425、黒石峠 〜若き国王フリック
「ヴァン、彼らにも理解できるように話してくれ」
国王様にそう言われて、僕は頷いた。
「まず、いま僕がこの姿をしているのは、皆さんを欺くためではありません。影の世界からこの光景をジッと見ている人達がいるためです。メリノスを恐れて、彼らは様子見をしている状態です」
僕がそう説明すると、貴族達の表情が変わった。不満げだった表情は、一気に警戒に変わっている。
だが、僕の名前だけでは、まだ弱いか。なぜ貴族でもない者の意見を聞かせるのかと、国王様へ不信感を持つ人もいるようだ。まだ若い国王だからか。
「みんな、ビビらなくても大丈夫だよ〜。魔女っ子3人もいるし、天兎もいるし、私もいるよ〜」
ララさんがそう言うと、逆に騒がしくなった。王都から離れた黒石峠に、まさか彼女が居るとは思わないのか。いや、そもそも、彼女が暗殺貴族アーネスト家の当主だとは、知られていないのかもしれない。
すると、ゼクトさんが口を開く。
「おまえら! この女は、王族出身のアーネスト家の当主だぜ? よく騒いでいられるな」
「ちょっとぉ〜、ゼクトちゃん、私の家の名前は言わないでよぉ〜」
ゼクトちゃん? ちゃん呼びしてる!
すると、貴族達は、シーンと静まり返った。ゼクトさんのことを、ちゃん呼びする彼女に驚いたのか?
「あーん、師匠〜! なんだか変な雰囲気になっちゃったよぉ〜」
「皆さんは、ララさんのことを知らなかったのかもしれませんね。でも、ここに集まっている戦力に、安心されたんじゃないかな」
「ふぅん、それならいいの〜。ついでに黒い天兎も呼んじゃえば? 堕天使でしょ? 竜神様の子達にも会えなかったの〜。雷獣とお散歩に行っちゃってて〜」
あれ? ララさんは、まだ会ってなかったのか。黒いモフモフと白いポヨンポヨンを触りたいんだろうけど……。
貴族達の表情がガラリと変わった。僕が堕天使の主人だとわかり、やっと僕の話を聞く気になったらしい。
「ララさん、あの、話を戻してもいいですか」
「えっ? うん、いいよ、師匠〜」
ララさんが僕を師匠呼びすることで、ますます静かになったような気がする。貴族ってほんと……苦手だな。
「僕が提案したいのは、神矢の活用です。神からのギフトは、この世界を豊かにするための物なはずですから」
話し始めると、貴族達はさっきまでとは桁違いに、真剣に話を聞いてくれる。
「ヴァン、具体的な案は、もう描いてあるのか?」
国王様は、僕の話を誘導しようとしているのか。メリノスの姿でいると、言葉に込められた僅かな悪意も見えてしまう。
「はい、既に影の世界からこちらに入り込んでいる人は、この世界の住人を乗っ取って、人間の姿を得ています。そうしなければ、この世界に入り込めないためでしょうが、乗っ取られた人は魂が朽ちてしまう。これは、スキルの青い神矢を使えば解決すると考えました」
すると国王様は大きく頷いた。ここまでは、彼の考えも同じらしい。だけど、その方法は違うようだな。ゼクトさんは、正確に理解してくれているはずだ。
「神矢のスキルによって、異界の住人には兵となってもらうわけだな。覇王持ちが支配すれば安全だ。この世界の姿を保ちつつ、自由に活動ができる。スキルを使い続けることにより魔力を消費するから、派手なことはしないだろう」
はい? スキル『兵』?
ゼクトさんの方を見ると、うんざりとした顔をしている。そうか、国王様は、影の世界の住人を自分の兵にできると考えたのか。
「国王、おまえ、相変わらずな腹黒だな。ヴァンは、そんなことは言ってねぇよ。確かに、魔物に『兵』の神矢を取り込ませて、兵を増産していた時代はあったらしいがな。ヴァンが言っているのは、『道化師』の神矢だ」
僕が言葉を探している間に、ゼクトさんは、国王様にバシッと反論してくれた。
「道化師? それが何の役に立つ?」
国王様は、知らないのか。
あー、そういえば、道化師の超級の神矢は、海竜が独占しているよな。以前、海竜の島で、僕もマリンさんから、変化ができる超級の神矢をもらったんだ。
だから、スキル『道化師』の本当の凄さを知らないんだ。みんな、着替えや玉乗りくらいしか知らないか。
「国王様、僕はいま、スキル『道化師』の変化を使っています」
「えっ? 道化師? 魔獣使いの特殊なレア技能ではないのか」
やはり国王様は、そこを知らなかったんだ。
「これは『道化師』超級から使える技能です。この大きなメリノスの姿は、極級にならないと無理ですが」
「極級の道化師なんて、聞いたことがない」
「フン、俺は教えたぞ、国王。くだらないスキルだと鼻で笑っていたくせに、覚えていないのか?」
ゼクトさんにそう指摘され、国王様は何かを思い出したらしい。ハッとした表情を見せた。
「俺も、ヴァンの言葉で気づいたばかりだから偉そうなことは言えないが、これを神は想定していたのだろう。『道化師』の神矢だけは、すべてのモノが吸収できる。俺の中では長年の謎だった」
そうか、魔物には吸収できないスキルの神矢もあるんだっけ。すべてのモノということは、霊体でも可能なんだよな?
