417、黒石峠 〜真っ暗なのは……
「困らせているかな。私が国王に就いたとき、精霊ノレア様は、一番にキミのことを話していた。親しい精霊師がいるとね」
国王様にそう言われても、返す言葉が見つからない。僕が精霊ノレア様と親しいだなんて、畏れ多いことだ。だけど、国王様の言葉に反論してもいいのだろうか。
「いえ、そんな……」
「そのせいでノレア神父が、キミに嫉妬しているようだね。今回の事態も、彼の嫉妬心から引き起こされた人災だ。彼に反省を促したいところだが、それも難しい」
「は、はぁ」
「フリックちゃん、何とかしなさいよね〜っ」
ララさんにそう言われて、国王様は困った顔をしている。だよな、無茶振りすぎる。
ピロリロピロリロ〜!
呼び出しのリングが大音量で鳴り響いた。薬師契約をしているファシルド家からの呼び出しだ。
「すみません、ちょっと失礼します」
僕は、国王様に頭を下げ、呼び出しのリングに触れた。
『ヴァンさん、聞こえますか』
余裕のない声だ。ファシルド家の執事バトラーさんの焦った声に、メイサさんと話していた神官様も振り向いた。
「はい、バトラーさん、緊急ですか」
『よかった。突然、地面が割れて何かが噴き出してきて、他とは全く連絡がつかなくなって……』
こんなに要領を得ない話し方のバトラーさんは、初めてだ。地面が割れた?
「バトラーさん、いま、どこですか」
『黒石峠です。フロリス様とノワさんと数人の護衛で来たのですが、フロリス様ともはぐれてしまいました。ヴァンさん、転移の魔道具を起動しても構いませんか』
『ヴァンく〜ん! 真っ暗なのぉ。助けて』
ファシルド家の専属薬師ノワ先生の声だ。真っ暗? 閉じ込められているのか。
「わかりまし……」
「ヴァン、ちょっと待て。俺も行く。黒石峠には、浅い地下水脈から湧き出す地底湖がある。その魔道具は……よし、起動しろ」
ゼクトさんは何かの術を使った。僕の腕をつかみ、ふわりと浮かんでいる。
「黒石峠? 随分と離れているが……」
国王様は、険しい表情を浮かべた。
北の海からは遠く離れたスピカの方にまで、地下水脈の汚れが広がっているということなのか?
「バトラーさん、もう大丈夫です」
神官様が心配そうにしている。フロリスちゃんには、天兎のぷぅちゃんがついているだろうけど。
僕は、彼女を安心させようと口を開く。だが、その直後、転移の光に包まれた。
◇◇◇
転移した場所は、黒い岩盤がせり立つ隙間のようだった。地面が割れたと言っていたが、ここは、割れてできた裂け目なのだろうか。
僕が火魔法を使おうとすると、ゼクトさんがそれを制し、灯りをつけてくれた。魔道具かな。
「ヴァン、状況のわからない状態で火を使うなよ」
「あ、はい、すみません。ここは……」
僕を呼び出したはずのバトラーさんの姿は見えない。ノワ先生が僕を呼ぶ声が聞こえてくる。だけど、妙に反響するんだよな。
「想像以上にヤバイぞ、これは」
ゼクトさんの表情は険しい。だが、彼は落ち着いている。
「どうなってるんですか。ここは、割れた地面の底ですかね」
「いや、割れたのは地面じゃなくて空だな」
「はい? 空が割れた?」
「正確に言えば、空間が裂けたってことだ。ここは影の世界だ。ファシルド家の執事や役に立たない薬師の孫は、異界に落ちたのだろう」
ちょっと待って。異界に落ちた?
「ゼクトさん、それってまさか、死んだってことですか」
「いや、異界に紛れ込んだということだ。どうやら、この付近にも、もともと悪霊の出入り口があっだのだろうな。それが、大きく裂けて広がったってことだ」
「ええっ……」
「黒石峠には、デュラハンのすみかがあるだろ? それなのになぜだ?」
確かにデュラハンと初めて出会ったのは、黒石峠の洞窟の中だ。まさか、デュラハンが空間を裂いた?
