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426、黒石峠 〜ノレア神父の策は

 ゼクトさんが国王様の名を呼び捨てにしたことで、一瞬、この場にいた貴族達が凍りついた。


 だが、メリノスに化けている僕には、国王様の感情の変化が伝わってくる。叱られた子供のようにドキッとしたようだ。


 そうか、ゼクトさんは国王様の王子時代に、彼の教育にも関わったのか。伝説の極級ハンターだもんな。おそらく、ゼクトさんが狂人と呼ばれるようになるよりも、前のことだろうけど。


 国王様は、フッと笑みを浮かべた。



「ゼクト、私はもう子供ではないぞ。だが、少し焦りすぎているか?」


「おまえは、まだまだ半人前じゃねぇか。ヴァンよりも危なっかしいぜ。覇王持ちは謙虚さを忘れると、自分を見失い自滅するぞ」


「そうだったな。しかし、私には妻もいる。半人前とは失礼な奴だな」


「あのなー、このヴァンでさえ伴侶はいる。そんなことは半人前じゃないという理由にはならない」


 ちょ、なぜ僕のことを……。


「ゼクトには、いないであろう?」


「はぁ? おまえ、ガキか」


 ゼクトさんが呆れた顔をして黙ると、国王様は満足そうな笑みを浮かべた。まるで、少年に戻ったかのような顔だな。


 二人の関係性は、悪くはないみたいだ。僕はホッとした反面、言葉では言い表せないようなモヤモヤを感じる。僕の妙な……嫉妬心かもしれない。




 国王様の元に、伝令らしき兵が現れた。念話は使わないんだな。あー、逆に念話の方が傍受されやすいか。


「ここにいる者達のことは構わぬ、報告せよ」


「はっ! 北の海が明るくなっております。あちらは深夜、まだ夜明け前です」


 この辺りもすっかり夜になっている。北の海が明るい? 意味がわからない。


「そうか、神父ノレアの策は失敗したか」


「はい、北の大陸を包囲する海底魔法陣は、破壊されたようです。しかも、破壊されたときに北の大陸を消し去る計画も回避されました」


「ふむ。何者かが、北の大陸の海底に仕組んだ魔法陣を、海の方へ転移させたのだな」


「はい、そのようです。北の海が明るいのは、魔法陣のマナを分解しているためだろうと、魔導士が予想しています」


 壮大すぎる計画だ。ノレア神父は、北の大陸を封じる結界を張ろうとしたのか。


 僕が大きな鳥に化けて、うっかり近寄ったときに感じた北の大陸の状態から考えても、それは無謀すぎる計画だ。氷の神獣テンウッドの檻の拘束力は、弱まっていた。


 おそらく、海底魔法陣を破壊したのはテンウッドだ。あの大陸に住む人間には不可能だし、影の世界から出てきたモノとも考えにくい。



 国王様は、ジッと何かを考えている。そして思い詰めたような表情で、ゼクトさんの方を向いた。


「ゼクト、意見を聞きたい」


 すると、国王様の配下がざわついた。僕が視線を向けると、声は小さくなったが、国王様への不信感を口にする人もいる。


 彼は、配下に覇王を使っているわけじゃないんだな。覇王を使っていたら、配下はこんな顔はしない。



「俺に頼るな。自分で考えろ。すべての情報は与えたはずだ。俺は、メリノスの餌やりに忙しい」


 ゼクトさんはそう言うと、僕に木いちごのエリクサーを放り投げてきた。手でキャッチして口に運ぶ。かなり回復するんだよな。ほんと、魔力消費が半端ない。


 たぶん、ゼクトさんの今の行動が、彼の答えだ。国王様は、気づいただろうか。


 ゼクトさんは国王様がどう判断しても、サポートすると言っているんだ。



「わかった。冒険者ギルドに出した要請を一部修正してきてくれ。ラフレアの件はそのままだ。北の大陸の調査の件は、地下水脈と周辺調査に切り替える」


 国王様は、控えている騎士風の男にそう言った。


「はっ、直ちに」


 彼は、魔道具を操作している。ギルドに行かなくても、依頼が変更できるのだろうか。




『キィィィ〜ッ!!』


 突然、耳がおかしくなるような悲鳴のような叫び声が聞こえた。僕だけでなく、この場にいる全員が耳を塞いだ。


「な、何だ!?」


「バケモノが襲ってきたのか」


 この場にいる貴族達は、剣に手をかけた。王宮の兵は、ビビっているようだけど、命令があるまでは動かないか。


 だが、バケモノではない。この感覚は妖精だ。誰かに召喚されたのだろうか。



「やはり、おまえか。バンシーの飼い主は」


 ゼクトさんが、警戒を強めた。誰に言ったんだ?