「ゼクトちゃん、幽霊も吸収できるの〜?」
「あぁ、すべてのモノだからな。この世界で暮らしたい影の世界の住人に、道化師の神矢を集めさせればいいんだよ。そうすれば、人の姿に化けられる」
「でも、餌やりしなくっちゃ〜」
そう言うと、ララさんは僕に木いちごのエリクサーを放り投げてきた。僕は、手でキャッチして口に放り込む。うわぁ、めちゃくちゃ回復している。
「異界の住人が、この世界の人間に化けても、たいして魔力は消費しないぜ? 特異なモノに化けるから魔力を使うんだ」
「ふぅん、じゃあ、幽霊が魔物に化けちゃうかもね〜」
確かに……なりきり変化を使わせるのは危険か。
「おまえなー、街の中で魔物に化けたら、冒険者に狩られるだけだぜ? 魔物として暮らしたい奴は、それでいいんじゃねぇか」
「ふぅん、そっか〜。そだね〜。師匠〜、あたし達が影の世界に行くときは、どうするのぉ? 幽霊に化ける?」
ララさんは、行く気だ。
「そうですね〜、影の世界のルールに従うべきだと思います。強い魔物が多そうだから、荒らしに来たとわかると、簡単に始末されるかもしれません」
「いや〜ん、本物の幽霊になっちゃう〜」
「影の世界には、この世界から紛れ込んだ人が集まる集落があるようです。行くとすれば、まずはその集落からかな」
フロリスちゃんの母親サラ様がいるかもしれない。だけど、その話はできない。変に期待をもたせて……失望させたくない。
すると、国王様が口を開く。
「それならば、この世界にも、影の世界の住人の集落を作るか。検問所を設けて、この世界に害を与えない者のみ、その集落から出ることを認めれば良い」
確かに、良い考えだ。
「おまえなー、害を与える奴はどこにでも居るだろーが。腐った神官家をなんとかしろよ。それから、悪意ある者が影の世界に行くと、闇に取り込まれるぞ。戻って来られなくなるかもな」
ゼクトさんの言葉で、コソコソと野望を口にしていた貴族達が黙った。影の世界にも屋敷を作りたいらしいけど。
「ふむ、だが、異界との出入り口には検問所が必要だ」
国王様としては、当然そう考えるだろうな。どこからでも出入りできる人達が居ることを知らないんだ。
ゼクトさんは、それがわかっていて、フンと鼻を鳴らしている。
「その前に、ノレアの坊やの失敗の尻拭いもしろよ?」
「ヴァンに詫びろということか」
国王様は、強い口調で反論した。
「は? そんなくだらねーことじゃねぇよ。氷の神獣は、どうやら、影の世界に味方することにしたようだ」
「北の小島のテンウッドか? 奴なら、神の檻から出られないはずだが」
国王様の言葉には、テンウッドに対して何の警戒感もない。神獣の力を過小評価しているのか。
「おまえなー、人間掌握だけで国王が務まると思うなよ? 覇王持ちは、これだからダメなんだ」
国王様も、覇王持ちなのか。だから、異界の住人を自分の兵にできると考えたんだ。
「私は、王に選ばれたのだ。おまえは何が言いたい?」
ゼクトさんに覇王持ちをバラされたためか、国王様の表情からは、笑みが消えた。
「フリックちゃん、まだ反抗期なのぉ?」
ララさんの言葉で、彼は自分の表情に気づいたらしい。
「いや……」
国王様の言葉を遮るようにして、ゼクトさんが口を開く。
「テンウッドは、この世界を滅ぼす気だぞ。神獣の力をなめるなよ? フリック」




