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446、自由の町デネブ 〜新人ギルマスと不穏な空気

 何かが割れる音に、会場にいた人達の視線は、奥の人だかりに向いた。ここに来たときから、なんだかピリピリとした嫌な雰囲気だったんだよな。


 僕達の近くに居るギルマスは、迷っているようだ。オールスさんなら、いち早く駆け寄るはずだ。やはり新人ギルマスだなと思ってしまう。


 こんな風に冒険者が元ギルマスと比較するから、彼はいつまでも信頼されない。だから余計に彼は自信をなくす。


 仕方ない。彼が動かないことを正当化してあげようか。




「ギルマス、この二人の監視をお願いしてもいいですか?」


 おてんこ盛りの料理をパクパクと食べるフロリスちゃんと、そんな少女をからかう国王様の方に視線を移した。


「ヴァンさん? 監視というのは」


「二人がこれ以上、暴食しないようにですよ」


 僕がそう言うと、国王様は僕の考えに気づいたらしい。一方、フロリスちゃんは、少し気分を害したみたいだな。


「私はそんなに食いしん坊じゃないもん」


「ヴァン、私もだ」


 フロリスちゃんは、国王様が合わせてくれていることに気を良くしたのか、ふんっと鼻息が荒くなっている。ふふっ、かわいいんだけど、お嬢様としては失格ですよ。



「ギルマス、監視をお願いしますね」


「ヴァン、私のお話きいてるー?」


「フロリス様、楽しくなってしまったのはわかりますが、もう少し優雅に召し上がってください」


「むーっ、ヴァンってば、バトラーみたいなことばかり言うのね」


「フロリス、気にするな。立食パーティで気取ってどうする。ヴァン、さっさと行け」


 国王様の言葉遣いに、ギルマスは怪訝な表情だ。一応、注意しておこうか。


「フリックさん、その言葉遣い、さっきもゼクトさんに叱られましたよね?」


 僕がそう言うと、国王様は知らんぷりをしている。ふふっ、ガキんちょですか。


「フリックというのか。キミは、とっくに成人しているのだろう? 貴族の家の使用人なら……」


「私は、貴族の使用人ではない。ドゥ教会の見習い神官だ」


 国王様はギルマスに反論している。楽しそうだな。僕に任せておけと目配せをしてきた。


「キミねー……」


「ギルマス、二人の監視をお願いしますね」


「あ、あぁ」


 フロリスちゃんは、気にせずパクパクと食べている。以前の彼女とは大違いだ。成長したよな。




 僕は、奥へと歩いていく。


 パリンッ!


 今度はグラスが割れたようだな。奥の出来事を隠すかのように、人の壁ができている。


「おや、珍しい人が……しかも、赤チーフですか」


 壁を作ることを指示しているらしき貴族が、僕の前に立ち塞がる。デネブでは滅多に見ない顔だな。確か王都の商人貴族だ。


「こんばんは。ドゥ教会の布教活動の一環で参りました。そこを通していただけますか」


「むむ? ワシとは話ができぬと?」


「いえ、何かが割れたような音が気になりまして。僕は、薬師のスキルがあるので、怪我人がいるのではないかと……」


「それはないでしょう。うっかりグラスでも落としたのでは?」



「だから、やめてくれと言っている!」


 大きな声が聞こえた。僕が奥へと進もうとすると、別の貴族が進路を塞ぐ。壁になっている人達以外も連携しているのか。



 床をツツーッと、液体が流れてきた。ワインの香りがする。


 まさか、ワインに毒でも仕込んだのか?


 薬師の目を使って見てみたが、毒は含まれていないようだ。僕は、床の液体に触れた。だが、おかしい。何も聞こえない。香りは確かにシャルドネの白ワインだ。



 僕が立ち上がり、奥へ進もうとすると、やはり壁ができる。


「退いてください!」


「何ですか。おや、キミは見たことある顔だな。赤チーフ? 神官家の人でしたかな」


 わざとらしい。僕を足止めしていた商人貴族は、すぐ近くにいる。話は聞こえていたはずだ。


「なぜ、僕を通さないのですか。白ワインに何を入れた?」


「ちょっと、何を怖い顔をしているんです? キミはそもそも貴族の生まれでもない。ましてや神官家でもないだろう」


「なぜアンタが優遇されるのかは知りませんがね、偉そうな顔を……ヒッ」


 彼らの視線が僕の後方に向いた。


 カツカツとヒールを響かせて近寄ってくる足音が聞こえた。女性? 僕を足止めしている貴族達の表情が、青ざめていく。



「貴方達、不穏な空気を撒き散らして、何をしているの?」


 振り返ると、セクシーすぎる赤いドレスを身につけたクリスティさんがいた。僕と目が合うと軽く何かの合図をしてきた。だけど彼女の合図って、全くわからないんだよな。


 フロリスちゃん達が視界に入った。国王様がニヤッと笑っている。そうか、国王様が彼女を呼んだのか。


 クリスティさんは、王都の暗殺貴族レーモンド家の当主だ。以前、僕に変装メガネを作ってくれて、ピオンとして一緒に行動したことがある。彼女は神官様とも親しく、ドゥ教会の奥に、レーモンド家の別邸が建てられているんだ。



