444、自由の町デネブ 〜メイド姿の天兎みるるん
「フロリス様、このメイドさんが、みるるんなんですか?」
僕は確認せずにはいられなかった。あの天兎の幼体はオスだと、ブラビィが言っていた。だから、ぷぅちゃんがライバル視して、遠ざけてたんだよな。
「うん、そうだよー。あっ、ヴァンは大人のみるるんを初めて見たんだっけ? みるるん、ヴァンだよ。ご挨拶しなさい」
フロリスちゃんにそう言われて、メイドは僕に軽く頭を下げた。その表情は、なんだかオドオドしているように見える。
この若い獣人のメイドさんとは、面識がある。今フロリスちゃんは、ドゥ家の屋敷に住んでいるから当然のことだけど。
うーん、性別は不明だな。もともと天兎の成体は、獣人の姿だと中性的な顔をしている。メイド服を着て髪を伸ばしているから、女性に見えるよな。
「みるるんは、どんな役割になったんですか? ぷぅちゃんは、天兎のハンターですよね?」
そう、ハンターの姿のときのぷぅちゃんは、ズルいくらいイケメンなんだ。人への攻撃力は獣人程度だけど、相手が神獣だと、戦闘力は半端ない。
天兎は世界のバランスをとるために様々な役割を、神から与えられているんだ。
「みるるんの役割? そんなのは無いと思うよ〜」
フロリスちゃんは、きょとんとして首を傾げている。
そういえば、役割のない天兎の成体もいるんだっけ。神殿守に仕える天兎には、特別な役割はなかったと思う。
チラッとゼクトさんの方を見ると、僕に何か合図するかのように軽く頷いた。まだ未成年のフロリスちゃんには、知らせたくないことがあるようだ。
「みるるん、中庭に白いお花があったでしょ? まだ摘んでないのー?」
「フロリス様、人が多くて……」
みるるんは声も中性的だな。少年のようでもあり女性のようでもある。だけど、ずっとオドオドしている。オスだということを、少女に知られたくないからか。
「じゃあ、仕方ないなー。私が摘んでくる」
「お、お供します」
「ヴァン、じゃあねー」
僕に手を振る少女。その後ろにいる獣人は、まだオドオドしている。もしかすると、これが、みるるんなのかもしれない。ぷぅちゃんにライバル視され続けて、気の弱い子に育ったのかもな。
「おい、ちょっと待て」
ゼクトさんが、フロリスちゃんを呼び止めた。いや、天兎のみるるんを呼び止めたのか。
「ゼクトさん、なぁに?」
「フロリス、まだ何も聞こえないか? おまえなら、そろそろ声が聞こえるはずだ」
ゼクトさんは、フロリスちゃんにそう言いつつ、みるるんに何か合図をしている。
僕には、何の話かわからない。
「聞こえないかって、何かしら?」
「フロリス、天兎が仕える者は、天の導きのジョブを持つ者だと、以前教えたよな?」
「ええ。母がアウスレーゼ家に生まれたから、私は神官家に現れるジョブを授かる可能性が高いのでしょう?」
「あぁ、そうだ。だから、そろそろ声が聞こえる頃だ。もう10歳になっただろ?」
ゼクトさんの言葉に、フロリスちゃんは、ぷくっと頬を膨らませた。
「私は、11歳よ。確かに背は低いかもしれないけど、あと2年も経たないうちに、成人になるんだからっ」
「ククッ、それは失礼。だが、それならもう少し上品な振る舞いを覚えたらどうだ? まだまだ完全にガキんちょだぜ」
「まぁっ、ひどぉ〜い。ヴァンは、大人っぽくなったって言ってたもん。ねー? だよねー?」
ちょ、こっちに話を振られても……。
フロリスちゃんの視線が逸れたことで、ゼクトさんは、みるるんと何か合図を送り合ってるみたいだな。
僕が、引き受けるか。コホンと咳払いをして、僕は、派遣執事のときのようなスイッチを入れた。
「フロリス様、確かに見た目は、かなり大人っぽく美しくなられましたよ」
「でしょう? うん? 見た目だけ?」
フロリスちゃんは、ゼクトさんに得意げな表情を向けた後、首を傾げた。いい機会だ、話しておこうか。
「はい、ですがフロリス様は、有力貴族であるファシルド家のお嬢様です。もう縁談の話も多数あると聞きます。内面的にも、大人へと成長していただかないと困りますよ」
「ええ〜っ? どうしてヴァンが、バトラーみたいなことを言うのよぉ。古い黒服みんながうるさいから、ここに逃げてきたのに〜」
