には、ワインを構成するぶどうの妖精の声を聞くことで、そのワインの状態を知るという技能があります。ワインの精と呼ばれる声です」


「ワインには妖精がいるの?」


「妖精そのものではないですが、ぶどうの妖精がワインに込めた願いでしょうか。これが失われると、味にも影響します。それに急速に劣化するのです。もう、このボトルのワインは完全に死んでしまっています」


 僕の話は、貴族には退屈らしい。いや、理解できないのか。


 いま、神矢の【富】はワインだというのに、彼らには、ワインを知ろうという意識がほとんど無い。それなのに、高級ワインには、とんでもない高値が付いている。


 無知だから、ボトルにこんな薬を入れるのか。彼らの意識を改善しないと、こんな愚行は無くならないな。


 だが、ここでそんなことを言っても無駄だ。それなら……。



「やーん、ヴァンが、ますます機嫌が悪くなってる〜」


 クリスティさんが絶妙なタイミングで、話を振ってくれる。ベーレン家の簡易宿泊所を思い出す。


 彼女は、勘がいいわけじゃなくて、僕の思考を覗いているんだけど。



「おそらく、この薬は、妖精や精霊が与える弱い加護も消してしまうでしょう。さっき毒物の入ったワインが、床を流れました。この薬は揮発性が高い。室内にいる皆さんにも影響があるかもしれませんね」


