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438、ラフレアの森 〜つぼみだった赤い花

 いま僕が立っている地面も、赤紫色に染まってきた。


 僕の目には、ラフレアの緑色のつぼみがひとつしか見えていない。だけど、僕以外の人には見えているようだ。


 伝説のハンターであるゼクトさんは当然だけど、やらかした冒険者達もみんなラフレアハンターらしいからな。



 ラフレアは、つぼみの状態でも人間の顔より何倍も大きな顔を持つ人面花だ。僕も初めて見たときには、緑色の花だと思った。


 だけど、人面花の後頭部にあたる緑色の部分が膨らみ、開花していくと、とんでもなく巨大な赤い花になるんだ。


 開花しても、人面部分の大きさはほとんど変わらない。だから、遠目で見ると人面には気づかない。赤い花の中心部の白っぽい部分に人面があるんだ。



「や、やべぇ……」


「こ、これは、完全に囲まれた。こんなに大量のつぼみが集まるなんて……」


「だが、つぼみだ。一切の攻撃は効かないが、取り込まれることもない。慌てるな」


 冒険者達は、互いに励ましているように見える。ゼクトさんが居るから、彼らはまだ落ち着いてるんだろうな。


 それにつぼみは、ただ歌っているだけだ。その声を聞くと状態異常を引き起こすらしいけど、地面が染まっても彼らが平然としている。おそらく耐性があるのだろう。


 じゃなきゃ、ラフレアハンターとは言えないよな。



「おまえらは、何が起こっても攻撃するなよ? ラフレアは、何が引き金で狂うかわからねーぞ」


 ゼクトさんは、冒険者達に念押しをしている。



『ララン、ラララ〜』


『ラララン、ララ、ランララ〜』


 ラフレアの歌声が聞こえてきた。僕の目にも、ゆっくりと近寄ってくる緑色の壁が見えた。


 かなりの数だな。確かにぐるりと取り囲まれている。



「ゼクトさん、どれくらいの数が来てますか? 以前ここで話したときは、デュラハンが確か、37個くらいのつぼみが僕の名前を知っていると言ってたんですが」


 僕がそう言うと、ゼクトさんよりも冒険者達の方が早く反応した。


「ケタが違いますよ、兄さん」


「あんた、精霊師か? 鳥に化けていたように見えたが、レア技能持ちか」


 あっ、僕のことが知られていない。王都の冒険者かな。


 僕は、あいまいな笑顔で頷いておいた。スキル『道化師』の変化へんげだと言っても通じないだろう。



 するとゼクトさんは、フッと少し嫌味な笑顔を浮かべた。なんだか嫌な予感がする。


「ヴァン、数としては、壁を作っているのが、200個くらいだな。こうしている間にも、増えているがな。勢力争いから、おまえを守ろうってことらしいぜ」


「勢力争い?」


「あぁ、ヴァンのファンクラブと、それ以外の勢力争いだ」


 いや、そのファンクラブって……。


「僕があの子達の育ての親だからですよね。ラフレアは、僕じゃなくて、あの子達のことが好きなんですよ」


「ククッ、そういうことにしておかないと、フランがうるさいのか?」



 ゼクトさんが、神官様の名前を出したことで、冒険者のひとりが、ハッとしている。


 この顔は気づいたんだ。彼の表情が恐怖に歪んでいく。



 最近、僕は、王都では妙に悪名が高いらしい。ノレア神父の陰謀だと、国王様が笑っていたっけ。


 国王様を監禁して王宮の神殿教会を脅しているとか、泥ネズミを利用して貴族の裏情報を入手して脅しているとか、悪霊を操って地下水脈の汚れを引き起こしているとか……。


 その他にも、数え切れない噂がある。あー、堕天使を使って世界を支配しようとしているというのもあったっけ。


 だから、僕を暗殺することには正義がある……という理屈らしい。ノレア神父にも困ったものだ。



『ララン、ララン』


『ラララン、ララ〜、キャッキャ』


 声がさらに近くなってきた。というか、緑色の壁がより密集しているようだ。本当に、僕達を守ろうと壁になっているように見える。



「うわっ、だ、だめだ」


「ひっ……くっ」


 冒険者達は、空を見上げて固まっている。空を見上げると、巨大な赤い花が何個か、フラフラと飛んでいるのが見えた。だけど、ここには近寄ってこない。


 偵察をしているかのようだな。


 空を泳ぐ赤い花が、何かに気づいたかのか、突然、パッと離れていく。



「ぎゃー!」


 冒険者のひとりが叫んだ。彼の視線の先には、空を泳ぐように移動する赤い花の大群がいた。


