428、黒石峠 〜結界維持の助っ人
ゼクトさんは透明な割れないゴム玉で、王宮の騎士や兵を次々と覆っていく。国王様もその例外ではない。
これはスキル『道化師』の技能だから、物理攻撃力には耐性はあるけど、他のものは通してしまう。それに、中から外へは簡単に出られるから、閉じ込めたわけでもない。
閉じ込められたと慌てた兵が、ゴム玉から出てきた。そして、首を傾げている。
「これは、何だ?」
「さっき、女の子達に使った技能か」
ゴム玉から出られることに安心したのか、王宮の兵達は落ち着きを取り戻している。
再びゴム玉に入ろうとした人は、弾かれて地面に転がった。ゴム玉の支配権を持つゼクトさんが、入れようとしないと入れないだろう。
「完全に出ると入れないぜ。身体の一部をゴム玉の中に残していないとな」
ゼクトさんはそう言うと、ゴム玉から出た人達を新たなゴム玉で覆った。今度は彼らはおとなしい。
「ゼクト、この玉は、バリアなのか?」
国王様は、ゴム玉から手を出したり引っ込めたりしながら、そう尋ねた。
「道化師が玉乗りに使うゴム玉だ。それを透明にして中に入っているだけだ。ある程度の物理耐性はあるが、それ以外は何もない。だが、悪霊は入ってこねーからな」
ゼクトさんがそう言うと、国王様はニヤッと笑って頷いている。満足そうだな。
「なるほど、スキル『道化師』には、こんな技能の使い方もあるのか。くだらないスキルだと思っていたが、使えるじゃないか」
「おまえには、この使い方も教えたはずだぞ」
ゼクトさんにそう言われても、国王様はチロッと舌を出しただけだ。自分に興味のないものは忘れていくのか。ララさんもそうだもんな。これは王族の人達の特徴なのだろうか。
「奴らが、黒石峠上空に、到達しました!」
魔道具を見ていた兵が、そう叫んだ。
空を見上げても、夜だしデュラハンの結界バリアも張ってあるから、僕の目には何も見えない。
だけど、時々、空にパチパチと小さなオレンジ色の光が見える。火魔法でも使っているのか?
『おい、基本精霊を呼び出せ!』
デュラハンが僕に念話をしてきた。どうしたんだろう?
『どうしたんだろうじゃねーぞ。オレは召喚されてねーだろ。このままじゃ、もたねぇ。基本精霊に維持させる。オレはいったん消えるから、おまえがオレを召喚しろ』
あー、そういうことか。わかった。闇の精霊を呼び出せばいいのかな。
『六精霊の方がいい。闇の精霊だけでは、オレの結界は維持できねーよ』
そっか、わかった。
「ゼクトさん、ちょっと結界維持の助っ人を呼びます」
「あぁ? わかった。デュラハンは身の程を知ったわけだな」
ゼクトさんは、ククッと笑っている。確かに、精霊師が召喚する方が、精霊は力が増すけど、それほど大きな違いはないんじゃないかな。
僕は、六精霊に、来てほしいと念じる。
『火、水、風、土、光、闇、六属性精霊召喚!』
僕の身体に魔法陣が現れ、6つの光が飛び出した。そして、僕の前に、次々と精霊様が現れる。
まるで待ち構えていたかのような登場スピードだ。これまでの最速記録を更新したのではないだろうか。
『じゃじゃーんっ! あれ、夜じゃないのっ』
僕の前で、腰に手を当てて仁王立ちの、自称リーダー、光の精霊様。確かに、夜は苦手だよな。
基本精霊は、精霊を見る力のある人にしか見えない。声も聞こえないだろう。僕は、見えない人に配慮した話し方をすべきか。
「光の精霊様、すみません。デュラハンは勝手に出てきたので、結界を維持してもらってる間に……」
『なーんだっ。首無しが結界を維持できなくなったのねっ。ふぅむ……むむっ!? 予想以上に、やな感じ〜。だから、リーダーのあたしが必要だったのねっ。任せなさいっ』
光の精霊様は、状況をどう把握したのかは不明だが、黒石峠を淡い光が駆け抜けていた。あれがサーチか。
『闇の精霊はデュラハンから結界バリアを引き継いで、火の精霊と水の精霊は結界バリアの内側に多重結界だよっ。土の精霊はおうちを作って、風の精霊が放り込んで、あたしが封印するよっ』
えっ? 多重結界? おうち?
