435、自由の町デネブ 〜怒るブラビィ
「ヴァン、どこから泥ネズミを出したんだ?」
国王様は、僕の頭の上に着地したリーダーくんに気づくと、不思議そうに天井を見上げた。
「この子は、僕の従属なんです。たぶん転移の失敗です。よく頭の上に降ってきますから」
僕が手を出すと、リーダーくんは僕の手のひらにピョンと飛び移った。すると、賢そうな個体も僕の手のひらに現れた。
「どうしたのかな?」
『我が王! た、たたたた……げふっ』
リーダーくんは焦ると言葉が出てこない。これは、急ぎの用件らしいな。だけど、賢そうな個体は慌てていない。襲撃などではなさそうだ。
リーダーくんは、賢そうな個体に腹を殴られて涙目だよ。ふふっ、相変わらず良いコンビだな。
『我が王、直ちに中庭にお越しください。お気楽うさぎのブラビィ様に見つかると、大変なことになります』
「うん? 何?」
そう尋ねても、賢そうな個体は、国王様や側近を気にしてちるか、口を閉ざした。いや、違うか。フロリスちゃんが抱きかかえる天兎のぷぅちゃんを気にしているのか。
ブラビィは、ぷぅちゃんの眷属として創り出された黒い天兎だ。僕がブラビィに覇王を使ったから、今は天兎のハンターから僕へと、主人としての権利が移っている。僕が死んだら、ぷぅちゃんの眷属に戻るらしい。
「国王様、少し失礼します」
僕は軽く会釈をして、そして神官様に目配せをした。だけど、彼女はキョトンとしてるんだよね。誰も中庭に出てこないようにと合図したつもりなんだけどな。
「あぁ、構わない。泥ネズミが懐いているように見えるが、これは、ヴァンのスキルか?」
国王様は、神官様にそう尋ねている。彼女は返答に困っているみたいだけど、まぁ、任せておこう。
「ヴァン、話は終わったか」
教会の入り口には、ゼクトさんがいた。教会に来た人達を足止めしているようだ。
「いえ、まだ、神官様と話をされています。たぶん、もう皆さんが入っても大丈夫だと思いますよ」
「そうか。ただ、六精霊も居るからな……」
ゼクトさんがそう言うと、門の外で待っている人達が、その場で祈り始めた。
「皆さん、中庭なら大丈夫ですよ。道路を塞ぐのは良くないので……」
「だがヴァン、中庭は、ちょっとな……」
ゼクトさんは、言いにくそうにしている。いま見た感じでは、特に異変はなかったんだけど。
『我が王! お気楽うさぎのブラビィ様に、見つかってしまいました!』
『た、たたたた大変でございますです〜』
僕の手のひらで、リーダーくんと賢そうな個体が少し慌てているようだ。
ゼクトさんの方を見ると、苦笑いなんだよな。
「ちょっと、中庭を見てきます」
僕はそう言い残し、中庭の奥へと進んでいく。ゼクトさんが僕の後ろを付いてきた。
いつものように巨大な桃のエリクサーが、中庭の奥に並んでいる。そこから先は、泥ネズミや竜神様の子達の遊び場だ。
そして精霊様達も、その付近にいる。光の精霊様の姿は見えない。ということは、大量の蟲もこの奥か。そういえば、蟲の姿が全く見えないな。
さっきは大量の蟲が中庭を埋め尽くしていた。だからゼクトさんが、それを理由にして、教会にいた人達を外へ出したんだ。
本当は国王様がいるから、信者の人達を遠ざけたみたいだけど。
この町の住人を驚かせるわけにはいかないし、何より、聞かせたくない話を聞かれることを避けたんだ。
中庭の奥を右に曲がると、そこには、真っ黒に染まった巨大な桃が3つ、通路を塞ぐように並んでいた。あれ? これって……。
「おまえら! 何してんだよ!!」
ブラビィの声だ。
すると、さらにその奥から、光の精霊様がひょっこりと顔を出した。
『うるさい子が来ちゃった〜。あっ、ヴァン、見てみて〜』
光の精霊様は、めちゃくちゃ笑顔だ。嫌な予感がする。教会の外壁にラクガキされているんじゃないかな。
黒く染まった巨大な桃の横をなんとか通ると……。
「ヴァン、悪りぃ。この辺に蟲の巣を作ろうとしたんだが……」
ゼクトさんも、巨大な桃の横をすり抜けて来た。
通路には、巨大な桃が教会の壁沿いに並べられている。桃のエリクサーは、体力と魔力が少しずつ回復していくリジェネ効果と、悪霊を浄化する効果がある。
そして、悪霊を惹きつける効果もあるんだよな。
