423、黒石峠 〜ノワ先生の名前に驚く
「で、出た〜!」
王宮の兵達は、騒然となっていた。
「何が出たんだ? 幽霊か?」
ゼクトさんは、兵達をからかうようにそう言いつつ、警戒を強めている。
大きな魔物メリノスに化けている僕には、こちらへと歩いてくる3人の姿が見える。王宮の兵達は、それを阻止しようとしているようだけど、無駄な抵抗のようだ。
その3人は、僕の近くまで来ると、深く被っていたローブのフードを外した。その姿を見て、ゼクトさんは警戒を解いた。
「魔女だ! 3人の魔女だ!!」
「ひっ……どうする? アーネスト様の師匠殿をお守りせねば!」
王宮の兵達は、慌てている。僕達の関係を知らないのか。そもそも僕のことを知らないのかもしれない。
彼女達は、そんな王宮の兵達のことは、見えていないかのように無視している。何をしに来たのだろう?
「お兄さん、綺麗〜」
「バーバラさん、ありがとう。僕は、自分の姿が見えないんだけど、メリノスかな?」
「はい、メリノスです。しかも白髪ですね。カッコいいです」
ポッと頬を赤らめる彼女の表情は、やっぱり少女だよな。出会ってから2年だから9歳か。見た目は年配の女性なんだけど。
人工的に造られた変異種だから仕方ないのかもしれないけど、バーバラさん達の見た目をなんとかしてあげたい。彼女達は年齢も感覚も少女なのに、年配の女性なんだよな。
「ヴァンくぅん、誰?」
背に乗せているノワ先生が口を開いた。高い場所からだと、彼女達の姿は見えないかな。
「僕の……デネブの小屋の管理をしてくれているバーバラさんです。他の二人は、バーバラさんのお姉さん」
あやうく従属だと言いそうになってしまった。彼女達は、土ネズミの変異種だ。だけど、その素性はあまり知られていない。すべての魔法を操る魔女だと恐れられている。
「ふぅん、ヴァンくんの使用人なの。あたしは、ヴァンくんがお子ちゃまクラスだったときの先生なんだよぉ〜」
ノワ先生は、割れない透明なゴム玉から手を出して、彼女達に向けてひらひらと振っている。
「知っていますよ、ノワ・ブロッコ・アーネスト様。バルト・ブロッコ・アーネスト様は、私が幼い頃にお世話になりました」
はい? いま、アーネストって言った!? ララさんの子孫?
バルトさんは王都で有名な薬師の一人だ。ブロッコという家名は知らないけど。
「うん? あたしはブロッコだけど、アーネストじゃないよ? あー、アーネストってば……」
ノワ先生は何かに気づいたのか、口を閉ざしてしまった。透明なゴム玉の中で一緒にいるフロリスちゃんは、不思議そうにしている。
僕が振り向いて見ていることに気づくと、フロリスちゃんは怖がるんだよな。メリノスは頭も大きいし、怖いか。僕の髪を掴むことは平気みたいだけど。
天兎のぷぅちゃんも、いつの間にかゴム玉の中に入っている。白い天兎の姿に化けているから、小さすぎて気づかなかった。
ぷぅちゃんをゴム玉に入れたのは、ゼクトさんだろう。いま、ゴム玉の支配権はゼクトさんにある。
プライドの高いぷぅちゃんが、どう言ってゼクトさんにおねだりしたのかな。ふふっ、少し興味がある。
「バーバラさん、ここにはどうして?」
僕がそう尋ねると王宮の兵達が、静かになった。彼らも、魔女が現れた原因を知りたいのだろう。
「お兄さんが困っているって聞いたから」
誰から聞いたかは、尋ねないでおこう。王宮の兵達の視線が気になる。
「うん? そう、だね」
だけど、どういう意味だ? 土ネズミの彼女達は、普段とは違ってローブ姿だ。まさか、戦うつもりじゃないだろうな?
彼女達を狙ってか、突然、黒い巨大なネズミが現れた。人間ほどもある大きな黒いネズミだ。
すると、ベーレン家の神官服をいつも着ていた一番戦闘力の高い土ネズミが、炎の剣を作り出した。
「ちょっと、待ってよ。キミ達」
僕がそう言うと、魔女は止まった。僕の覇王効果が拡張されているからな。
黒い巨大なネズミは、僕を睨みつけている。だけど王宮の兵には、そのネズミが見えていないらしい。影の世界のネズミか。
こんな姿だと、黒いネズミは悪霊にしか見えない。だけど、おそらくまだ若いネズミだ。反抗期の子供のような目をしている。あー、魔女達と、同じくらいかもしれないな。
見た目が……あっ!
