44、ボックス山脈 〜マルクがすべてを打ち明ける
「今も彼を捕まえようと……追われているんですよ」
マルクは、大人を相手にしても、凛としている。すごいな。僕は、ビビって無理すぎるんだけど。
「まさか、神官に追われるような罪を犯したんじゃないだろうね?」
「それなら、そもそも逃げられないだろう。罪人なら、トロッケン家は、大魔導士が相手でも、一瞬で拘束する」
「確かにそうだな」
ソムリエの話から、ガラリと変わって、今度は僕が狙われている話をしている。しかも、マルクは、うまく彼らの言葉を誘導し、何かを引き出そうとしているみたいだ。
このキャンプ場にいるのは、貴族やその関係者ばかりのようだが、噂好きな冒険者に変わりはない。この話が、次々と広がっていった。
すると、興味を持った人が、話の輪に加わろうとやってくる。彼らにとって、神官三家、特にトロッケン家が嫌いだというのは共通の話題のようだ。
それに加えて、ソムリエがいなくて困っているという現状に、ジョブ『ソムリエ』のどこにも仕えていない子供が現れた。その子供が、トロッケン家に狙われているという話は、強烈なインパクトがあるみたいだ。
なんだか、この場、全体が僕の話をしているようで落ち着かない。
さんざん、盛り上がった所で、マルクは口を開いた。
「トロッケン家が彼を狙うのは、ソムリエであるという以上に……」
マルクは、注意を引きつけるように、そこで話を途切れさせた。そして、僕にこっそりと耳打ちをした。めちゃくちゃ注目されている。騒がしかった人達は、どんどん静かになってきた。
「ヴァン、隠し事はやめたんだよな」
「えっ? う、うん。不思議な声に注意されたからね」
「わかった、任せて」
何を? よくわからないけど、僕は頷いた。
「トロッケン家が彼を狙うのは、彼のスキルが貴重なものだからなんです。ぶどうのエリクサーを手にされた人、いますよね? あれを作ったのは、ヴァンなんです」
「上級薬師か!?」
「いや、あんな不思議なエリクサーは、新薬だろう?」
「どこかの老師が作ったのではないのか」
「瀕死のパーティメンバーに使ったら、完全に完治したぞ。あの回復力が、上級か?」
ザワザワとすごい騒ぎになった。
もしかして、マルクがぶどうのエリクサーをギルドに売ったのは、このためなのかな。高く売れたって言ってたけど……値段のことじゃなくて、僕が高く売れたって言ってたんだっけ。
先にエリクサーが有名になる方が、噂好きな冒険者はどんな人物が作ったのか、興味を持つということなんだ。たいした数は売ってないのに、こんなにも、みんなが知っているなんて驚きしかない。
「ヴァン、言える範囲で、スキルのことを話してみて。ここにいるのは、みんな立派な貴族であり、優秀な冒険者の人達だ。きっと、力になってくれるよ」
マルクが、大きな声で、そう言った。僕に言っているというよりは、貴族の人達に言ってるんだな。
すごい騒ぎになっていたけど、マルクの言葉を聞いて、また静かになった。マルクの話術はすごいな。こんなにたくさんの人達を操っているかのようだ。
僕が戸惑っていると、貴族の何人かは、やわらかな優しい表情を浮かべた。早く話せとウズウズしている人もいる。当然だけど、いろいろなタイプの人がいるんだ。
「僕は……」
マルクを見習って、そこでひと呼吸おいた。すると、話を聞こうとする雰囲気が高まった。
「僕は、ジョブの印が現れる前日に、金色の神矢を得ました」
そして、また少し黙ると、シーンと静かになった。
「ジョブの印が現れたとき、金色の神矢によって与えられたスキルが『薬師』だとわかりました。成人の儀式が、とても長い時間かかったんです」
ふと見ると、かなりの人が集まっている。僕は、一気に緊張した。
「ジョブが『ソムリエ』だから、儀式に時間がかかったようですが、それにしては長すぎると、村に潜伏していたトロッケン家の人が気づいたようです」
アリアさんの名は伏せておいたけど、トロッケン家の名を混ぜると、とたんに話への集中力が高まった。
「僕が得た神矢のスキルは、『薬師』超級だったんです。だから、与えられる情報量が多く、儀式に長い時間がかかったみたいです」
そこまで話すと、予想通りだったのか、ほとんどの人が静かに頷いている。
シーンとしている。
どうしよう……何か話の続きを待ってる?
