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430、黒石峠 〜若き国王の覚悟

「ヴァン、どうする? 策はないわけではないが……」


 ゼクトさんは、珍しく迷っているかのような、弱気な表情に見える。


 多くのスキルを持つゼクトさんには、選択肢が多すぎて、決められないのかもしれない。


 蟲は焼き払うと増殖する。死んでもゾンビのように復活するんだ。これまでの蟲とは違う。明らかに、改良されてしまっている。


 僕も、どう考えてもリスクが高いような気がして……お手上げだ。だが、そんなことを言っていられない。



「ゼクトさん、たぶん、こちら側の動きは完全に予測されてしまっています。だから、何かをすると……」


「あぁ、ベーレン家は、知の神官家だからな。国王を殺してこの世界を潰そうとする勢力に力を貸すなら、いくつも罠が仕掛けられているはずだ。くそっ、どれを選んでも裏目に出るか」


 ゼクトさんの強力なスキルは、ベーレン家ならすべて知り尽くしているだろうな。ずっと彼は、神官家に利用されていたんだ。偽神獣創りにも……。



「そんな、我々は……」


「前国王様なら、このような失態は……」


「ノレア神父を抑える力がないのだ。いや、ノレア神父の愚策を見極める力がないのだ」


 黒い玉から、悲痛な声が聞こえてくる。まるで若き国王のせいだと言っているような……。


 ゼクトさんをチラッと見ると、彼の視線は別の黒い玉に向いていた。そうか、あの玉の中に国王様がいるんだ。


 土の精霊様が作った四角い箱とは違って、割れないゴム玉は完全に音を通してしまう。今の言葉も、この距離なら、国王様に聞こえているだろう。




「フリック! どのスキルを使って、どう乗り切るかを決めろ。おまえの国の運命がかかってるんだからな」


 ゼクトさんが大声で怒鳴った。


 すると、国王様のことを悪く言っていた騎士が入っている玉からは、何も声が聞こえなくなった。


 近くに国王様が居るとわかって、焦っているだろうな。蟲が覆っていることで外が見えないから、油断していたのだろう。



「ゼクト、私には決められない。ゼクトから教えられたはずの多くのことも、自分に必要なこと以外は、もう記憶にない」


 しばらくして、弱々しい返事が返ってきた。だよね、決められるわけがない。あらゆるスキルを知るゼクトさんにも、決められないんだから。


「フリック、俺はおまえの尻拭いをしてやる。そういう約束だったからな」


 ゼクトさんは、やわらかな声でそう言った。国王様の気持ちを考えると、僕は思わず涙が出てきそうになった。


 孤独な国王……だが、彼はひとりぼっちではないんだ。



 しばらく、シーンとした時間が流れた。



 六精霊は、それぞれの仕事をしてくれているようだ。


 闇の精霊様は、デュラハンの結界維持に必死だから、ずっと無言だ。その内側には、火の精霊様と水の精霊様が多重結界を張ってくれている。


 土の精霊様は、今、残っている四角い箱を、蟲に侵食されないように強化してくれているようだ。


 風の精霊様は、僕の護衛なのか、近くに立っている。


 リーダーの光の精霊様は……何をしているかは謎だ。不機嫌そうに空を見上げている。


 デュラハンを召喚する方がいいのだろうか。


 だけど、デュラハンの気配はない。召喚して欲しければ、念話してくるはずだ。何か、別のことをしているのかもしれない。




「ゼクト、おそらく、おまえのスキルは通用しない。蟲は、ベーレン家の一部の者が創り出した生物兵器だ。私を殺そうとするなら、私が頼る者のことも計算されているだろう。だから、ヴァン、頼む」


 えっ!? ちょ……。


「フリック、だからヴァンを指揮官に選んだのだろう? だが、ヴァンが使うスキルで蟲を大増殖させてしまう可能性も高い。ヴァンに責任をなすりつける気じゃないだろうな?」


 ゼクトさんは、言葉とは違う表情をしている。失敗したら僕のせいにするという、腹黒さを指摘しているように聞こえる。


 だけど、ゼクトさんの表情は優しい。まるで、小さな子供を叱っているかのような、慈悲深さに似たものを感じる。



「すべての責任は、私にある。ヴァンが失敗しても、それは私の責任だ!」


 凛とした声で、国王様はそう断言した。


 すると、ゼクトさんはフッと笑みを浮かべた。ゼクトさんは、この言葉を引き出したかったんだ。若き国王様の覚悟を、王宮の騎士や兵、そして貴族に聞かせたかったんだ。



「フリックの尻拭いは、俺がやる約束だからな。ヴァン、そういうことだ、任せる」


「ちょ、ゼクトさん……」


「俺なら、焼き払うのが無理だとわかると、聖魔法を使って浄化しようと考える。聖魔法を受けるとそれを反転させて放つ、レジスト魔法もあるんだがな」


「蟲が、その魔法を使う?」


「それはサーチではわからない。蟲は硬い殻に覆われている。殻を剥いだ下に魔法陣を仕込んであるなら、サーチには引っかからない。そもそも、マナを含むモノを通さない結界をすり抜けてきたんだからな」


