433、黒石峠 〜精霊達の連携
「ゼクトさん、ちょっと術を使います。サポートしてください!」
僕が叫ぶと、ゼクトさんは国王様を放って、すぐにこちらに来てくれた。僕の焦りが伝わったんだな。
空はもう明るくなっている。
光の精霊様のラクガキを真似ていた蟲達の動きが悪くなってきている。おそらく蟲達は、木箱に戻るタイミングをはかっているんだ。
木箱に戻してはいけない。あの木箱は生きているんだ。
『ヴァン、俺のサポートは必要か』
土の精霊様が協力を申し出てくれた。
「気づかれないようにしたいです」
『ふむ、わかった』
そう言うと、土の精霊様は僕に向けて何かを放った。優しいぬくもりを感じる。これは……?
「へぇ、土の精霊の加護か。まるで存在が消えたように、マナを感じないぞ」
ゼクトさんは、興味深そうだな。僕の目を見て話すから、姿は見えるんだよね?
尋ねたい気持ちを、僕は抑えた。時間がない。
「じゃあ、始めます。ゼクトさん、あの」
「説明はいらない。ヴァンがやりそうなことは、わかっている。サポートは任せろ」
そうだ。下手に話すと、木箱に聞かれる可能性もある。いや、木箱を投下した奴らか。すぐ近くの影の世界に居るかもしれない。
僕は頷き、念のため、りんごのエリクサーを食べた。魔力はあまり回復しないが、甘い味に気持ちが落ち着く。
木箱は、黒石峠のこの広場に投下された。さっき、土の精霊憑依を使って見たときに、木箱が散らばる範囲も確認した。
地中のマナを吸収しやすくするためか、木箱は、草の生えていない場所に落ちていた。大きな樹木を避けるように不自然に散らばっていたんだ。
おそらく木箱は、自らの意思で移動できる。気づかれたら、きっと逃げられる。
あれ? 何か見える。あっ、ゼクトさんが見せてくれているのかな。そう考えると、彼はニッと笑った。僕の頭の中を覗いている? いや、土の精霊様が、ゼクトさんと繋いでくれているのか。
ゼクトさんにも、僕と同じ加護の光が見える。優しい温かな色の光だ。
すごい! 木箱の位置が正確に見える。
僕は、黒石峠全体の木箱に意識を集中する。そして、農家の技能を使う。
僕の身体から放たれた弱い魔力は、黒石峠に広がる。木箱は気づいていないようだ。僕の魔力にも、土の精霊様が加護をかけてくれているんだ。
僕は、ザッと手を振り上げる。
すると木箱は、空中に浮かんだ。
「ゼクトさん、雑草を引き抜きました!」
「ククッ、任せろ」
ゼクトさんの身体から、魔力の波動が放たれた。
僕が空中に浮かせている木箱の下を、ゼクトさんの魔力が風のように駆け抜けていく。いやこれは、風の精霊様がサポートをしているのか。
『ギギギギギギッ!』
背筋がゾーッとするような声が聞こえてきた。
ゼクトさんの魔法は、ただの魔力の波動に見えた。だが、木箱が浮かぶ下の地面から、ぶわっと青い炎があがる。
やはり、木箱は根を張っていたんだ。しかも、この世界の者には見えない根だ。
『ヴァン、仕上げるぜ』
火の精霊様が地面に炎を放った。ゼクトさんの青い炎に合流すると、その炎は地中に吸い込まれていく。
『ギギッ、ギギギ』
この声は木箱の声か。背筋がゾゾッとする。
『この世界のものは、取り返しますわよ! 土の精霊!』
水の精霊様がそう言うと、パシャッと水が地面を覆う。だけど炎は消えない。どうなってるんだ?
