416、自由の町デネブ 〜認めてくれている!
突然の国王様の登場に、ギルドの職員さん達はカチコチになっていた。僕も、だけど。
ララさんは、国王様にラフレアの森で見聞きしたことを話し、北の海や大陸に関するミッションや、ラフレアの森の採取ミッションを、王宮名義で出させている。
すごい行動力だな。いや、すごい人と言うべきか。
国王様まで呼びつけるなら、所長のボレロさんを呼びつけたことなんて、もはや何の疑問も感じない。
「フリックちゃん、こっちに来て〜」
ララさんは、僕に依頼票を渡しにくると、ギルマスと話している国王様を気軽に呼んでいる。
渡された依頼票には、Aランク以上の冒険者への緊急ミッションが書かれてあった。各地の地下水脈の調査や、北の海の調査だ。緊急ミッションにしたのは、報酬を高く設定するためだろうか。募集人数もすごい数だ。
国王様は、チラッとこちらを見たけど、ギルマスと打ち合わせ中だ。いろいろと現状を尋ねているようだな。
「ヴァンが、ラフレアの花肉片を狩ってきて欲しいらしいぜ。ラフレアハンター限定ミッションだ」
そわそわしているララさんに、ゼクトさんがそんなことを言った。
「師匠の依頼?」
「あぁ、これから新たな薬を作る素材として、ラフレアの赤い花の花肉が必要らしい。ただの冒険者には、赤い花は狩れないだろ」
「確かに、冒険者がラフレアと交戦すると、ラフレアっていろんな派手な色になるんだよね〜」
ララさんの記憶は適当だな。空を泳ぐ赤い花の茎を切らなければ、変色することはないはずだ。
「おまえ、それでもラフレアハンターか? 花の変色は、茎の中を流れる猛毒を浴びることが原因だぜ」
「ふぅん、そんなの興味な〜い。それより、師匠のミッションって薬の素材だから、やっぱ弟子がやるべきだと思うの〜。オールスさんも来て〜」
ララさんの興味ないという発言に、ゼクトさんは口を開きかけたけど、反論を断念したようだ。彼女には、誰も敵わないよな。
だけどララさんが呼んでも、ギルマスも来ない。すると彼女は、カウンターの方へと戻って行った。
神官様とメイサさんは、ギルドの職員さん達と何か話している。ララさんのことを説明しているのだろうか。
「ヴァン、やはりアイツは、おまえの依頼を引き受ける気らしいな」
ゼクトさんは、少し得意げな表情だ。
「そうですね。でもラフレアの赤い花は、すべてが同じじゃないから、理性のある花は狩らない方がいいと思います。僕が行く方がいいのかな」
「おまえは、生花のまま狩れないだろ」
「うーん、スキル『道化師』の変化を使えば……」
「は? おまえが変な魔物に化けて、淫乱花が増えたらどうするんだ? 大量すぎるつぼみが一気に開く可能性もあるんだぞ。そうなると、王都はラフレアの花粉で壊滅する」
そっか。ラフレアの開花は、何がキッカケになるかわからないもんな。
確かに、大量のラフレアの赤い花が咲くと、すぐ近くの王都はあまりにも危険だ。ラフレアの花粉は、あらゆる状態異常を引き起こす。
「そうですよね。つぼみって放っておくと、どれくらいで開くのかな」
「さぁな。つぼみの目撃情報が何年も続いたこともある。確か、つぼみが10個くらいに増えていったから、森に近いエリアには、避難シェルターが造られたか」
「えっ? 10個で避難シェルター?」
「あぁ、ラフレアのつぼみは、あまり目撃されないから、見つけたときには、その10倍以上はあると言われているからな」
あー、だからララさんは、1,000個のつぼみがあると言ったのか。数えたかのような言い方だったけど。
「僕は、100個くらいのつぼみを見たから、その10倍ってことなんですね」
「は? その100個は、おまえのファンだろ? あの女が目視の範囲で1,000個くらいだと言っていたぜ。ラフレアの森全体なら、数千個のつぼみがあるはずだ。開花している花は、少なくとも数十個はありそうだな」
ゼクトさんは、さらりと何でもないことのように言っている。僕は、頭がクラクラしてくる。
「そんなにたくさん……ラフレアの森って、そこまで広かったでしたっけ」
「過度に心配するな。王都の横のラフレアの森は、ほんの一部だ。広いのはボックス山脈の方だからな」
ちょ、ボックス山脈?