「それは、木箱に仕掛けがあったからでは?」


「あぁ、そしてその木箱は、燃えないんだよな」


 ゼクトさんの視線は、あちこちに落ちている木箱に向いた。確かに、あんなに高い場所から落下したのに壊れていないし、火の精霊様が踏んでも燃えない。



「王宮の騎士や兵なら、斬るか焼き払うかだな。斬ると体液が飛び散って、それを浴びた人間がマナを奪われていくことは知られている。だから斬らない。ちょっと斬ろうとしてみたが、殻が頑丈だから潰せても斬れない感じだった」


 ゼクトさんは、いろいろと試したんだ。


「物理攻撃は無理ですね」


「あぁ、だから、おまえが変化へんげを使っても厳しい。それに、国王自身のスキルへの対策もされているはずだ。覇王は使えないだろうな。おそらく、既に覇王がかかっている。より強い覇王じゃなきゃ上書きはできない。神獣を超えるチカラは、人間にはないからな」


「氷の神獣テンウッドの……」


 ゼクトさんは頷いた。ということは、ノレア神父への対策もされているよな。精霊師のチカラは使えないのか。



「ヴァン、考えていても埒があかない。とりあえず……」


 ゼクトさんは、ハッとしたように左側を向いた。何かが現れたのか?


「あっ! あれは……」


 スピカの方角だ。ぶわっと大きな炎が見えた。



『ヴァン、街のあちこちで、魔導士が蟲を焼き払い始めたぞ。光の精霊が、蟲に手出しをしないようにと連絡したが、声を聞く力のない者には伝わらない』


 風の精霊様が教えてくれた。


 もう、迷っている暇はない。スピカで蟲が大増殖し始めた。



「ゼクトさん、とりあえず、浄化します! 精霊師への対策はされているだろうけど、蟲の被害に遭った人達を助けます!」


「わかった。サポートする」



 僕は頷き、ジョブボードを開く。あまり使わない技能は、ジョブボードに触れる方が確実に発動できる。


 僕は、スキル『精霊師』の邪霊の分解・消滅を使おうとした。だが、焦っていたのか、別の技能を触ってしまった。



『はぁ〜っ、パパン、パンパン』


 な、何? お気楽な掛け声のようなものが頭に響いた。スキル『道化師』の喜怒哀楽だ。慌てて、説明を表示する。


 ●喜怒哀楽……観客の喜怒哀楽を司ることができる。技能『笑顔』は、これに統合される。


 と、とりあえず、関係ないよな? 害も無さそうだ。



 僕は改めて、スキル『精霊師』の邪霊の分解・消滅に触れる。


 僕の足元から、魔法陣が一気に広がっていく。


『いっけいけ、ドンドン、はぁ〜っははぁ〜』


 ちょ、何? また、お気楽な掛け声が聞こえる。



『邪霊、分解!』


 魔法陣が強く輝く。そして、白い光が魔法陣から立ち昇っていく。


 蟲の悲鳴が聞こえた。だが、ほんの一部か。



『ふわっふわふわ〜、自由にふわふわ、たのしいな〜っ』


 な、何だ? またお気楽な掛け声……。


 するとゴム玉を覆っていた蟲が、パタパタと飛び始めた。


『ふわっふわっふわぁ〜っ、パンパンパン』


 お気楽な掛け声に合わせて、踊っている?


 だけど、やはり精霊師の技能への対策がされていたらしく、ほとんどの蟲は、浄化されない。



 地面に倒れていた兵が起き上がってきた。精霊師のスキルで、蟲によるダメージは少し回復したみたいだ。



「ヴァン、これは、何をしたんだ?」


 ゼクトさんは、目をパチパチさせている。どうしよう、でも素直に言うべきだよな。


「邪霊の分解・消滅を使おうとして、間違えて、喜怒哀楽に触れてしまって……」


「道化師の極級の技能か」


「はい……どうしましょう」


「ククッ、知らねーよ。だが、蟲だけじゃねーな」


 ゼクトさんの視線は、透明なゴム玉に向いた。


「あちゃ……どうしよう」



皆様、いつもありがとうございます♪


祝日なので、ちょっと宣伝(*≧∀≦)

『まだスローライフは始まらない』

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