439、ラフレアの森 〜まだら模様の花
大地の揺れが収まると、緑色の壁の細い道が出来ていた。
『ララン、ララ〜』
『ララ〜、ラララン〜』
楽しそうに歌う緑色の人面花が、ずらりと並ぶ。何というか……気味が悪い。だけど、恐れてはいけない。怖がるとラフレアに食われる。
この細い道は、問題の池に繋がっているはずだ。
そして、ラフレアのつぼみが、僕達を守ろうとして壁を作っているんだ。
空には、僕達を先導するように、赤い花の大群が泳いでいる。空が真っ赤に染まっていて、少し薄暗さを感じるほどだ。
「ゼクトさん、皆さん、行きましょう」
「あぁ、ヴァンは病人を待たせているんだったな。まぁ、病人というか……」
ゼクトさんは、適切な言葉が見つからないみたいだ。確かに病人ではない。だけど、死人とも言えないか。
「隣の村のお婆さんです。背中が悪いから、治してあげないといけないので」
僕がそう説明すると、ゼクトさんの後ろを歩く冒険者3人は、必死に頷いている。彼らはラフレアを怖れて、声を出す余裕もないようだ。
あのお婆さんは、背中がたまにおかしくなると言っていたっけ。おそらく、悪霊が入った通り道なのだろう。どうしても、綻びができてしまうようだ。
死人に気づかれずに命を繋ぐために取り憑くのは、弱い悪霊だと、デュラハンが言っていた。だから、通常は短い時間しか、身体を共有できないらしい。
だけど、あのお婆さんは、自分の寿命が尽きたことに気づいていないし、取り憑いた悪霊はその存在を隠して支えている。
そんな様子を見てしまうと、僕としては、やはりできる限りのことをしてあげたくなる。
お婆さんが納得するまで生きて、取り憑いた悪霊が力尽きたときに、二人は同時に天に昇ることになると思う。それには、まだ少し若すぎるんだよな。
「ヴァン、かなりマズイ感じだな」
ゼクトさんに声をかけられて、僕は前方を見た。僕達を先導していた赤い花が止まっている。その先には、見たことのないおかしな花が、空を占拠していた。
「あの色というか、まだら模様の花なんて初めて見ました。狂った花の特徴ですか?」
ゼクトさんはサーチをしているのか、僕に手で合図をした。歩くスピードは、少し遅くなっている。
緑色のつぼみ達の歌が止んだ。人面花だから、その表情はよくわかる。明らかに怯えているようだ。
「あ、あれは、最期形態じゃないか」
背後から、冒険者達の囁き声が聞こえた。最期形態?
「マズイぞ。伝説のハンターが居ても、これはさすがに」
「だが俺達のせいで、彼がここに派遣されたんだろ? 彼が諦めたら俺達は終わりだ。ラフレアの森から出られない」
「確かに……なぜ、あんな場所で、しょんべんしたんだよ。規約違反だぜ。ラフレアは精霊系の植物だから、おまえら二人は、完全に特定されているはずだ」
ケンカか。コソコソと小声で話しているけど、つぼみの歌がないと、まる聞こえだ。
「あっ!! な、なん……」
背後から、ひとりが叫び、他の人に口を押さえられたらしい。何に驚いたんだ? ラフレアハンターには、僕には見えないことが見えているのか。
なんだか緑色の壁が、少し後退したようだ。うん? 僕を見る表情が……眉間にシワが? あー、なるほど。僕の見た目が変わったんだな。
デュラハンさん、加護を強めてくれたんだね。ありがとう。
そう話しかけても、デュラハンからの返事がない。何か、取り込み中か。
「ヴァン、あぁ、それが賢明だな。狂った花も、見た目は変わらない。あのまだら模様は、ラフレアが怒りに狂ったときの姿だ。見たことのない斑があるから調べようとしたが、全くわからねぇな」
ゼクトさんの表情は険しい。
「つぼみ達が、怯えているんです」
「それは、おまえのまがまがしいオーラに怯えてるんだろ」
「いえ、僕の姿が変わる前からです。この姿には、つぼみは嫌そうにしているだけですから」
『ヴァンサマ、アノバショ、デスガ……クルッタハナガ、セントウケイニ……キケンデス』
赤い花の下を通ると、僕を心配そうに見ている。
でも、道を切り開こうとした赤い花が、まだら模様の花に攻撃されているようだ。僕が案内を頼んだせいで、あの赤い花が殺される。
「ひっ! や、やべぇ」
冒険者達が慌ててバリアを張った。
赤い肉片のような花肉片が、ボタボタと降り注ぐ。だけど、デュラハンのオーラに触れると、ジュッと音を立てて消えていく。
おかしいな。デュラハンのオーラに触れたくらいで、こんな音なんかしないよな?
