43、ボックス山脈 〜ビードロの草原で神矢を集める
僕達は今、僕が落ちた崖の下にいる。たくさんのヒョウのような魔物、ビードロに囲まれているんだ。
「ヴァン、こいつら、本当に大丈夫か?」
「うん、マルクも別の個体が乗せてくれるって言ってるよ。効率よく神矢を取り除いてほしいみたい。彼らにとって神矢は、踏んで足が裂ける邪魔な物でしかないんだ」
「じゃあ【スキル】の矢は、吸収してしまうから見つけたもん勝ちということで、【富】の矢は、後で分けようぜ」
「うん、そうだね。そんなに多くは落ちてないだろうけど」
僕達は、ビードロの背に乗り、彼らのナワバリとなっている草原を走った。マルクは、ビビっているけど、僕は慣れてきたかな。もう耳にしがみつかなくても、乗っていられる。
「坊や、ゴミを見つけたら止まればいいんだな」
「うん、ビードロさん、お願いね」
マルクとは別の方向へと進み、神矢を集めた。赤や青より、金色の神矢が多いような気がする。金色の神矢の方がたくさん降ったからかな。
踏まれて土に埋まっているものもある。ずっと前に降った物もありそうだ。
スキルの神矢は、触れると変な感覚と共に矢が消える。一度、ビリビリとしびれたものもあった。感覚の違いって、なんなのだろう?
ほとんどが中級のはずだから、上級だとしびれるのかな? もしくは、新しいスキル?
いちいち確認していると時間がかかる。だから、集めることに集中した。
今は、のんびりしていられないんだ。
マルクは、あのロックドラゴンの洞穴から、ここへ転移するまでの間に、山の近くのいくつかの村や集落を一気にまわったらしい。転移跡を追えないようにするためだそうだ。
特殊なバリアのせいで、山の中を長距離移動できないから、いったん、ボックス山脈から出たそうだ。そして、いくつかの村や集落をまわり、再び転移で入山。出た穴から再び入り、着地点を変えたんだって。
マルクにバリアに穴を開けたのかと尋ねると、一定時間以内なら、出た場所から戻って来れると説明された。よくわからないから、そっか、と返事をしておいた。
さっきのオジサンは、まだ、僕達を捜しているらしい。だから、この場所にいると知られると、きっと捕まえにくる。
もし彼らが来ると、ビードロ達は弱いから、犠牲になるかもしれない。あまり時間はないんだ。
「坊や、そろそろ草原が途切れる。ここから先は、ハンターが増えるんだ」
ビードロが立ち止まった場所の崖の下には、小さな池があった。かなりの高さだな。浮遊魔法を使えないと、この崖は行き来できない。だから、この草原には、人はあまりやってこないんだ。
「ありがとう。ここで大丈夫」
僕は、ビードロから降りると、草原に座った。崖の下から姿を見られないためだ。
「坊や、まだゴミはあると思うが、どうする?」
「今日は、これで帰るよ。また来るね。あっ、これを渡しておくね。また、怪我をしたらいけないし」
僕は、正方形のゼリー状ポーションを草原に出した。さっき、神矢を拾いながら作った分だ。
「ありがとう。みんなで分けて使うよ。坊やの傷薬は、とてもよく効くからな」
ビードロは、大きな葉に、ポーションを器用に乗せ、くるりと巻いている。へぇ、頭がいいな。
しばらく待っていると、マルクも到着した。
「ヴァン、この草原、神矢だらけじゃないか」
「うん、人があまり入らない場所だからね」
「なるほど、この下は崖か。穴場だな。強い魔物がいないから、ハンターもここには上がってこない」
「まだ落ちていると思うって、ビードロさんが言っていたから、また今度、追われていないときに来よう」
「そうだな。早く移動しなきゃ」
マルクも、ビードロ達に危険が及ばないようにと考えているみたいだ。
「うん、じゃあ、マルク、この崖を降ろして」
「あぁ、ただ、ここはダメだ。近くのキャンプ場へ飛ぼう」
「わかった。じゃ、ビードロさん達、付いてこないでね。ちょっと悪い人に追われてるんだ。目立つと困るから」
「ワープされたら、なかなか捜せないよ、坊や」
そう言いつつ、彼らは心配そうにしている。帰り道がわかるのか、また、泣くんじゃないか……?
