419、黒石峠 〜銀色の棒を異界に置いておく
ゼクトさんに、変化が解除できないと身振りで伝える。すると、彼は僕にポーンと、りんごのエリクサーを放り投げた。
僕は、口を開けてキャッチし、奥歯で噛み潰す。だけど、味を感じない。味覚がおかしくなっている。だが、魔力はグンと回復したようだ。
「もう、戻れるだろ」
ゼクトさんにそう言われ、僕は変化を解除してみる。
できた!
カランカランと、さっきの銀色の棒が地面に落ちた。
「ふぅ、焦りました。戻る魔力がなかったんですね」
「その鎌が吸い取っていたんだろ」
「鎌? あっ、棒ですか?」
「ククッ、それは死神が持つ鎌だぜ? おまえは、羽を破られてキレて、ヤバそうな何かに変わったぞ。振り向いたらドクロ顔だったから、ビビったぜ」
「えっ……ドクロ? あ、だから、声が出ないし味がわからなかったんだ」
地面に転がっている銀色の棒は、ただの棒にしか見えない。拾おうとすると、ゼクトさんに止められた。
「ヴァン、触れるとまた魔力を吸われるぞ。それはここに置いておけ。魔物が近寄らない」
「はい、わかりました。でも、変化を解除したのに、なぜ武器が残ったんだろう」
「死神の鎌は、生きている人間の魂を刈ると言われているが、異界の住人に使えば消滅させるみたいだな。その鎌が、異界の住人を吸収するのかもしれねぇな」
「あっ、異界の住人のエネルギーを吸収したから、変化を解除しても残っているのかな」
「だろうな。おまえ以外が触れると、命を取られるぜ。危機探知系のスキルが、俺に警戒を促してうるせーよ」
えっ? どこにでもありそうな銀色の棒なのに、危なすぎる。
「ここに置いておくのは危険じゃないですか? こんな、ただの銀色の棒なんて……危機探知ができない人は、うっかり触ってしまいそうです」
「は? どこがただの棒なんだ? まがまがしいヤバそうな黒銀色の巨大な鎌じゃねぇか」
ただの棒でしょ? ゼクトさんには特殊なスキルがあるから、そう見えるのか。
バトラーさんの方を見てみる。
「ヴァンさん、私も、近寄りがたい巨大な鎌に見えます。死神の落とし物か、もしくは何かの罠に見えますね」
「僕は、死神様の姿だったんでしょうか?」
「さぁ? 死神に会うのは死人ですから、私にはわからないですね。魂を刈る死神の鎌は、国宝として王宮にあるそうですが」
バトラーさんの説明で、僕は納得した。だから死神の鎌は知られているのか。僕も子供の頃に、魔導学校で絵を見たことがある。
僕は、軽く頷いておいた。
「ヴァンく〜ん、ヴァンくんだよね? あたしの生徒のヴァンくんだよね? ね? だよね?」
ノワ先生は、なんだか様子がおかしい。ドクロの顔にショックを受けたのかもしれない。
「ノワ先生、僕はヴァンですよ。さっきのはスキルですから……」
「それならいいの。うん、いいの」
全然よくなさそうだけど。
「ノワさん、貴女もそろそろ自立するべきではないですか。いつまでも、このままというわけにはいきませんよ」
バトラーさんが含みのあるような言い方をしている。ノワ先生は、何か問題を抱えているのだろうか。
「あたしは、ずっとファシルド家の薬師でいいもん。バトラーさん、あたしを追い出さないよねぇ?」
「私にはそんな権限はありませんよ。ですが、望まれているうちに選ばないと、何年後かに後悔することななるかもしれません」
「大丈夫よぉ〜。もしもの場合は、ヴァンくんがいるもん」
何の話だ? 薬師の弟子は、これ以上は要らないんだけどな。まぁ、ララさんの師弟ごっこは、すぐに終了しそうだけど。
「ノワさん、ヴァンさんは既婚者ですよ?」
「ええ〜っ? どうゆーこと? あたしより若いのに、ひどくない?」
「以前から、婚約されていましたよ?」
ノワ先生は、頭を抱えて座り込んでしまった。話がイマイチわからないけど、彼女は複数人から求婚されているのだろうか。
確かに僕は、ずっと前から、神官様の婚約者だったよな。なんだか懐かしい。あれは、婚約者のふりだったけど……彼女とは、いろいろとすれ違った。
今となっては、気恥ずかしい思い出だ。バトラーさんにも、僕の情けない面をたくさん見られてしまったよな。
異界を照らす閃光弾の光が弱くなってきた。