僕が歩いて行くから、つぼみ達が道を作ろうとしている。そして、つぼみが茎を折られている!
うそっ!
僕が驚きで目を見開いていた横で、ゼクトさんも同じ顔をしていた。
「どうなっている? なぜ、つぼみまで狩る?」
ゼクトさんの驚きポイントは、僕とは少し違う。つぼみは、どんな攻撃も効かないんだ。なのに、まだら模様の赤い花が、つぼみをなぎ払うようにして、茎を折っていくんだ。
『ヴァン、異界からの干渉だ』
デュラハンから短い言葉が届いた。だけど、フッと気配は消えた。やはりデュラハンは手が離せないらしい。
ゼクトさんの方を見ると、ゆっくり歩きながら、いろいろな技能を使っているようだ。
異界は、見えないんだよな……いや。
そういえば、僕にはあまり使っていない技能がある。以前に使ったときは、ほとんど見えなかったんだよな。だけど、今は違うか。
僕は、スキル『魔獣使い』の異界サーチを使ってみる。
僕の目に映る色が白黒になった。はぁ、やはり、イマイチだな。まだら模様の花の辺りまでしか見えない。僕が見える範囲には、何も居ない。
『いるだろーが! どこを見てんだよ』
デュラハンの怒鳴り声が聞こえた。どこを見てるって何も……あっ、地下だ。いや、堆積している土砂の量が全く違うのか。
僕は、地面にしゃがみ込む。
見えた!!
この場所の異界には、ラフレアが居ないんだ! あれは、何だろう? 小さな花? うわぁっ!!
「どうした、ヴァン? そんなところに座り込んで」
「ゼクトさん、小さな花なのに、クワッと目が開いて……」
だ、だめだ、上手く話せない。ええっと……。
「あぁ、影の世界のラフレアか。ひとつ目のバケモノだろ? 反対側は、口だぜ?」
『おまえ、何を見てんだ? 獣を見ろよ!』
デュラハンが怒っている。獣?
『テンウッドの下僕がいるだろーが。くそっ、キリがねぇな』
デュラハンの姿を捜した。あっ、居た! デュラハンは、また首を鉄球に変えて、振り回している。対峙しているのは、よく見えないけど、何かの影は見える。
「ゼクトさん、テンウッドの下僕が……」
僕がそう言うと、ゼクトさんは頷いた。
「そんな気はしていたんだ。完全に堕ちた獣だ。波長の合う花を操っているみたいだな。まだら模様の花の中で、茶色の斑がある花は、全く何の反応もない」
「えっ? 反応がないって操られているんですか」
「あぁ、殺されて操られてるようだな。あるはずの生体反応さえ消えている。つぼみを狩る花だ」
デュラハンは、それを抑えようとしているのか。だけど、キリがないって……。
テンウッドって、氷の神獣なんじゃないのか? なぜラフレアを操るんだ? 数を減らそうとしているのかもしれないが……。
だけど、つぼみ達がこんなに怯えているのは、異常事態だ。赤い花も、凍りついたように動かない。いや、動けないのか?
狩るなら、狂った花を狩ればいい。
まるで、僕のことを知るラフレアの花を狩っているかのようだな。
『ヴァンサマ……キケンデス』
そう知らせてくれた赤い花を見上げた瞬間、花肉片に変わった。
「うわっ!」
冒険者達の上に、赤い花肉片が、ドバドバと降り注ぐ。
そして、まだら模様の赤い花が、ヌーっと顔を出した。茶色の斑がある。人面部分は……。
「まさか……ゲナード!?」
堕ちた神獣ゲナードは、多くの人を喰い、多くの姿を持っていた。
僕を見て、ニーッと笑った人面花は、シャルドネ村で会ったゲナードに似ている。
僕は、頭が真っ白になった。
ゲナードが消えていないのが不思議だと言っていたっけ。奴は、いろいろなところに自分の分身をばら撒いているからた。
まさしく、目の前にいるまだら模様の赤い花は、地上に咲くラフレアの花だ。ゲナードは、地上に戻ってきたのか。
「ヴァン、いま、何て言った?」
ゼクトさんが聞き返した。
「堕ちた神獣ゲナードが……地上に復活したみたいです」
僕は、何かがプチッとキレるような感覚、そして焦り、さらに何かが沸き立つような感情に支配された。
「ちょ、おまえ……」
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次回は、3月7日(月)に更新予定です。
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