412、ラフレアの森 〜ノレア神父が焦る理由
「フラン様、そ、そんな、ノレア神父の暗殺依頼だなんて、ダメですよ。ドゥ家が潰されてしまいます」
僕が慌てて神官様にそう言うと、彼女は、ふふっと笑っているんだ。笑ってる場合じゃないだろ。
「ヴァン、何を言っているの? 私は、そんなことは一言も言ってないわよ」
「でも、さっき、ララさんに依頼するって……」
暗殺貴族の仕組みを作ったアーネスト家の当主であるララさんの誘いに乗るかのように、さっき、そう言っていたじゃないか。
「師匠〜、そういうとこって、お子ちゃまね〜。神官が名指しで暗殺依頼なんか出さないわよ。ノレアの坊やでさえ、王都の泥ネズミを掌握している男とか言ってたもの〜」
そ、そうなのか?
「じゃあ、どういう依頼を受けたことにするのですか」
「そうね〜。私達が死にそうになったから、ラフレアが話していた北の海の件を、国王に言って冒険者ギルドに依頼するよ〜。その調査に支障となる海賊とかがいたら、排除する依頼でどう?」
「なるほど、邪魔をする人を排除する依頼ですね。それなら、大丈夫かなぁ」
「うん、ここにいる人達が、ノレアの坊やに告げ口しなければ、大丈夫ね〜。告げ口して、邪魔されることになるなら……」
うわぁ、怖い顔だ。
ララさんは、わざわざ言葉を止めて、王宮の人達の顔をひとりひとり見ている。無言の圧力に、一瞬でピリピリとした雰囲気になる。
「アーネスト様、そのようなことは、決して致しません。我々も、もう猶予がないことは理解しています。ノレア様が力を尽くされても、どうにもならない相手だとわかりました」
王宮の魔道士がそう言うと、他の人達も力強く頷いている。もうプライドがどうのとか、つまらないことを言っている場合じゃないもんな。
「そうよね〜、海の竜神様が師匠に命じたときに、ノレアの坊やが邪魔しなければ、ラフレアは、こんなことにならなかったかもしれないもんね〜」
ララさんは、王宮の責任だと言っているのだろうか。
「この数ヶ月で、一気に状況が加速しました。悪霊を操る誰かが、ノレア様に嫌がらせをしているのかもしれませんが」
そんなことをノレア神父が言っているのか。僕のことみたいだけど、この人達は気づいてないらしい。
「ふぅん、やはり、師匠〜、ノレアの坊やを追放する方がいいよ。あの坊や、頭がおかしくなってるよ〜」
ララさんは、むちゃくちゃなことを言う。
「ララさん、それはないんじゃないですか? ノレア神父も、状況を改善しようと必死なんですよ」
「能力がないのに、改善できるわけないよ。だから王宮の一部の権力者達が、王宮に神殿教会は要らないって言ってるんだよ〜」
えっ……それでノレア神父は、成果に焦っているのか。
「神殿教会には、大切な役割がありますよ。神と各地の神殿跡を繋ぐ経由地ですから」
「うん? 神殿教会にはそんなのないよ〜」
「精霊ノレア様が守っておられます」
「師匠〜、精霊ノレア様は死んだよ?」
えっ!?
「ララさん、それ、いつの話ですか」
「うん? えーっと、わからない。たぶん、神官家が戦争してたときだったかな〜」
神官家の戦争? あー、トロッケン家とアウスレーゼ家の戦争か。もう50年いや60年くらい前のことだ。
神官様の方をチラッと見ると、彼女は首を傾げている。ララさんの記憶は、おかしいよな。
「ララさん、僕、何年か前に、精霊ノレア様に会いましたよ?」
「ふぅん、じゃあ復活したのかな〜。精霊ノレア様が死んだから、各地の神殿が崩れたんだけど〜」
ララさんは、まるで昨日のことのように話す。ボックス山脈のあちこちにある神殿跡は、当然、神殿だったんだよな。精霊ノレア様が、管理をされているのか。
神殿守の天兎が、今も神殿跡を守っている。それを管理しているのが、精霊ノレア様なんだ。
精霊と天兎は、仲が悪そうだけど……もしかすると、ここに何かの原因があるのかもしれない。
「ボックス山脈には、神殿跡がいくつもありますよ。天兎の神殿守が守っています」
「ええっ? ふわふわの天兎? まだ絶滅してないの〜?」
「はい、神殿跡には、ふわふわな天兎の幼体が生息していますよ。成体になるのは少ないみたいですが」
あ、ありゃ。ララさんの表情がまたおかしい。
「見たいわ! 私、ふわふわな天兎を飼いたいのよ〜。でも王都には、食用に改良された種しかいないの。食用の兎って、まだら模様でかわいくないの〜」
彼女を天兎に近づけるのは、とってもマズイ気がする。
「あっ、ドゥ教会には、黒い天兎がいますよ。白い天兎の眷属ですが……」
「真っ黒なの〜?」
「はい、真っ黒です」
「フランさんが飼っているの〜? 天兎って、天の導きのジョブの人に仕えるでしょ。神官なら飼えるよね?」
チラッと神官様に視線を向けると、片眉があがった。僕の失敗だよな。
「ララさん、黒い天兎は、ヴァンの従属ですよ」
神官様がそう言うと、ララさんの表情が輝いた。嫌な予感がする。
「師匠〜! じゃあ、私、デネブに住むわ〜。デネブには、雷獣もいるし、竜神様の子もいるし、ふわふわな天兎もいるんでしょ? それに、弟子は師匠の近くにいるものだもんね〜」
はい? 移住する気?