土の精霊様が、大地を覆う水に何かの術を使った。すると透明だった水は、一気に泥水に変化した。
そして……。
カタッ
カタッ
僕が空中に浮かべていた木箱が次々と、落ちていく。雑草を引き抜く技能は、根を引き抜けたら地面に落ちる。
ということは……。
地面に落ちた木箱は、ゼクトさんの青い炎と、火の精霊様の赤い炎に包まれ、燃えているようだ。そして、泥水がその燃えかすを飲み込んでいく。
ビューッと地面を駆けるような風が吹き抜けた。
すると、ドロドロにぬかるんだ地面は、スーッと乾いていく。木箱は、跡形もなく消えていた。地面に染み込んだのか。
『ふふっ、しっかり回収できましたわね』
水の精霊様は、満足げに微笑みを浮かべた。
『あぁ、こんな方法で、弱点を見つけるとはな。根を外に引きずり出す技能は、力自慢の冒険者にも、気位の高い貴族や神官家にもないものだ』
土の精霊様は、優しい目を向けてくれる。
確かに、これは農家の技能だ。僕には農家のスキルはないけど、子供の頃から手伝いをしていたから、習得できた技能なんだ。
「もう、木箱は……」
『あぁ、完全に分解して、大地に帰ったぞ。もともと、この世界の妖精や精霊が養分として使われていた。頭のおかしな人間によってな』
土の精霊様は、どこかを見ている。そして、フッと笑った。
「土の精霊様、何が……」
『あぁ、フッ、ようやく諦めたようだ。すぐ近くに襲撃者が居たようだがな』
やはり、影の世界の黒石峠に居たんだ。
「ヴァン、その技能、俺に教えろ。薬草集めに使っていただろ? 便利だと思っていたんだ」
ゼクトさんには、雑草を引き抜く技能はないのか?
「あ、はい。でも、僕もスキルがないから、よくわからないです。爺ちゃんの真似をしていたら、できるようになって」
「そういう基本すぎる生産系のスキルには、神矢がないんだよな。習えば習得できるのだろうが、時間がかかる。まぁ、いいか」
ゼクトさんはそう言いつつ、残念そうにしている。
マルクと一緒に、超薬草を摘みに行ったときも、そういえば、ゼクトさんは摘まなかったよな。
「ゼクト、私にはできるぞ? おまえが使えない技能を、私は使える」
国王様が、近寄ってきた。
あれ? たくさんいた貴族達は消えている。王宮の騎士や兵も、ほとんどいない。
「フリック、貴族はどうした?」
「もう朝なので帰した。そこで眠っている人達には伝える手段がないから、そのままだが。私がデネブに行くのを反対しそうな兵もな」
国王様は、本気でデネブに来るつもりなんだ。
「フン、おまえの味方は、それだけだということか。気味の悪い契約妖精は、なぜ帰さない?」
「あぁ、バンシーは、六精霊が働いているから帰れないんだと思う。それに、デュラハンに心底怯えているみたいだ」
バンシーは、確かにデュラハンにビビっている。たぶん、バラされることを恐れているんだ。バンシーは、主人を裏切っていたんだから。
「ふーん、朝日よりも、デュラハンが怖いのか」
ゼクトさんは、わかっているけど言わない。やはり、国王様が傷つかないように、配慮しているんだな。
国王様は、妙にニヤニヤしているんだよね。ゼクトさんの配慮に気づいてるのかな。
「ゼクトは、雑草を引き抜く技能は使えないのか。私はできるぞ。ヴァンのような広範囲は不可能だが、畑くらいなら余裕だ」
なぜ、畑? 国王様は、自分にできてゼクトにできないことが嬉しいのか。
「フン、偉そうだな。ヴァンは、そんな態度はとらないぜ。やはり、おまえは、まだまだだ」
「だから、私は、ララさんの師匠に学ぶと言っているだろう」
あー、さっきの話に戻っている。まさか、あり得ない。やめてくれ。
「その師匠は、嫌がっているようだぜ」
「私は忘れていたことがある。ヴァンから報酬をもらっていない。だから、報酬代わりに、私に教えるべきだろう」
は? はい? 報酬?
ゼクトさんも首を傾げている。僕の方を見られても困る。僕は、国王様に、何も依頼などしたことがない。
「ヴァン、六精霊を見て、思い出した。3年程前のことだ。あのとき私は、咄嗟に嘘をついた。私は、年齢を偽って隠れていたためだ」
国王様は、僕に親しげな視線を向けてくる。ちょっと、待って。全く身に覚えがない。
「国王様、何か、お間違えじゃないですか? 3年前なんて、僕は、お会いしたことなんてないですよね?」
「フッ、私の名前は、フリックだぞ? 忘れたか?」
「いえ、フリック様だと聞きましたが」
「確か、老けて見られるみたいだけど、まだ成人していない……そんなことを言った記憶がある。リースリング村で、ヴァンは、私を助けてくれた。アマピュラスに化けたあのスキルも、道化師なのだな」
「えっ……ええーっ!? フリックさん? ガーシルド家から逃げてきたのでは?」
「ガーシルド家は、私の母の生家だ。私の父は前国王。私が成人になったときに、『王』のジョブを授かったとわかり、隠されたのだよ。第1王子である兄のジョブは、王ではなかったからな」
僕は、何か言おうとしたけど、言葉がでてこない。
若き国王様は、悪戯が成功した子供のように、ニヤニヤと笑っているんだよね。
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