418、黒石峠 〜派手にいこうぜ!
異界を照らす閃光弾に目が慣れてくると、僕は、驚きで声が出なくなった。
「ひっ」
ノワ先生も小さな悲鳴をあげ、そのまま固まってしまったようだ、バトラーさんは、この光景がわかっていたのか冷静に見える。
ゼクトさんは剣を抜いた状態で、僕の方を見てニヤニヤしているんだよな。
「何ですか」
「あぁ? ヴァンが何に化けるのか楽しみだと思ってな、ククッ」
はぁ、子供かよ。
だけど、このゼクトさんの言葉のおかげで、少し落ち着いてきた。僕は再び、閃光弾に照らされた影の世界に視線を移した。
目に映るモノは、すべて大きな黒いバケモノだ。奴らには閃光弾の光がわからないのだろうか。僕達の方を見ていない。眩しそうな奴もいない。
奴らは、一点を見つめているようだ。僕には何も見えないが、何かいるのだろうか。
「ヴァン、あの先に、浅い地下水脈から出てきた悪霊が溜まっているみたいだ。異界のバケモノ達を呼んでいる」
ゼクトさんは、黒いバケモノが見つめる場所を指差している。
「あの先は、僕達の住む世界なんですね」
「あぁ、だが、あそこからは出られないぞ。うっかり裂くなよ? せっかくデュラハンがつくった層が無駄になる。巨大な魔物を通さないための層だ」
あー、ジグザグの岩盤板か。岩盤板の並ぶ先の空に、ぽっかりと三日月形の穴が空いている。あそこからバトラーさんとノワ先生が落ちたのか。
三日月形の穴はじわじわと上に動いているように見える。デュラハンが動かしているのだろうか。
「ゼクトさん、穴が動いています」
「あぁ、異界との出入り口は動くもんだ。地面からあの高さまで上がったのだろう。出入りがなければ自然に閉じる仕組みらしいぜ」
「えっ、閉じ込められませんか」
「ククッ、この二人だけなら閉じ込められて餌になるだろうが、俺達がいるんだぜ?」
ゼクトさんは親指を立てて見せた。ノワ先生を落ち着かせようとしているのかな。
「さぁ、ヴァン、早く化けろよ」
「ゼクトさん、僕が闇ってどういうことですか」
「俺が光を使うからだ。異界の魔物が混乱するだろ?」
「意味がわからないです」
「ククッ、アイツらは、光を使う敵には光耐性のシールドを張るんだ。逆に闇を使う敵には、その闇が深い方が勝つから闇を濃くしようとする。光耐性は闇には弱く、闇を濃くした奴は光に弱い」
「なるほど、わかりました」
僕は、念のために木いちごのエリクサーを食べた。あー、やはり魔力は減っていたな。結構回復した。ゼクトさんも手をひらひらさせるので、木いちごのエリクサーを渡した。
「ヴァン、これ、イマイチなんだけどな」
そう言いながらも、彼は口に放り込んでいる。ゼクトさんは、このドライフルーツのような味が嫌いなんだよな。だけど、魔力タンクまで全回復する。
いつもなら他のを寄越せというけど、今回は素直に食べている。やはり、この場所はそれほど危険なんだ。
「執事にも渡しておけ。ヴァンが魔力切れになりかけたら、補給する役だ」
「私なら持っていますよ。ヴァンさんの木いちごのエリクサーは、旦那様が見つけるたびに買い占められますので」
えっ……ファシルド家の旦那様が? 武術系ナイトの貴族なのに? 魔術系に渡さないためだろうか。
「ふん、貴族がそんなことばかりするから、なかなか流通しねーんだよ。ヴァンの魔力量の変化を見ておけよ。サーチ系の技能はあるよな?」
「かしこまりました。お任せください」
バトラーさんの余裕の笑みに、ノワ先生はポカンとしている。僕も、バトラーさんのそんな技能は知らなかった。
「ククッ、ヴァン、魔力は気にせず、派手にいこうぜ。この場所に近寄ると危険だと、異界の奴らを恐れさせる必要がある」
「わかりました」
僕はスキル『道化師』の変化を使う。闇、闇、闇……異界の魔物が恐れるような闇……。そうイメージすると、ボンッと音がして、僕の視点はほんの少しだけ高くなった。
なんだ、これ?