フロリスちゃんは、手をバタバタさせて猛抗議だ。ふふっ、かわいいんだけど……やはり、有力貴族のお嬢様としての自覚が欠如している。
神官様は、フロリスちゃんの幼児期の過酷な経験が、彼女の幼さの原因になっていると、心配している。
フロリスちゃんは、精神年齢が5歳くらいで止まっていると、神官様は言っていた。僕は、さすがにそこまでじゃないとは思う。
だけど……年相応とは言いがたい。歪な幼さがある。
それと、身体が小さいのは、少女自身が大人になることを無意識に拒んでいるためだと、王都の呪術士が言っていたそうだ。
神官様が屋敷に彼女を住まわせている最大の理由は、これなんだ。このままだとフロリスちゃんが、幼児の精神年齢のまま身体だけが大人になると、神官様は心配している。
「フロリス様、貴族が集まる会が、このデネブでも定期的に行われています。一度、出席してみてはいかがですか」
「ええ〜、そんなのヤダだぁ。毒殺されるじゃない」
さらりと少女の口から出てきた言葉に、僕は、胸が痛くなった。フロリスちゃんは、貴族は自分を殺そうとする存在だと感じているのだ。
だから、レモネ家の学校に通っていても、全く友達ができないんだな。
「それなら……うーむ……」
ダメだ。僕には、そんな場所へ行って、社交性を身につけろとは言えない。
「フロリス、おまえは既に、身を守るための魔法をそれなりに習得してるんじゃねーのか?」
ゼクトさん、ナイス!
だけど、フロリスちゃんは不安げに首を横に振っている。魔導学校は卒業したし、ゼクトさんの言うように彼女には魔法の素質がある。
でも、そういえば、とっさのときには使えないんだったか。彼女は、ビビって何もできなくなるんだ。まだジョブの印が現れていないから、ジョブボードを使うという選択肢もない。難しいか。
「それなら、ヴァンを連れていけばいいんじゃねぇか?」
「えっ? ヴァンを?」
はい? 僕を?
「あぁ、ヴァンは、ファシルド家と薬師契約をしてるだろ。連れて行っても不自然じゃねぇよ。ヴァンとしても、ドゥ教会を宣伝する機会になる。神官家として出席すればいい」
いやいや、ちょっと待った。
「そうね。ヴァンが一緒なら、怖くないわ」
はい? いやいやいやそんな。
「じゃあ、決まりだな。今夜、俺が呼ばれているウザい集まりがある。俺は、行かねぇがな」
そこは俺も行くから、って言うんじゃないの?
「ゼクトさん、私が突然行ってもいいの? 何の集まりかしら」
なぜか、フロリスちゃんは乗り気だ。
「冒険者をしている貴族の集まりだ。この町に、貴族達が自主的に警備隊を作るらしいぜ」
「へぇ、冒険者なら、変な人は少ないわね」
フロリスちゃんの言う変な人って何だ?
冒険者をしている貴族は、確かに少しタイプが違う。下級貴族でも冒険者ランクが高い人には、敬意を払う傾向がある。だから、家を継がない貴族の人達は、冒険者として活動していたりするんだよな。
「面白そうだな。私も参加しようか」
ふらりと、国王様が近寄ってきた。ちょ、何を言ってるんだ? ゼクトさんは、ニヤッと笑った。もしかして、これが目的なのか?
「フリック、おまえは貴族でもなければ神官家でもねぇだろ」
確かに、彼は王族だもんな。
「ゼクト、私は、冒険者ギルドに登録したのだ! それに、ドゥ教会の見習い神官だからな」
そう言うと国王様は、ギルドカードを見せた。まだ、登録したばかりのようだ。精霊使いで登録してある。
「フリック、おまえが貴族の中に入っていくと、素性がバレるぞ?」
ちょ、ゼクトさん。
「私は、デネブに逃げてきた可哀想な少年だぞ?」
国王様がそう反論すると、ゼクトさんはニヤッと笑った。
「ねぇ、フリックも行くの? 服、持ってる? 一緒に買いに行ってあげようか?」
彼の素性を知らないフロリスちゃんは、国王様に服を買ってあげようと言っている。
「まじか、フロリス! おまえっていい奴だな。服は無い!」
ええー? 僕と同い年の国王様が、11歳の少女におねだりしてるよ……。
「じゃあ、フリック、ちょっと待っててね〜」
フロリスちゃんは、バタバタと奥へと走っていった。
「ヴァン、今夜、北の大陸に神矢が降る。フロリスを大勢の中に隠せ」
ゼクトさんがそう囁いた。