『あたしの号令で始めるよ。人間はジッとしてなさい』
「ヴァン、おまえが指揮官だ。精霊の声を伝えろ」
ゼクトさんに言われて、僕はハッと我に返った。
「皆さん、六精霊を呼びました。結界の強化と、もう一つ何か策を施してくれるので、ジッとしていてください」
おうちの意味は説明できなかったが、精霊を見る力のある人がチラホラいるらしく、コクコクと頷いてくれる。
光の精霊様は、僕より少し大きい程度ならだけど、他の精霊様は、倍以上あるもんな。六精霊が揃うと圧倒的な迫力だ。みんな、威圧されてしまったようだな。
『じゃあ、いっくよぉ〜っ。せーのっ!』
光の精霊様の掛け声で、六精霊が一気に動いた。
空には、赤い光と青い光が広がっていく。闇の精霊様もデュラハンから、結界バリアを引き継いだみたいだ。
そして地面からは、土の壁が伸びてきて四角い箱が、いくつもできていく。
「きゃっ!」
フロリスちゃんの悲鳴が聞こえた。風の精霊様が、四角い箱の中に放り込んでいってるんだ。これがおうちか。結界が破られたときの備えだろうか。
『じゃあ、女の子のおうちから始めるよ〜っ』
光の精霊様は、四角い箱の土壁に、ラクガキを始めた。封印と言っていたっけ。何が書かれているかは、わからない。だが、ラクガキが完成したときには、四角い箱は真っ白な光を放ち始めた。
『ヴァン、見た? これは、なーんだっ?』
僕の方を向き、ニッコニコな光の精霊様……。丸と、ふにゃふにゃ線と、ぐちゃぐちゃなぐりぐり?
「えーっと、女の子?」
『ヴァン、ちゃんと見てっ。女の子はひとりじゃないよっ。ここには3人の女の子がいるから〜』
奇跡的に当たった!
光の精霊様は、別のぐりぐりを指差している。
「そっちは見えてなかったです。すみませ……あー」
光の精霊様は、僕の話を聞かずにその隣の壁へと移動していた。まぁ、いっか。一心不乱に楽しそうにラクガキ中だ。
「オレは、いったん消えるぜ。この備えがあれば、オレはいらねーかもな」
そう言うと、デュラハンはスッと消えた。たぶん、これは、召喚しないと拗ねるパターンだ。
「ヴァンくぅん、これはなぁに?」
四角い箱の一部が窓になっているのか。一部がぽっかりと穴が空いたように見える。
「ノワ先生、結界が破られたときの備えみたいです。そこには、3人ですか?」
「うん? えーっと、フロリス様とぷぅちゃんと、バトラーさんと、あとは知らない人が5人くらい」
すると、窓からララさんが顔を出した。
「師匠〜、この中って土の匂いがするよ〜。しかも、かなり堅固ね〜。爆破できなさそう」
「ちょ、ララさん、爆破しないでくださいね。上空のバリアが突破されると、ここに襲撃者が来ます。だけど、応戦すると戦乱になってしまうから」
「それで引きこもり作戦なのね〜。師匠、魔女っ子ちゃんは引きこもりしないの?」
確かに、バーバラさん達は、箱に入っていない。僕と、そしてゼクトさんも外にいる。
「魔女達は、ヴァンくんの配下なんです〜」
ララさんに、ノワ先生が説明をしてくれた。ノワ先生は、ララさんの子孫ってことなんだよな? お気楽な話し方は、そっくりだ。
ビュッと強い風が吹いた。背後には風の精霊様が現れた。
『ヴァン、多重結界が破れないとわかって、何かを意図的に落下させたぞ』
「風の精霊様、何かって? 結界を通り抜けたのですか」
『あぁ、マナを持たないモノは、この結界では弾けない』
「でも、何も起こっていないから、落とし物でしょうか」
『いや、意図的にだ。手に持っていた兵器ではないか』
「えっ……爆破物?」
だけど、爆破音は聞こえない。
「ララさん、窓を閉めてください」
「はーい。でも閉めると話せないよ」
「今の話、聞こえていましたよね? 何かが落下して……」
カタッ
近くで、何か音がした。すると、窓は強制的にバタンと閉まったらしい。
『ヴァン!』
僕は、風の精霊様に抱きかかえられ、一瞬で上空へと移動していた。
目の前を、木箱のような何かが落ちていくのが見えた。上を見ても、結界は破られていない。
『襲撃者は、こっちが結界を張ることを想定していたらしいな。影の世界の住人の戦い方ではない。この世界の悪霊だ』
「風の精霊様、それは……」
突然、地上のあちこちから、何か湯気のような白いモノが吹き出したのが見えた。
いや、違う。あれは……。
「ギャーッ!」
な、なぜだ? 四角い箱が消えた?