自分の身体を見ると、黒っぽい何かに巻かれているように見える。ミイラだろうか? 手がない? 手を動かそうと力を込めると……。
バサッ
えっ? 羽? 手は細くて短い。胴体がぷっくらとしていて足が見えない。
「ヴァン、おま……」
僕が羽を広げると、ゼクトさんは慌てて、バトラーさんとノワ先生に何かのバリアを張ったようだ。
「ヴァンくん? キレイ〜」
はい? ノワ先生がポワンとした顔で、変なことを言っている。バトラーさんがノワ先生に何かを飲ませた。
「ククッ、おまえ、やべぇ。それは予想外だったぜ」
「僕は、何に化けてます? 飛べそうですけど」
「それは、死蝶だな。異界でも数は少ない。あー、そうか。竜神のひとりが、死蝶を下僕にしているという噂もあったな」
「死蝶? 初耳です」
「だろうな。遭遇すると必ず死をもたらす蝶だと言われている。俺も、見たのは初めてだ。これだけ距離を取っていても、ヒリヒリするぜ」
「えっ……」
「ククッ、行くぜ!」
ゼクトさんは、黒いバケモノ達に向かって走り出した。
僕も、羽を動かす。すると、ふわふわと上昇していく。鳥の動きではない。ひらひら、ふわふわだ。だが、スピードは速い。
僕は、ゼクトさんを追い越し、巨大な魔物達に近寄っていく。これって、どうやって攻撃するんだ?
黒い魔物達の反応は両極端だった。
僕を見て、ポワンとした表情で固まる魔物が多いが、完全な戦闘モードに突入して濃い闇を纏う魔物もいる。
どうしようかな。
ゼクトさんの方を振り返ると、彼の服が変わっていた。鎧を身につけて、淡い光で覆っている。
「ヴァン、最高だぜ!」
そう言いつつ、ゼクトさんは、戦闘モードに突入した魔物を、光の剣で斬り裂いていく。
す、すごい。
ゼクトさんに対抗しようと、纏うモノを変えた魔物に僕は近寄っていく。すると、僕が上をひらひらと通っただけなのに、その魔物はドタッと倒れた。
何が起こっている?
僕は、とりあえず、ひらひらと魔物の上を通ることにした。すると次々と倒れていくんだ。
まさか、また、水辺の魔物ウォーグのときみたいに妊娠してないよな? 僕は全く声は出していない。
あっ、大丈夫か。この姿は竜神様ではない。よくわからない蝶なんだから。
ガンッ!
近寄りすぎたのか、後ろから殴られた。いや、羽を破られたのか。
『ピュラララ〜ッ!』
思わず、怒りから変な言葉を発してしまったが……。
あれ? 僕の身体が揺れる。何? 魔物に捕まれている? いや、違う上昇していく。何?
ボンッと音がした。
僕の姿が変わったみたいだ。羽はない。ローブを着ている? だけどゆらゆらと浮かんでいる。手には銀色の棒を持っていた。
よくわからないけど、武器が手に入ったんだ。
僕は、さっき僕の羽を破った巨大な魔物に近寄っていく。その魔物は、呆然として身動きができないように見える。
仕返しだ! 棒で殴ってやる!
僕は、魔物に棒を振り下ろした。
シュッ
魔物は簡単に……まるで影を切ったかのように簡単に切れた。そして、地面に倒れる前に、魔物は溶けてなくなった。
はい? 棒で切れるの?
僕は、地面に降り立った。
すると、魔物は恐怖に震えているようだ。巨大な魔物を切ったからだな。
「ヴァン、おまえ、大丈夫か?」
ゼクトさんから心配そうな声が聞こえる。だけど、僕の声は出ない。声が出ないことを身振りで知らせた。
「ククッ、そりゃそうだろ。その姿に声帯はねぇだろうからな。意識はあるな?」
コクリと頷く。
「じゃあ、仕上げるか」
ゼクトさんは、強い光の何かを魔物達に放った。魔物達は、瞬時に纏う何かを変えたようだ。
僕は、魔物達に向かって、棒を振り回す。
当たると魔物は、影のように簡単に切れて溶けるように消えていく。
ひときわ大きなドロドロしたモノを纏う魔物が、僕に向かってきた。僕の棒を避けて体当たりしてくる。だけど、僕には当たらない。というか、僕をすり抜けて後方に転がった。
その魔物をゼクトさんが、大剣で斬り裂く。
しかし、死なない。
魔物は、再び僕に突進してきた。僕は今度こそ、狙いを定めて棒を振った。
シュッ
棒は魔物の肩を切り裂いた。片腕が落ち、溶けるように消えていく。だが、魔物は消えない。腹を切らないと消えないか。
魔物は、僕をジッと睨んでいたが、くるりと向きを変え、走っていく。逃げたのか?
僕は追いかけようと、ふわっと浮かぶ。
「ヴァン、放っておけ。逃す方がいい」
僕は、スッと地面に降りた。
「ククッ、もういいぜ」
ゼクトさんにそう言われて、僕は変化を解除しようとした。
だけど、戻らない!?




