440、ラフレアの森 〜怒るラフレア
僕はジョブの印に触れ、沸き上がる感覚に身を任せた。焦りも強く感じる。そしてこれは怒りだろうか。身体の中をマナがすごい速度で駆け巡る。
右手の甲のジョブの印は、徐々に熱くなっていく。印に触れているだけなのに、何が起こっているんだ?
突然、僕の身体から、何かが吹き出したような感覚を感じた。だけどゼクトさんさえ、それに気づかない。
僕の身体を半透明な何かが覆っているようだ。人の目には、見えないのか?
するとゲナードに似た顔を持つ花は、僕を警戒して少し離れた。
「ヴァン、何をした? まとうオーラが変色したぞ」
ゼクトさんが僕の顔の前で、手を動かしている。僕に意識があるかを確認しているのだろうか。
彼には、オーラに見えているのか。これはオーラではない。半透明な色とりどりに輝く衣のようなものだ。触れると少しヒヤリとしていて、弾力がある。
ゲナードに似た人面花とは別の花が、急接近してきた。コイツも、まだら模様の花だ。それに……。
「ゼクトさん、危ない! 茶色の斑がある花が……」
僕が言い終える前に、ゼクトさんはバリアを張った。だけど彼は、ラフレアの花より僕の方を見ている。
「ヴァン、それは……」
心配そうな顔をしてくれるゼクトさんに、僕は笑みを作ってみせた。
僕の身体を覆っていたデュラハンのまがまがしいオーラは消えている。それに代わって、不思議な衣をまとっている状態だ。
だけど、デュラハンの加護は消えていない。半透明な衣の中の僕は、鎧騎士の姿のままだ。
「もしゲナードが現れたらこうしろと、お気楽うさぎが言ってたんです。どうなっているか、僕にはイマイチわからないですけど……」
「まさか、全開放か? それでそんなことに……」
ゼクトさんがそう叫ぶと、冒険者達は驚き、これまでとは違うバリアを張ったようだ。
全開放? ブラビィは、そんなことは言ってなかった。
「感情に任せただけです。デュラハンの加護があるときなら、気にしなくても大丈夫だと言ってました」
『おい! 気にしろよ! オレは忙しいんだぞ。ってか……はぁ、やべぇことしてんじゃねーぞ。仕方ない、オレを呼べ』
デュラハンが文句を言ってきた。
「ゼクトさん、ちょっと、口の悪い精霊を呼び出していいですか?」
「あぁ、召喚しろと言ってきたのか」
僕が頷くと、ゼクトさんは苦笑いだ。
『デュラハン、召喚!』
僕の身体に魔法陣が現れ、首無しの鎧騎士が現れた。
デュラハンが出てくると、緑色の壁は、慌てて後退していく。つぼみまでが、トラウマになっているみたいだ。
以前デュラハンは、ラフレアの色とりどりのじゅうたんの上で、鉄球を振り回して無双してたからな。
「ひっ……首無し……」
冒険者達はデュラハンに驚き、顔を引きつらせている。ラフレアハンターなのにな。それほど、デュラハンが悪名高いってことか。
「ヴァン、どうするつもりだ?」
やはりゼクトさんは心配してくれている。なぜだろう?
「おい、おまえ! 援護しろよ。影の世界からの干渉が半端ねーからな。オレとおまえは、ヴァンのサポートだ。こんなヴァンは、何をするかわからねーからな」
デュラハンがゼクトさんに、無茶なことを言っている。
「意識は大丈夫か? 全開放なんか使うほどヴァンには魔力が……あー、そういうことか。ククッ、わかった。援護する。冒険者は邪魔だ。ここでジッとしてろ」
ゼクトさんは、ニヤッと笑みを浮かべた。何に気づいたんだ?
「ヴァン、おまえは好きに動け。お気楽うさぎもサポートを開始したから、何をしても構わねーぞ」
「えっ? わかった」
僕の腰には、いつの間にか、黒い毛玉がアクセサリーのふりをしてぶら下がっている。ゼクトさんは、ブラビィが現れたから、安心したんだな。
僕は、まだら模様の赤い花が先回りした、ラフレアの小さな池へと歩いていく。
地面には、僕達を先導していた赤い花たちの花肉片が、散らばっている。茎を折られたつぼみも転がっている。
僕は思わず、転がっているつぼみに触れた。
人面花は目を見開いたまま死んでいる。僕は、つぼみの顔にそっと触れ、見開いた目を閉じた。
許せない。
この子は、人の顔ほどの大きさしかない。まだ生まれてからの日が浅いんだ。それなのに茶色の斑のある花が……ラフレアの花がつぼみを殺すなんて、ありえない。
許さない。
僕は、怒りがフツフツと沸き上がってきた。
空を埋め尽くす、まだら模様の狂った花。茶色の斑のある花には、生体反応がないと言ってたっけ。
ラフレアの赤い花を狂わせているのは……とっくに消滅しているはずの堕ちた神獣ゲナードか。北の大陸の神獣テンウッドがゲナードを使って、こんなことをしているのか?