「近寄ってくる!」


「赤い花だ、こ、こ、こんなに」


 気絶寸前の人もいる。だよな、あの色とりどりの悲惨なラフレアのじゅうたんを見たことのない人には、赤い花が複数いるだけでも、背筋が凍るだろう。


「おまえら、うるさい! 騒ぐな。死にたいのか!」


 ゼクトさんに怒鳴られ、冒険者達は震えあがる。僕もビビった。ゼクトさんは、本気で警告しているんだ。



 赤い花の大群が近寄ってくると、緑色のつぼみは、サーッと道を開けた。ということは、味方だな。



 そして、その中のひとつが、スルスルと茎を縮めて、地面に赤い花が降りた。僕のすぐ近くに、人面部分が見える。


 だけど、この顔は知らないな。



『ヴァンサマ、イラッシャイマセ』


 えーっと? いらっしゃいって言われても。


「こんにちは。キミは、初めて見る顔かも。以前、僕が話した花は、もう居ないのかな」


『ヴァンサマ、ワタシハ、ツボミデジタ。ミナ、ツボミデジタ』


 そう言って、人面花は他の赤い花を見る。他の赤い花は、茎を伸ばして空を泳いでいる。


 空の赤い花が一斉にこっちを見たため、冒険者達は凍りついた。ゼクトさんも、油断はしていない。



「そっか、開花したんだね。綺麗な赤い花だ」


『キャッキャ、ハイ、フフッ、ハイ』


 地面にいる赤い花は照れたようだ。空を泳ぐ赤い花もゆらゆらと揺れている。


 ラフレアは、それぞれの花は別の個体だけど、同じ株の上に生えている。だから、互いに瞬時に意思疎通ができるようだ。



「以前に話した花は、居ないのかな」


『ハイ、ヤクメヲ、ハタシタノデ、モウ、イマセン』


 役目を果たした? あー、生殖行動か。あっ、そういえば、あのとき……。


「あの花に、僕は新たな植物を生み出して欲しいって話してたんだけど……」


『ハイ、モウスグ、ウマレマス。オクノ、ヒロイモリデス』


「広い森? ボックス山脈の方かな?」


『ハイ、カミガ、シキルモリ。ココハ、クルッタハナガ、タクサンダカラ』


 ボックス山脈の方か。ここは狂った花が……ってことは、ボックス山脈は大丈夫なのだろうか。


 僕は、ゼクトさんの方をチラッと見た。彼も目を見開いている。



「そっか。僕は、そのうち、ボックス山脈の方の森にも行ってみるよ」


『マァッ、アッ、アノ、アイラシイコハ……』


 いつも、聞くよね、竜神様の子達のこと。


「あの子達は、最近は雷獣に乗って、あちこちを冒険しているみたいだよ。まだ、姿は変わってないけど、少しずつ大人になっていくのかな」


『アアァ、スバラシイデス。アイラシイコハ、ドンナ、オトナニナルカ、タノシミデス』


 僕としては、少し心配だけどな。



 ゼクトさんが、目配せをしてきた。そうだ、忘れるところだった。


「あのさ、キミ達の排泄する池に、異変が起こってないかな? 冒険者が間違えて、持ち物を置いてきてしまったみたいなんだ」


 そう尋ねると、人面花は一瞬、怒りの表情を浮かべた。やはり、ラフレアは怒っているのか。


『フミアラシタ、ニンゲン、ションベン、ユルサナイ』


 今までとは違う声に、僕も背筋が凍る。だが、怖がってはいけない。怖れると食われる。


 ラフレアも、しょんべんって言ってる。そのことに気づくと、僕は、少しだけ気分があがってきた。笑う気にはなれないけど。



「その場所を教えてくれないかな。僕の友達が、それを綺麗にできるんだ」


 僕は、ゼクトさんのことを思わず友達と言ってしまった。チラッと彼の表情を見ると、ニヤッと笑っている。よかった、怒っている様子はない。



 赤い花は、しばらく黙っていた。おそらく他の花と相談しているのだろう。


『ヴァンサマ、ゴアンナイシマス。アシキハナニ、キヲツケテ。アッ、サキマワリ、サレタ』


 人面花は、困った表情だ。狂った赤い花が、その場所で待ち構えているのか。


 ラフレアの花が、それぞれ情報共有できてしまう点が、裏目に出たな。



「ゼクトさん、どうしましょう」


「行くしかねぇだろ。じゃなきゃ、ラフレアにストレスが溜まり続ける。それに、しょんべんをした奴は、この森から出られないからな」


「えっ……」


 冒険者達の方を見ると、3人いるうちの2人が顔面蒼白だ。ラフレアハンターだから、ラフレアの習性を知ってるのか。



「案内してくれるかな?」


 僕がそう声をかけると、大地が揺れた。



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