僕は、スキル『迷い人』のマッピングを使う。王都の奥にはラフレアの森が広がっている。その範囲はうまく表示されない。
ラフレアの森は、ラフレアの株に土砂が堆積してできたと、デュラハンが言っていた。ラフレアの株は1つしか存在しないはずだ。
「ゼクトさん、マッピングを使ってみましたけど、ラフレアの森の大きさがわかりません。でも、その奥には、集落もあるし、ボックス山脈に隣接してませんよ?」
「ヴァン、ラフレアだぜ?」
「はい?」
僕が首を傾げると、ゼクトさんはククッと笑った。
「浅い地下水脈の底、かなりの範囲にラフレアは根を張っている。ラフレアは、ボックス山脈にも森を作っているぜ」
そうか、そうやって浄化しているんだ。それに、ラフレアは新たな種族を生み出す精霊系の植物だ。結界で仕切られたボックス山脈にも、ラフレアの森があるのは当たり前か。
「10倍のつぼみというのは、ボックス山脈のラフレアの森も含めた数なんですね」
「あぁ、そうだ。ボックス山脈のラフレアの森には、人間は近寄らないがな。あっちは主に魔物を喰ってる。地下茎で繋がっているが、王都の奥のラフレアとは見た目が違うぜ」
「人面じゃなくて、魔物の顔ですか?」
そう尋ねると、ゼクトさんは親指を立てた。褒められたようで、素直に嬉しい。
「じゃあ、ボックス山脈のつぼみは、気にしなくていいですね。数千個とか言われて、めちゃくちゃ驚きましたよ」
「だが、ヴァン。ボックス山脈の結界は、地下水脈まで届いてないからな」
ゼクトさんは話しにくそうだ。
「確かに、地上だけのような気もします。ボックス山脈から漏れ出た水の濁りが、荒野の水路に流れたこともあったし」
荒野のガメイ畑の水路に、毒が混ざっていたんだよな。随分と前のことだ。今は大丈夫だけど。
「ヴァン、そういうことだ」
「へ? どういうことですか?」
問い返すと、ゼクトさんはガクリとうなだれた。えーっと、呆れてる?
「おまえなー。ボックス山脈のつぼみも、地下茎をつたって、王都横に出てくることがあるってことだ。だから、おまえは、淫乱花を刺激するような変化を使うなよ?」
「なっ!? まじっすか」
「あぁ、まじだ。超級以上のラフレアハンターしか知らない知識だ。まぁ、王族は文献として伝わっているから、知っているか。ボックス山脈に、厄介なモノを神が閉じ込めたとき、ラフレアだけは行き来できるようにしたらしい」
「ラフレアが、新たな種族を生み出すからですか」
「あぁ、それに、ラフレアには浄化能力があるからな。しかし、今の状態はマズイ。ボックス山脈でも開花が進むと、強すぎる魔物が生み出されかねない」
「でも、人間が出入りしない場所なんですよね?」
「ヴァン、魔物は自由に動くだろ。ボックス山脈が今よりもさらに危険になるぞ」
た、確かに。
従属達の顔が浮かんだ。チビドラゴンは強いし、ビードロは逃げ足が速いからまだいい。だけどメリコーンなんて、完全に餌にされてしまう。
「そうなると、メリコーンはすぐに死にそうです」
「だろうな。にゃんにゃのは、餌だな」
ゼクトさんは、そう言ってフッと笑った。メリコーンのことを、にゃんにゃの呼びするんだよな。あの絶叫を思い出して笑っているのだろうか。
「ヴァン、ラフレアの状態によっては、ボックス山脈に狩りに行くぜ。そのときは、力を貸せよ?」
「は、はいっ!」
僕が即返事をしたら、ゼクトさんはククッと笑った。最近は、ゼクトさんに頼りにされている気がする。信頼されている気がする!
子供の頃から憧れていた伝説のハンターが、僕を認めてくれているんだ。
「おまえ、何をニヤニヤしてるんだ?」
「えっ? あ、いえ、何でもないですよ」
「ククッ、そうかよ」
ゼクトさんは、優しい笑顔を向けてくれた。まさか、バカだと思われてないよな?
「師匠〜っ! ぜーんぶ決まったよ〜」
ララさんが駆け寄ってきた。
「ララさん、全部って?」
そう尋ねると、近寄ってきた国王様が口を開く。
「ララ先生の師匠の依頼も、王宮からの依頼とした。キミが、精霊ノレア様と親しい精霊師か」
「えっ? いえ、あの……」
僕は、頭が真っ白になった。どう答えればいいんだ。
「フリックちゃん、師匠を困らせないの〜っ」