そうか、互いに恐れているだけか。互いに疑心暗鬼になって、悪い方へと進んでいるのか。
そもそも完全に分ける必要はないよな? そうだ、分けなければ戦乱も起こらない。この世界が崩壊することはないはずだ!
「この姿をしていると、いろいろなことが見えてきたよ」
僕は、黒い巨大なネズミに話しかける。すると、睨んでいた奴は、キョトンと首を傾げた。ふふっ、やはりそうか。
「お兄さん、どうしたの?」
バーバラさんは、僕の視線の先を追い、不安げな表情だ。
「バーバラさん、そしてお姉さん達、来てくれてありがとう。おかげで、僕はいいことを思いついたよ」
「えっ? 私達は……お兄さんがここから動けなくて困っているから……」
やはり、戦うつもりだったか。だがそれは、下手をすると戦乱のキッカケになってしまう。
「ヴァン、こっちを向け」
ゼクトさんに呼ばれて振り返ると、またりんごのエリクサーを口に放り込まれた。ガツンと魔力が回復する。
「めちゃくちゃ減ってましたね」
「あぁ、ククッ、俺はおまえの餌やり担当か? 執事、おまえのとこの当主を呼んで来い」
ゼクトさんはバトラーさんに、そんなことを言っている。僕がこれから話そうとしたことを察したのかな。
「ゼクトさん、それならもう、あちらに」
バトラーさんは、この広場に降りる階段の方を指差している。階段の上の道には、たくさんの人の姿が見える。次々に転移してきているようだ。
僕が視線を向けると、警戒し騒ぐ人達……。やはり、僕が人間だとは気づいていないか。
スキル『道化師』の変化は、本当にバレないよな。これなら、やはり、使える。
「ゼクトさん、神矢のリクエストって、トロッケン家だけにしかできませんか?」
僕がそう尋ねると、ゼクトさんはニヤッと笑った。
「いや、神矢ハンターにも可能だ。だが、天兎を経由するから時間はかかる。あー、ぷぅ太郎をおつかいに行かせればいいんじゃねーか?」
「じゃあ、ぷぅちゃん……」
「断る!!」
フロリスちゃんの腕の中で、天兎は僕を睨みつけている。ぷぅちゃんにも、黒いネズミが見えているようだな。だから、フロリスちゃんの腕の中に飛び込んでいるのか。
「ぷぅちゃん、そんなこと言わないの」
「コイツは、つまらないことしか言わない」
フロリスちゃんに叱られても、小声で反論している。よほど嫌なんだろうな。
「神矢がどうしたんだ?」
「痛っ」
僕のすぐそばに転移してきて、髪を引っ張る女性……。その彼女を護衛代わりにして、まさかの国王様が転移してきた。
王宮の兵が一斉にかしづく。
「師匠〜、あたしもゴム玉に入りた〜い」
緊張感のない声で、僕の髪を引っ張る女性……。
「えっ? このメリノスがヴァンなのか?」
国王様は、目を見開いている。ゼクトさんがメリノスと話していると思ったのか。
「フリックちゃん、何を当たり前なこと言ってんの〜? そんなことより、師匠〜、その白いモフモフ触りたいよぉ〜」
ララさんにロックオンされ、天兎のぷぅちゃんは固まっている。ふふっ、面白い顔だ。
「ララさん、その前に……この状況、見えてます?」
一応、確認してみる。
「うん? 師匠がメリノスに化けてて、背に女の子を乗せてて、魔女っ子が3匹いて、フリックちゃんの下僕がいっぱいいて、貴族がなぜか集まってきてて……んん? 悪霊のデカネズミがいるわね〜」
「影の世界から、ジーッと睨まれてるのも見えます?」
「閃光弾を使えば見えるよぉ〜。使おっか?」
「いや、それはやめてください。異界の住人が怯えますから」
「ふぅん、わかった〜。メリノスなら見えるよね〜。ふたつの世界を繋ぐモノだもん」
えっ? そうなのか? メリノスのことは、僕は知識としては、ほとんど知らないんだよな。
「ヴァン、神矢がどうした?」
国王様が、再び問いかけた。僕を見上げている。僕が見下ろす形だけど、大丈夫なのかな。
「国王様、見下ろす形で失礼いたします」
「構わぬ。メリノスと話せることに、私は心が浮き立つようだ」
いや、メリノスじゃなくて、ヴァンなんですが。
「フリックちゃん、何を言ってるの〜。メリノスは、メリノスじゃなくて師匠だよ?」
おぉ〜、言いたいことを言ってくれた! 以心伝心だな。