 僕がそう言うと、ざわっと会場内が騒がしくなった。クリスティさんは、楽しそうにニヤッと笑っている。


「まぁっ、じゃあ、外に漏れないように封鎖しなきゃ!」


 彼女は何かの術を放った。ブワンと結界に覆われたような感覚だ。なるほど、彼女の目的はこれだったんだ。


 この建物を完全結界で覆うことは、外からの侵入を防ぐことになる。フロリスちゃんの件を知っているようだな。



「封鎖って……閉じ込めたのか!」


「俺達は、毒物のせいですべての加護を失ったのか?」


「なんて薬を使ったんだ! 異界の住人をあぶり出す薬じゃないのか!」


 Sランク冒険者達も焦っている。冒険者なら、様々な妖精や精霊の加護を、保有しているはずだからな。


「ヴァン、何とかしてくれよ!」


「青ノレアだろ? 消えた加護の復活も……」


 何か、誤解してないか? 加護の効果を消すと言ったつもりなんだけど。



「うわぁ、本当に、俺の火の妖精の加護が、ジョブボードから消えている!」


 はい? 今の声は国王様? 僕が彼に気づくと、ニヤッと笑った。



 彼の声で不安になったのか、会場内の人達は、自分のジョブボード確認を始めた。


「あぁ、俺は大丈夫だ。弱い加護を消すと言ったよな?」


「俺のは、加護(小)も無事だ」


「あの男は、毒入りのワインを飲んだから、加護が消えたのかもしれんな」


「げっ、俺の加護が減っている! 長く確認していなかったから、何が減ったかわからんぞ。火の妖精の加護が消えるのか? 俺のジョブボードからも消えている」


 何を言ってるんだ? 長年使っていない技能が消えるのは当たり前のことだ。


 集団心理って怖いな。軽い洗脳状態になっているようだ。



 あー、クリスティさんが何かやったのか。大混乱中の貴族達を面白そうに見ている。


 これで、あの薬は使われなくなるかな。


 そう考えると、クリスティさんが僕の方をチラッと見た。なるほど、彼女が僕の思考を覗いて、国王様と共謀して会場内をこんな風に誘導したのか。


 この隙に、治療しようかな。



 僕は、ワインのボトルとグラスを持って、左側の腹に綻びがある人に近寄っていく。


「あの、大丈夫ですか」


「あ、あぁ。神官様ですか? いや、ジョブ『ソムリエ』でしたか」


 僕のことは知らないらしい。僕も見たことのない人だ。


「ドゥ教会の者です。薬師のスキルもあるので、ちょっと治療しますね」


「えっ? どこも悪いところはないぞ」


 彼は、左側の腹から手を離し、シャキッと立ってみせた。だが、すぐに痛そうに顔を歪める。


「大丈夫ですよ。その症状の患者さんは診たことがあります。とりあえず、これを少し飲んでください。毒物を中和したので、貴方の体内の毒物にも効くと思います」


 グラスに少しだけ白ワインを注いで渡す。一瞬、迷ったようだが、僕の赤いチーフに視線を移すと、覚悟を決めて飲んでくれた。


 神官家というだけで、絶大な信頼だ。彼は、神官家の醜い部分を知らないらしい。


 ボトルを近くのテーブルに置くと、サッと消えた。近くにいたSランク冒険者だ。我先にと取り合いになっている。はぁ、無視しておこう。



「ちょっと、診せてもらいますね」


 僕がそう言うと、彼はシャツをめくり上げた。うわぁ、かなりの範囲が赤黒く変色している。


 薬師の目を使って診ていくと、彼に取り憑いている悪霊は、錯乱状態になっていたようだ。体内のあちこちに暴れ回った後が残っている。


 だが、効果を反転させたワインで、動きは落ち着いたようだな。この薬は、精霊や妖精を弱らせるのではなく、過剰に刺激するものか。


 悪霊は暴れ回って、チカラをかなり失ったようだ。これは、人間にも大きなダメージになる。悪霊が取り憑いた人間を殺す薬だろうか。


 彼の体内にいる悪霊は弱いから、この程度で済んでいる。しかし、悪意のあるそれなりに強い悪霊なら……この薬によって、人間の生命エネルギーを喰い荒らし、外へ飛び出してしまうだろう。


 なんだか、悪霊を排除する薬というよりは、悪霊に人間の生命エネルギーを喰わせるための薬に思えてくる。


 考えすぎか。



 僕は魔法袋から、ラフレアの森で摘んだ薬草を取り出した。そして、スキル『薬師』の新薬の創造を使う。今回は、塗り薬ではなく飲み薬になった。


「これを飲んでみてください」


「変わった薬草を使ったんですね」


「ええ、ラフレアの森で見つけたものです」


 僕がそう言うと、彼は驚いた表情を浮かべたが、素直に飲んでくれた。そしてさらに驚いたのか、目を見開いた。


「こ、これはなんと……」


 彼の体内の傷は綺麗に治ったようだ。やはり、異界の薬草は、異界の霊に効く。


 教会で会ったカベルネ村のお婆さんとは違い、彼の中にいる悪霊は、まだ十分なエネルギーを持っている。綻びの修復には問題ないだろう。



 念のため、お婆さんに使ったのと同じ塗り薬を、彼にも渡しておこうか。僕は手早く薬を作る。


「もし、腹に傷ができたり痛みが出てきたら、これを薄く塗ってください。特殊な薬草を使ったので、直射日光には当てないでくださいね」


「これは……塗り薬なのですか」


「ええ、こんな容器ですが、お菓子ではありませんからね」


 彼に渡すと、深々と頭を下げられた。


「薬代は、いかほど? 貴方は上級薬師でしょうか」


 あー、薬師は、級によって値段が違ったっけ。


「お気持ちだけでいいですよ。ドゥ教会へ寄付をいただければ、助かります」


 僕は、嫌な言い方をした。だが、相手は貴族だ。下手に薬代の額を提示すると、面倒なことになるかもしれない。


「わかりました。明日にでも寄付に寄らせてもらいます」


 僕は、やわらかく微笑んでおいた。神官らしく見えただろうか。




 そして、騒がしい会場内に視線を移す。


 自分だけ助かろうとする醜い争いが続いている。こんな人達がつくる警備隊か。


 はぁ、なんだかムカついてきた。


 僕のイライラに気づいたクリスティさんが、また楽しそうな顔をしている。だが、妙な寸劇はお断りだ。


 そもそも、ジョブボードから加護自体が消えるわけないじゃないか。勝手に消えるとすれば、三年間使わなくて消える以外は、妖精や精霊そのものが消滅したときだ。


 僕が言ったのは、薬の影響で、一時的に加護が使えない可能性が高いということだ。



「皆さんに、お話があります」


 僕は鎮静作用のある薬を調合して、会場内に撒いた。



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