僕は、デュラハンの洞窟の場所を確認しようと、スキル『迷い人』のマッピングを使った。だが……。
「ゼクトさん、マッピングに何も表示されません」
「当たり前だろ。おまえは、異界の地図化のスキルは持ってないだろーが。自然にできるものは、基本的に同じだと思っておけばいい。街や集落は異なるがな」
「なるほど、わかりました。だけど、ここが黒石峠のどこなのかが……」
それを聞いても、僕は黒石峠の地図は頭には入っていない。だけど、デュラハンのすみかとの関連を確認したい。
「地底湖の付近だろ。最悪、エネルギーの爆発で穴が空く危険もあったようだな。デュラハンが切り裂いたみたいだ」
ゼクトさんは、黒い岩盤のようなものに触れて、何かを調べている。
「デュラハンが切り裂いた? ちょ、デュラハンのせいなんですか」
「ヴァン、落ち着け。デュラハンは、今や闇の精霊だ。妖精のときとは違った役割がある。切り裂いた空間には、幾重にも層ができているだろ? 様子を見ながら中のモノを外に出したみたいだぜ」
ゼクトさんは、灯りの向きを変えた。すると、角度の異なる黒い岩盤板のようなものが、空に伸びるように並んでいる。
確かに、何かを調整してあるように見えるよな。
ゼクトさんは、僕の腕を引っ張って歩いていく。彼が照らす光は、黒い岩盤に遮られるためか、あまり遠くまでは照らさない。
「とりあえず、アイツらと合流するぞ。あんなに騒いでいたら、妙なものを集めてしまう」
僕は、軽く頷いた。
ゼクトさんには、ノワ先生の居場所がわかるのだろうか。妙に反響するから、僕にはわからない。そもそも平衡感覚もおかしくなっているんだよな。
ジグザグと歩いていくと、バトラーさんが僕達に気づいた。ゼクトさんが一緒だとわかると、ホッとした笑顔を浮かべている。
「ヴァンくぅ〜〜ん」
彼女は、相変わらずだな。見当違いな方を向いて叫んでいる。
「ノワ先生、お久しぶりです。騒いじゃダメですよ」
僕が穏やかな声でそう言うと、彼女はパッと振り返った。うわぁ、大泣きしているじゃないか。血でも見たのだろうか。
「きゃあ、ヴァンく〜ん! 助かったわぁ」
突然、抱きついてくるノワ先生……。神官様が一緒じゃなくてよかった。
「ヴァンさん、こんなことで呼んですみません。他に手段がなくて……なぜか、ヴァンさんにだけは繋がったんです」
なぜ、僕だけ? チラッとゼクトさんの方を見ると、面倒くさそうな顔をしながらも、彼は口を開く。
「ファシルド家の執事、ここは異界だ。通信の魔道具が繋がるわけないだろ。ヴァンに繋がったのは、繋げた奴がいるからだ。おそらく雷獣だな」
「ええ〜っ!! 異界って、あたしは死んだのぉ?」
ノワ先生は、大混乱だ。
「うるせぇな、騒ぐなよ。異界の魔物が寄ってきている」
ゼクトさんがそう呟くと、ノワ先生は自分の口を手で覆った。だけど、叫び声は止められないらしい。
「とりあえず、ここから出るには……」
「落ちた裂け目から出ればいいが、このまま出るとついて来るか。はぁ、仕方ねーな。俺は光を使う。ヴァン、おまえは闇だ」
ゼクトさんの言ってる意味がわからない。闇って、闇属性の精霊を使うのか? それならデュラハンを……いや、違う気がする。
ゼクトさんは、剣を装備した。
「ファシルド家の執事、その役立たずの薬師と離れるなよ?」
「かしこまりました。ノワさんが邪魔しないように捕まえておきます」
「違う。その女は、簡単に取り込まれそうだから、見張っておけということだ。おまえが一緒なら入り込まねぇだろ」
ゼクトさんは、何を言ってるんだ? だけどバトラーさんは、ノワ先生の腕をつかんで頷いた。意味がわかるんだ。
「ヴァン、やり方は自由だ。ここに溜まっているのは、裂け目から出られない奴らだからな。掃除するぞ」
「ゼクトさん、全然わからないんですけど」
「ククッ、すぐにわかる」
ゼクトさんはそう言うと、ポーンと何かを上に放り投げた。ピカッと弾けたような強い光に、僕は目がくらむ。
「うわぁ……ちょ、これ、異界を照らす閃光弾を使ったんですね」
「あぁ、外の世界からも、まる見えになっている。フロリスお嬢様も、気づいたみたいだな。天兎が守っているから、異界には落ちていない」
「そっか、よかったです。ぷぅちゃんは、フロリス様しか守らないんですよね」
僕がそう言うと、ゼクトさんは少し意外そうな顔をした。
「ヴァン、何を当たり前のことを言っている? 天兎は主人のことしか守らないのは常識だ。お気楽うさぎは、おまえの意向を察して動くが、アレは目立ちたいからだぜ」
「あー、確かに……」
「ククッ、派手にいこうぜ!」
ゼクトさんは、剣を抜いた。
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