僕は、頭が真っ白になってしまった。マルクをチラッと見ると、親指を立てている。うまく話せたのかな?
「彼や俺までもが、トロッケン家に追われている事情を話します。この話は、他の神官に知られてはいけないことなのです。特にアウスレーゼ家に知られると、戦争の引き金になりかねないと脅されました」
マルクは、そう前置きをして、一連の話を全部語った。
他の人に言うなと脅されていることを再び強調して、言葉を締めくくった。
話を聞いた人達は、怒りに満ちている。
トロッケン家が毒薬を使っている弊害を感じている人が、かなり多いみたいだ。毒を持つ魔物の増加を、冒険者をしている彼らは、実感していたようだ。
「キミ達にトロッケン家が近づかないように、何とかしなければならないな」
「貴族の子をそんな理由で殺そうとしたなんて、トロッケン家は腐っている」
「だが、彼が超級薬師だと知ったから、殺さず捕まえようとしているのだろう。よく話してくれたな」
「しかし、これは大変なミッションだな。トロッケン家から子供ふたりを守るなんて」
だよね。貴族よりも神官家の方が地位は高い。マルクは、貴族だけど、僕の家は農家だし、守ってもらう立場にはないよね。
「彼の家は、ぶどう農家なんですよ。彼だけなら、俺もなんとか守れますけど、彼の村全体を人質に取られる可能性があるんです」
マルクがそう言うと、貴族の人達の目つきが変わった。何? なんだか、今までとは違う雰囲気なんだけど。
「キミの村の名を聞いてもいいか?」
優しい言葉だけど、ギラッとした目を向けられて、僕は戸惑った。マルクを見ると頷いている。いいの? 言ったら、逆に村が不利にならない?
「ヴァン、あの神官は、アリアさんの関係者だと思うよ。トロッケン家は、ヴァンの家を知っているんだ」
そうか、いま、僕達を見失なったけど、きっと、オジサンは村にやってくる。
「村がトロッケン家に潰されるの? 僕が従わなかったら……。でも、そんな、あの人達に利用されるのは嫌だよ。いったん取り込まれたら、僕は……でも……」
「あぁ、あの人なら保身のために、何をやるかわからないな。だから、俺はここに来たんだよ。農家では、神官に対抗できない」
マルクは、力強くそう言った。そうか、もう時間がないんだ。確かにオジサンは、僕達を見つけられなかったら、何をするかわからない。
僕は、マルクの方を見た。うん、いつものマルクだ。きっと村のことも心配してくれている。
「僕の生まれ育った村は、リースリング村です。白ワインの原料となるリースリングという品種のぶどうを栽培しているんです。ご存知でしょうか」
「あぁ、知っているぞ! リースリングで作られたアイスワインは最高だ!」
「それを言うなら、貴腐ワインだろう? あんな贅沢なデザートワインは、他にはない」
わぉ、すごい。さすが貴族だ。
「皆さん、リースリングを知っていただいていて、ありがとうございます。あっ、補足をしますと、貴腐ワインは、リースリング以外の品種でも作られています。他の品種で作られた貴腐ワインにも素晴らしい逸品が……」
あっ、マズイ。僕は、思わず変なことを言ってしまった。シーンとしてる。
「あはは、ヴァン、リースリング村の人に聞かれたら、叱られるんじゃないの?」
「いや、つい……」
ちょっとザワザワしてきた。
「そうか、ソムリエ上級だと、知識量が段違いだ。やはり、ワシの家に欲しい」
「ちょっと待て、今はその話ではないだろう」
「こんなソムリエを、トロッケン家に奪われたら大損害だぞ。私の家の執事を教育してもらいたい」
えーっと……どうしよう。
マルクは、ニヤニヤしている。ちょ、助けてよ。
「では、皆さん。彼の村に、我々の有志で護衛を派遣しませんかな?」
「そうだな、それがいい。私は、小さなワイン醸造所を経営していましてね。リースリングを扱いたいと思っていたところなのだ」
「急がねばならぬ。ワシも、トロッケン家が来る前に商談を。そうだな、今から伺おう」
ええっ!?
「では、転移屋を使って向かいましょう。ご案内します」
マルクが、にっこりと微笑んだ。