 バンシー? あぁ、闇属性の妖精だっけ。僕は会ったことがない。この世界にいるのだろうか。影の世界に棲む妖精だと思っていたけど。




『何か、用かい?』


 長い黒髪がコワイ……。緑色の服に灰色のマントを着た女性が現れた。目が真っ赤に光っている。


 国王様が召喚したのか。


 メリノスに化けた僕の目には、バンシーと国王様を繋ぐ契約の光が見える。



『バンシー、北の海に行ってきてくれないか?』


『なぜ? 私は死人にしかつかないよ。魚は嫌いだね』


 国王様は、念話を使っているのか。僕には聞こえるんだけどな。


『北の海には大陸がある。氷の神獣と話をしたいんだ』


『あの獣は、やめておきな。怒り狂っているから、話なんてできないよ』


『なぜ、怒っている?』


『さぁ? 知らないね』


 国王様は、精霊使いのスキルがあるのか。支配精霊は、名持ち妖精のバンシーってことかな。


 ゼクトさんが、彼のスキルを集める手伝いをしたなら、名持ち妖精を支配することも可能か。だけど、今のゼクトさんの口ぶりでは、知らなかったみたいだけど。



『じゃあ、それを尋ねてきてくれよ』


『嫌だね。私には、あんな獣に近寄る力はないよ』


『影の世界から行けばいい。どこでも自由に出入りできるだろう?』


 国王様にそう言われても、バンシーは黒い髪を不気味に揺らして、拒否している。契約関係があっても、命じるチカラはないのか。



 突然、赤い目が、僕に向いた。怖っ。睨まれるだけで、心臓がドクリとおかしな動きをした。死人につくとか言っていたけど……死を呼ぶアンデッドとも言われていたっけ。


『なぜ、死なない? 白い髪のメリノス』


 バンシーがそう言うと、国王様が慌てて僕の方を振り返った。


 その次の瞬間、バンシーの体から、闇のオーラが立ち昇った。だけどすぐに、かき消されるように、そのオーラは消えていく。


『バンシー、やめなさい!』


 国王様がそう命じた。だがバンシーの目は、より強く赤い輝きを放つ。だけど、さっきのような不快感は感じない。


『なっ……バケモノか!!』


 いやいや、キミの方がバケモノじゃん。


 国王様がオロオロとし始めた。契約精霊をキチンと制御できないのか。



「国王様、どうされました?」


 配下の兵が慌てている。そうか、彼らにはバンシーの姿は見えないし、この念話も聞こえていないんだ。


 ただ、国王様が慌ててキョロキョロしているように見えるのかな。奇行かと焦るよね。



 ぷぅちゃんが見せているのか、フロリスちゃんには見えているようだ。バンシーの姿に怯えている。


 ララさんとゼクトさんも、見えるようだな。この二人は、まぁ、当然か。



 影の世界の住人達がじわじわと動いていく。その視線は、僕を威嚇するバンシーに向いているようだ。巻き込まれないようにとの判断だろう。そろりそろりと逃げていく。


 集まっていた数十人が離れると、空の三日月形の出入り口は、完全に閉じたようだ。影の世界の住人が、閉じないようにしていたのかもしれないな。



『バケモノだ、バケモノだ、髪の色を偽っているのか?』


 黒く長い髪を振り乱して、赤い目のバンシーが叫ぶ。怖すぎる……。だけど、彼女は、僕に怯えているのか。




「ヴァン、大丈夫か? 見えるか?」


 国王様が、バンシーが僕に近寄ろうとするのを必死に制して、話しかけてきた。


 僕は、スゥハァと深呼吸をした。よし、落ち着いてきた。国王様が支配精霊を制御できていないことは、隠してあげないといけないよな。



「国王様、見えていますよ。極級精霊使いですか。バンシーと契約されているなんて、驚きました」


 僕が話すと、国王様は明らかにホッとしている。彼の感情が伝わってきた。そうか、バンシーは、これまでに何人も殺しているのか。


 バンシーには殺すという感覚はないらしい。影の世界に引っ越しをさせるというくらいに軽く考えている。


「そうなんだけどね。じゃあ、もしかして聞こえたかな」


「はい、妖精の声は聞こえますよ。彼女は、僕のこの姿を恐れているみたいですね」


 僕は、長く使っていた変化へんげを解除した。



「ヴァン、姿を戻しては……」


「大丈夫です。彼女を怖れて、影の世界の住人が離れましたから。さすが、名持ち妖精ですね」


 僕がそう言うとバンシーは、赤い目でニマァッと笑った。



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