だから、教会の中庭の井戸の近くに、巨大な桃のエリクサーを置いている。井戸から上がってきた悪霊は、弱いモノなら、桃に引き寄せられて消えていくからだ。
『ヴァン、かわいいでしょ〜』
満面の笑みを浮かべる光の精霊様は、壁沿いに並ぶ桃に絵を描いていたようだ。ぐちゃぐちゃな丸だらけで、絵とは呼べないんだけど。
「光の精霊様、蟲はどうしちゃったんですか?」
『うん? そっちで完成するまで見てなさいって言って……あれ? どこに行ったの?』
光の精霊様は、絵を描くことに必死で、蟲を見ていなかったのか。
「おまえなー、オレの迷宮傑作選が、ぶち壊されてるんだよ!!」
黒い兎は、目をつりあげ、光の精霊様が描いていた桃の皮を、ビーっと剥いてしまった。
『ちょっと、何するのよ〜っ! バカうさぎっ!』
「バカはおまえだろ。オレの傑作選だぞ? おまえのせいで全滅だぞ!?」
ブラビィがぶりぶり怒っていても、光の精霊様は首を傾げている。ブラビィは怒りが収まらないらしく、壁沿いの桃すべてを引っ掻いていく。
『バカうさぎっ! ヴァン、この子、なんとかしてっ。あたしのかわいい虫の絵をぐちゃぐちゃにしたの〜っ』
あーあ、知らないよ。
ゼクトさんは、おそらく、桃のエリクサーを並べれば、蟲がその場所に居座ると考えたのだろう。皮を剥いていなければ、浄化もされない。
だけど、光の精霊様が絵を描くのを見ていて、蟲達は、すぐ近くに並んでいた穴だらけの桃に、吸い寄せられていったんだろうな。
真っ黒に染まっている桃は、悪霊の邪気を吸い取っているという証拠だ。しかも、ブラビィが作り上げた迷路には、蟲がギッチリ詰まってしまっているようだ。
あんなに大量にいた蟲が、すべてこの3個の巨大な桃の中に入ったということだろうか。
「光の精霊様、蟲達がブラビィの迷路を壊したから、ブラビィが怒って暴れてるんです」
「迷路じゃねーぞ! 迷宮だ!」
その違いはわからない。
『でもぉっ、だからって、あたしの絵を破らなくてもいいじゃないっ。あっ……こらーっ!』
どこからか現れた新たな蟲が、光の精霊様のキャンパスに吸い寄せられていく。蟲取りホイホイだな。
「新しい桃をやるから、そんなに怒るなよ」
ゼクトさんがそう言って、巨大な桃のエリクサーを取り出すと、ブラビィはサッとそれを奪った。
『ええっ、あたしの分は?』
いやいや、光の精霊様はいらないでしょう? ゼクトさんは、聞こえないふりをしている。
ブラビィは、フンと鼻を鳴らすと、新しい桃を持って姿を消した。たぶん、精霊の森にあるブラビィのもう一つの桃置き場に移動したのだろう。
「光の精霊様、蟲達を惹きつけていただいて、ありがとうございました。もう大丈夫みたいです」
『ね〜、ヴァン、あたしの分は?』
えっ……お引き取りいただけない?
ゼクトさんの方をチラッと見ると、彼は桃のエリクサーを取り出した。
『そこじゃないのっ。こっち〜』
光の精霊様は、教会の壁沿いに移動しろと言う。仕方なく、僕が壁沿いに運ぶ。
「ここでいいですか」
『うんっ、いいよ〜っ。あっ、ヴァンは邪魔だから、おうちに帰っていいよっ』
「あの、ここが僕の家なんですけど」
『うん? 外じゃないっ。おうちに入っていいよっ。気が散るからっ』
はい?
「ヴァン、俺もさっき桃を出したら、追い払われた。他の精霊達もだ。こうなったら夜になるまで止められないらしいぜ」
ゼクトさんは、ずっと苦笑いなんだよね。
「いま、まだ、朝になったばかりですよ?」
光の精霊様は、シッシと僕達を追い払うような仕草をする。まぁ、光の精霊様の絵がある方が、蟲は惹きつけられるか。
中庭の方へ戻っていくと、土の精霊様が僕の前に現れた。
『ヴァン、俺達もしばらく、ここを拠点にすることにした』
「えっ!? 帰らなくていいんですか」
『今、俺達はヴァンに召喚された状態だからな。ここからでも北の神獣の様子が見える。それに、ここに居る意味ができた』
「光の精霊様が帰らないからですか?」
『ははっ、それは関係ない。蟲だよ』
「蟲の監視ですか」
『いや、監視とは違う。蟲は減っているだろう? 神殿跡の桃に浄化されている。この場所から、蟲の素材にされた妖精や精霊が、新たに生まれてくるからな』