あー、そっか、『迷い人』の技能も、かかっているんだっけ。だから、従属を使った個体以外も、やたらと僕に構おうとするんだな。
「マルクがいるから、大丈夫だよ。みんなに心配しないでって伝えて」
「あぁ、わかったよ、坊や」
マルクは頷き、そして、転移魔法を使った。
僕達が移動してきたのは、山小屋がたくさん並ぶ集落のような場所だった。ここは、どのあたりだろう? 地図でもあればいいんだけど。
あれ? 地図だ!
さっき拾った神矢のスキルの中に、地図があったのかな? 目の前に、現在地を示す場所と、さっきのビードロの草原の場所が表示されている。
山をかなり上がった感じだな。この山の中腹あたりだ。
あまり近くでもないような……あっ、マルクがぶどうのエリクサーを食べた。やはり、特殊な転移魔法を使ったんだ。転移跡を追えないように、細心の注意を払ってるんだな。
「マルク、大丈夫?」
「うん、さっきよりは、魔力が増えたからね」
「魔力が増える矢をゲットした?」
僕がそう尋ねると、マルクは、ニッと笑った。
「たぶん、緑魔導士じゃないかな? まだ確認してないけど、体内の魔力量がグッと増えたよ」
「へぇ、すごい。僕、自分の魔力残量わからないや」
「魔導士のスキルは、何も持ってないのか」
「うん、たぶん」
マルクは、キョロキョロと辺りを見渡した。たくさんの人がいる。だけど、転移で現れた僕達を気にする人はいない。ここでは、転移魔法が使えることは、当たり前なんだな。
「ヴァン、一応、大丈夫みたいだけど、転移屋を使おうぜ」
「うん? どういうこと? ここって、冒険者の集落?」
「集落というより宿屋かな。昨夜と同じ休憩所、いわゆるキャンプ場だよ」
いやいや、全然同じじゃないんだけど。それに、ここにいる人達は、すごくなんというか……。
「失礼ですが、冒険者カードを確認させていただきます」
突然、後ろから黒スーツを着た男性に声をかけられた。びっくりした。ちょっと待って。僕、冒険者登録してないよ。もしかして、入っちゃいけなかったのかな。
「はい、どうぞ。あ、彼は、俺の友達なんですよ。誕生日を迎えたばかりだから、まだ冒険者登録をしていないです」
マルクは、冒険者カードらしき物を提示している。
「そちらのお友達も、貴族の家の方ですか?」
「えっ? 僕の家は農家です」
そう言うと、黒スーツの男性は、眉をしかめた。あっ、まずかったのかな。
「このキャンプ場は、貴族の家の方に限定しておりまして、さすがに、冒険者登録もしていない農家の方には……」
うわぁ、貴族のキャンプ場!? 僕、思いっきり場違いだよ。
「彼のジョブは、ソムリエですよ? 利用を拒否してもいいんですか?」
マルクが、なぜか大声で、僕のジョブを口にした。近くにいた人達の注目を集めてしまっている。
「おや、それは珍しい。失礼いたしました」
あれ? なぜか僕にも頭を下げている。ソムリエって、どういう地位なんだ? どう考えても貴族の方が圧倒的に上だよな?
「ちょっと、キミ、ソムリエなのか?」
「えっ、あ、はい」
「どの家に仕えている? いや、いま、誕生日を迎えたばかりだと言っていたな。私の家に来ないか?」
知らない紳士に声をかけられた。ちょ、どうしたら? 助けを求めようとマルクを見ると、マルクは上品な笑みを浮かべている。
「彼は、俺の友達なので……」
「あ、あぁ、そうか。失礼した。いやはや、こないだの【富】の矢が、ワインだっただろう? 当家には、下級ソムリエしかいないんだよ。悪かったね」
「いえ、大丈夫です」
「へぇ、そうかい、ジョブということは、上級ソムリエだね。ウチにも欲しいよ。ウチは中級ソムリエがいるんだが、晩餐会を考えると、やはり上級ソムリエが欲しい」
「中級ソムリエがいるなら、いいじゃないか。私の所は名家でね……」
「上級ソムリエなら、どこも欲しがるだろう? がっつくんじゃないよ」
なんだか、何人かが一気に話し始めた。僕は緊張で、どうすればいいかわからない。マルクは、そんな様子を満足げに見ている。もしかして、これがここに来た狙い?
「彼は、いま、トロッケン家の神官に、目をつけられているんです」
マルクが、突然話題を変えた。
「それは大変だ。神官もソムリエが欲しいのか。奴らには、品がない。ワインなどわからぬだろう」
あ、貴族って、神官が嫌いなんだ。