ありえない。ラフレアは、誇り高き精霊。それをもてあそぶような行為は、直ちに排除する!
えっ? 僕は何を……。
グンと視点が高くなった。勝手に変化が発動したのか。
周りを見回すと、つぼみが僕を見上げている。ふふっ、かわいい子供達……。
はい? 何だ? この感覚は。
空を埋め尽くしている花は、僕の方を見て慌てている。だが、茶色の斑のある花は……あれ? 真っ黒な花だ。死花と化して、悪霊に操られているのが見える。
許さない!
僕は手を向けた。あっ、手がない。だけど手を向けた感覚はある。何かに化けているためか?
だが僕は、不思議な半透明な衣をまとっているだけだ。手を動かせない感じはないが。
許さない!!
地面に落ちていた花肉片が、僕の手元にまで浮かび上がってきた。あぁ、愛しい子供達をこんな目に……。
うん? 変な感情が沸いてくる。まるで、僕は誰か別人と同居しているかのような……、
僕は手から、何かを放った。
液体? いや、水滴のような何かが、スーッと静かに、空に向かって飛んでいく。雨が逆に降っているかのような錯覚を感じる。
これは薬師の調薬、いや毒薬の調合か? だけど、何かが違う。雨のような水滴はキラキラと輝いている。この光は、精霊師の……。
『ギグ、ヤヤヤ……』
黒く見える花が溶けていく。操っていた悪霊が慌てて逃げようとしている。
逃がさない!
ズッパーーンッ!
僕の身体から、無数の光が飛び散るように広がった。光の矢は、至る所に飛んでいく。
逃げようとしていた悪霊も、光の矢に射抜かれて弾け消えた。
な、何だ? こんな技能なんて……。
戸惑いながらも、僕は進んでいく。歩こうとしても足は動かない。足を見ると……確かにある。足も動かないようだ。この不思議な半透明な衣のせいだろうか。
意識を向けると、行きたい方向へ移動できる。
まだら模様の赤い花は、僕を見てオドオドしている。一度、怒りをあらわにすると、数日は消えないのよね、ふふっ、慌てているわ。
えっ? いま僕は何を?
小さな池に着いた。確かに、たくさんの装備品が落ちている。その中にはいくつか異質なものがあった。あれが、冒険者が捨てたものか。
地面にも嫌な臭いを放つ場所がある。ここで彼らは……。
僕は、その場所に手を向けた。手は動かないんだけど。
そして何かを放つ。消臭剤か? キラキラ光るのは、なぜだ?
しばらくすると、異質なゴミから違和感が消え、気になる臭いも消えた。やはり消臭したのか。
「キミ達がケンカばかりするから、影の世界から干渉されるんだよ。ラフレアとしての誇りはどうしたの? 貴女達は、気高き精霊なのよ!?」
あれ? また、なんだか……。
まだら模様の花は、ジリジリと僕から逃げていく。人面花は、その表情がよくわかる。親に叱られた子供のように、泣きそうな顔をしているんだ。
その場所から、まだら模様の花が居なくなると、僕の視点はスーッと低くなった。
そして、僕をまとう半透明な衣が、パッと消えた。
「ヴァン、大丈夫か? お気楽うさぎも問題ないか?」
ゼクトさんが駆け寄ってきた。とんでもなく心配しているみたいだ。
「ゼクトさん、僕は大丈夫です。ブラビィは……余裕みたいですね」
そう言うと、お尻に蹴りが入った。ふふっ、やっぱり元気じゃないか。
「そうか。よかった。ラフレアに取り込まれたかと焦ったぜ」
「えっ? ラフレア? 僕は、半透明な衣をまとっていただけですよ。なんだか、技能がごちゃ混ぜで勝手に発動したり……あっ、変な感情が流れ込んできましたけど」
僕をあれこれサーチして、やっとゼクトさんは、ホッとした表情を浮かべている。
「さっきのヴァンの姿は、おそらくラフレアだ」
「それ、今も同じことを聞きましたよ?」
「あぁ、ラフレアの花じゃなくて、ラフレアだ。俺は、絵でしか見たことないがな」