ゼクトさんは、さっきから何かをずっと探しているようだ。バトラーさんは、ノワ先生が不安にならないようにと、彼女の気を逸らしているような気がする。
「ヴァン、やはり、上から出るしかねぇな」
ゼクトさんは、空を指差している。彼が指差しているのは、三日月形に裂けた穴か。閃光弾が弱まっているから、ここからではよく見えない。
「ゼクトさん、この付近の魔物は?」
「ククッ、おまえに怯えて、逃げていったままだぜ。おまえが腕を切り落としたバケモノは、この付近のヌシだ。だから、絶対に戻って来ない」
「仲間を連れて復讐に来たり……」
「この辺には、頼りになる仲間なんていねぇだろ。鎌をここに置いている限り、絶対に来ない。だから、あの穴もそのうち塞がるだろうな」
「デュラハンが空けたんですよね?」
「あぁ、ここにバケモノが集まりすぎていたんだろう。外から悪霊達が呼んでいるからな。あとは、外の奴らの掃除だな」
だけど、そう言いつつゼクトさんは動かない。何かを待っているのだろうか。
「きゃあ〜、真っ暗よぉ〜」
閃光弾の光が完全に消えた。すると、ゼクトさんが魔道具を操作した。灯りを用意していたようだ。もしかすると、暗くなるのを待っていたのか。
「よし、ヴァン、そろそろ出るぞ」
「閃光弾の光が消えるのを待っていたんですね」
「あぁ。外からまる見えだったからな。俺達がここから出ようとすると、邪魔が入るだろ」
邪魔? 悪霊が邪魔をするのか?
「なるほど、ゼクトさんはご存知でしたか。私達は、どうやら、ハメられたみたいです」
バトラーさんがそう静かに言うと、ノワ先生は泣きそうな顔になっている。
「ふぅん、天兎の主人は、成人する前に殺したいだろうからな」
えっ? フロリスちゃんが狙われたのか。
「私達が、洞窟に入って薬草を探していたときに、魔道具を投げ込んだ者がいるようです。洞窟は崩れなかったのですが、しばらくすると急に地面が割れて、何かが噴き出してきて……」
「薬草なんかを、なぜ黒石峠の洞窟に探しに行ったんだ? 陽の当たらない場所に生える薬草なんて、この黒石峠にはないはずだぜ」
ゼクトさんがそう尋ねると、バトラーさんは表情を歪めた。話しにくいことらしい。
「ごめんなさい〜。あたしが、黒石峠にあるかもって言ったから……」
ノワ先生は……大泣きだ。なるほど、誰かに何かを吹き込まれたのか。
「ノワさん、行くと決めたのはフロリス様ですから」
バトラーさんがそうなぐさめても、ノワ先生の涙は止まらない。ほんと、誰でも信用するから……まぁ、それが彼女の良いところでもあるんだけど。
「ヴァン、泣く子も笑うようなモノに化けろよ」
また、ゼクトさんは無茶振りだよね。スキル『道化師』は極級だから、芸ならできそうだけど……異界でふざける気にはなれない。
「ゼクトさん、また飛びたいんですか」
「ククッ、玉なら俺に任せろ」
「三日月形の穴の大きさは、わかりますか」
「わからねー」
ニヤッと笑うゼクトさんは、絶対、わかってるよな。まぁ、適当でいいか。
「ヴァン、穴から出たら、すぐに戦えるようにしておけよ?」
「うん? 悪霊くらいしかいませんよね?」
「悪霊よりタチの悪い人間がいるはずだ」
「えっ? フロリス様は大丈夫なんですか」
「天兎が隠している。だが俺達が出ていくと、あの少女の居場所がバレるだろ」
確かに、フロリスちゃんは、ノワ先生やバトラーさんを心配しているはずだ。きっと、飛び出してくる。
「バトラーさん、ここに一緒に来た護衛は何人ですか」
「フロリス様付きの護衛1人と、派遣で来ている護衛2人です」
「その護衛3人は、異界には落ちてないんですよね?」
僕がそう尋ねると、バトラーさんの表情は曇った。
「フロリス様付きの護衛も……。もう半年ほど、真面目に働いてくれていたのに」
バトラーさんの口調から、護衛にハメられたのだと伝わってくる。信頼していたようだ。
「ヴァン、そろそろ出ようぜ」
ゼクトさんが僕の口に、りんごのエリクサーを押し込んだ。何かを察知したのか、空を、気にしているようだ。
僕は、スキル『道化師』の変化を使う。空の裂け目から脱出できる飛べる何か。そして、すぐに戦闘に切り替えられるようなモノ……。
ボンッと音がして、僕の視点は高くなった。