「ちょ、ララさん、いやララ先生、学校はどうするんですか。それに、アーネスト家の当主ですよね?」
「うん? デネブから通えばいいじゃない。何も問題ないわ。そうだ! メイサさん、いいこと考えたよ〜」
学生のメイサさんは、素直に耳を傾けている。彼女は、ペパーミント家の当主になるはずの、まだ13歳の女の子だ。メイサさんにも、デネブに住もうと言うんじゃないだろうな?
「先生、何でしょうか?」
「メイサさんも、デネブに移住しなさいよ」
やはり、言った。
「えっ? で、でも……学校もあるし、転移魔法はあまり……」
「大丈夫だよ。デネブに分校を作るから〜。そうねぇ、狭い学生寮も作るよ〜。デネブにはレモネ家が学校を作ってるから、学者系の貴族の別邸も多いんだよ」
「まぁ! ビンセント先生の学校には、興味があったんです。いろいろな教養のセミナーがあると聞きました」
メイサさんが目を輝かせている。しかも、王宮の人達まで、興味津々なんだよな。
「うん、ドルチェ家のセミナーが面白いらしいよ〜。経営者やそれを目指す人達で、すぐに予約がいっぱいになるんだって。レモネ家は、年齢関係なく、誰でも学べる学校にしたいらしいよ〜」
レモネ家の旦那様は、確かに、そんな感じだ。奥様のシルビア様が、少女のまま大人になったみたいな人だし、学びたい人には、身分に関係なく平等に接してくれる。
きっと、評判が良いのだろう。
「わぁ〜っ、でも、家を出るのは……」
「レモネ家が、王都への転移魔法陣も作ってるよ。確か、ドルチェ家の黒魔導士が描いたらしい」
マルクのことだ!
「ドルチェ家の黒魔導士? あっ! ルファス先生ですよね。すっごくカッコいいって、女性ファンがたくさんいますよ」
マルクが先生? 王立総合学校でも先生をしているのか?
「あー、ルファス家の後継者争いをしてるんだっけ。でも、あの子で決まりだよ〜。貴族は、所詮は権力でしょ〜。どれだけヤバイ知り合いがいるかで決まるよ〜」
マルクに、ヤバイ知り合い? 黒服のテトさんとか……あっ、ドルチェ家の地下倉庫には、魔族の使用人もいたよな。
「確かに、そうですよね。私も、もっと交流を広げるようにと、父から言われています」
メイサお嬢様は、素直だな。
「とりあえず、帰ろうか〜。王宮の人達も、いったんラフレアの森から出る方がいいよ。師匠が居なくなって、狂った赤い花が来たら、絶対に死ぬよ?」
ララさんがそう言うと、王宮の人達は、神妙な表情で頷いている。確かに結界が役に立たないのだから、危険だ。
「アーネスト様、デネブに作るという分校は、入学試験はあるのでしょうか」
「うん? 学長に話してみるけど、本校よりも厳しい条件にすると思うよ。ただし、あの町に合わせて、年齢や身分の条件は無しにするかな〜」
「おぉ〜、そうですか」
王宮の人達は、色めきだっているように見える。王立総合学校に、通いたいのだろうか。身分や年齢のせいで、受験ができなかった人達なのかな。
「じゃあ、師匠〜。あれ、やって〜」
はい? 何ですか、そのキラキラな笑顔は……。なんだか、泥ネズミのリーダーくんに似てるんだよな。
「もしかして、僕に運べと言ってます?」
「うん! 楽しいもん。あんなに速く空を飛べるなんて〜。飛翔魔法では無理だよ〜。デネブまでお願いしますっ」