「いや、別に何も? な、なぁ?」


「ごく普通に親交を深めていますよ」


 彼らは目が泳いでいる。クリスティさんに嘘は通用しない。それもわかっているか、額には汗が吹き出している。



「ヴァンに絡んでいたじゃない? それに、彼が怒鳴るなんて珍しいわ。私、ちょっとビビっちゃったもの」


 はい? クリスティさんは何を……。


 あー、そう言えば彼女は、よくわからない作り話をするんだっけ。話を合わせられないほどの……妄想話だ。


 彼女がそう言ったことで、僕を足止めしていた貴族達の表情が変わった。バケモノを見るような目をしている。



「退いてください!」


「いや、あー、はぁ、まぁ」


 ここまで抵抗するということは、奥にいる貴族に命じられているのか。



 バリン!


「いい加減にしろ! 何なんだ」


 また、グラスが割れる音。そして床を流れる白ワイン。明らかに何かを仕込んだな。



「奥で、何をしているのですか。白ワインに何を入れた? ワインの精の声が聞こえない。毒物を入れたんですね!」


 僕がそう怒鳴ると、ざわっと騒がしくなった。奥の何かを見て見ぬふりをしていた人達も、慌てて手に持っていたグラスをテーブルに置いた。


 どうしようか。スキルを使うのは簡単だ。しかし貴族のパーティで、それは緊急時以外、許されることではない。



「貴方達、退きなさい。知らないわよ〜? ヴァンは、暗殺者ピオンだもの。私よりずっと怖いんだから〜」


 クリスティさんがそう言うと、僕を足止めしていた人達は、じわじわと後退した。


 僕は、彼らの間をすり抜け、奥のテーブルへと進んだ。




 奥には、Sランク冒険者の貴族が数人と、見知らぬ貴族がいた。テーブルには、白ワインのボトルと、青い小瓶が置かれている。


 割れたグラスは、そのたびに黒服が片付けているようだ。今も、割れたグラスを片付け、新しいグラスがテーブルに補充されている。


 なるほど、そういうことか。


 Sランク冒険者は、狩りをしているつもりらしい。あの青い小瓶の中身は、ある種の毒薬だ。最近、異界の住人をあぶり出すという怪しげな薬が出回っていると聞いた。


 それを白ワインに入れたから、ワインの精の声が聞こえなくなったんだ。おそらく妖精や精霊にダメージを与える薬だろう。



「何をしてるんですか!」


「あぁ、ヴァンか。珍しいな。ちょっと排除すべきだと思ってな」


 ターゲットになっている男性は、なるほど、確かに悪霊が取り憑いている。左側の腹を押さえているようだが、本人は気づいていないか。


「何を排除するんです? この時間にここにいるということは、本物ですよ?」


 僕は咄嗟に、ゼクトさんの言葉を借りた。


「は? 何を根拠に」


「北の大陸では、スキルの神矢が降る頃でしょう。異界の住人は、それを拾い集めに行くはずです。異界の住人が喜ぶ神矢ですからね」


 すると、彼らはハッとした表情を浮かべた。だが、腹を押さえている人の綻びが、見えている人もいるだろう。



「ヴァンは、怒ってるよ? 知らないよ〜」


 うん? クリスティさんは、妙な演技を続けている。怒っているということで押し通せと言っているのか。


「なぜ怒る?」


 彼らは、自分達には非がないと思っているようだ。でも、うん、確かに僕は怒っている。



「その青い小瓶の薬を、ワインに入れましたね? なぜ、ワインの精を殺すんですか。僕は、ジョブ『ソムリエ』です。こんな愚行を見逃すわけにはいきませんよ!」


 僕が近寄っていくと、彼らは警戒したようだ。僕というより、すぐ後ろにいるクリスティさんの放つ殺気のせいか。



 僕は、スキル『薬師』の改良と創造を使って、青い小瓶の薬の効果を反転させ、白ワインのボトルにそっと注いだ。



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