407、ラフレアの森 〜王宮のキャンプ場へ
女性教師ララさんは、ノレア神父を嫌っているのだろうか。僕が、ノレア神父が冒険者を止めたと言うと、ニヤニヤが止まらないようだ。
「僕が竜神様に命じられたことが、彼の気に障ったのかもしれませんが、もう半年以上……」
「謎の少年さん、違うわよ〜。ノレアの坊やは、何かやらかしたのよ。冒険者が関わると、バレちゃうもの〜。キャハハ、楽しい〜」
ララさんは、また手を叩いて、キャッキャと笑っている。
彼女の楽しそうな雰囲気が、僕達を覗き込んでいるラフレアのつぼみ達に伝わるんだよな。巨大な緑色の人面花が不気味に笑っている。
学生のメイサさんは、怯えているようだ。
ラフレアは、女性は襲わない。それに、僕はスキル『道化師』の玉乗りの技能を発動中だ。絶対に割れない透明なゴム玉の中にいる。だから、メイサさんが怯えていても……まぁ、大丈夫かな。
神官様もポーカーフェイスだけど、大量すぎる緑色のラフレアに、ビビっているようだ。苦手だと言っていたもんな。
ラフレアのつぼみをサッと見回しても、怒っている顔はない。とりあえず、赤い花を呼び寄せる心配はなくなったか。
そろそろ、ラフレアの森から出たいところだが……ララさんに、ノレア神父の妨害を排除する気になってもらわないと……。
「ララさん、ノレア神父が何を失敗したのでしょう? だけど彼に任せていても、一向に収まる気配がないんですよ」
「うん? そうねぇ〜。あれ? 深い地下水脈って言ってたよね? 北の海の〜」
「はい、北の海に浮かぶ小島は、今は王都よりも圧倒的に大きな大陸になっていま……」
「ちょっと、謎の少年! 北の海の小島って、頭のおかしい神獣を閉じ込めてる、溶けない氷の檻があるのよ〜。近寄ると、頭がおかしくなるよ?」
ララさんは、他人の話を最後まで聞かないんだよな。言葉を遮って、自分のしゃべりたいことを喋る。
氷の神獣テンウッドのことを知ってるんだ。さすが暗殺貴族の仕組みを作り上げたアーネスト家の創始者。いや、関係ないか。長寿だもんな。
「ララさん、北の大陸には、堕ちた神獣ゲナードの影響を受けていた神官家に生まれた人や冒険者達がいます。彼らが、その溶けない氷を砕いて海に浮かべ、小さな島を繋げて大陸にしたようです」
「うん? なぜ、そんなことをするの?」
キョトンとする彼女。すると、学生のメイサさんが口を開く。
「先生、ゲナードが討たれた後も、有名な冒険者パーティがいろいろな悪さをしていたからって……」
「あー! 私が、排除したわ〜。王命だとか何とか言って、面倒なことを押し付けてきたのよ〜。北の海へドーンと飛ばしたから、魚の餌になってるわ〜」
ララさんが、関わったのか。レピュールはもちろん、かなりの神官家に生まれた人達も捨てられたんだよな。ベーレン家だけじゃなく、アウスレーゼ家の人もだっけ。
チラッと神官様の方を見ると、複雑な表情をしている。まぁ、そうだよね。きっと知り合いも追放されたのだろう。
「ララさん、その北の海に捨てられた人達が、北の大陸を作ったんです。そして、今は、その一部の氷が……」
「氷が黒く染まってるのね〜。やぁね、影の世界との通路だわぁ。大陸ができるほどの量の檻の氷を削ったってことは、頭のおかしい神獣の拘束が弱くなってるんじゃない? 解き放たれたら、大変だよ〜」
「えっ? 氷の神獣テンウッドが、ですか?」
「うん、アレって、竜神が全員集合して、やっと封じたのよ〜。もう、神は力を貸してくれないよ。ノレアの坊やは、とんでもないことをしたわね〜。きっと異界との狭間を閉じようとして、逆に広げちゃったのね〜。ドーンと……」
確かに、黒い氷のエリアは広がっていた。自然に広がってしまったわけではないのか。
ドーン!
また、変な地響きだな。何の音だろう。さっきも、こんな音がしたよな。近くに大型の魔物でもいるのだろうか。
うん? ララさんが口をあんぐりと開けて、固まっている。その視線の先には何もない。
「ヴァン、赤い花が落ちたよ」
神官様は、顔色が悪い。
「赤い花? ラフレアの花ですか?」
「そうだと思う。キャンプ場の方だよ。炎が見えたから、茎を焼き切ったんじゃないかな」
ちょ、それって……。
一度目の音から、だいぶ時間が経っている。そして、さらに、空を漂うラフレアが地面に落ちたのなら、大変なことになる。
色とりどりの肉厚なじゅうたんを思い出し、僕は血の気が引いた。どうしよう……迷っているうちに、あの人達は、どんどんラフレアに襲われてしまう!
「ちょっと、急いで戻りましょう」
「ヴァン、どこに戻るのよ? 緑色のつぼみに完全に囲まれているわ」
ララさんの方を見ると、ニヤッと好戦的な笑みを浮かべている。きっと自信があるんだ。
このまま逃げ帰ると、王宮のキャンプ場は……それに、この地面の赤紫色は、ラフレアの発情期だ。緑色のつぼみが開くキッカケにもなりかねない。
こんなに大量すぎるつぼみが一気に開くと、王都は壊滅する。いや、王都どころじゃないよな。
「王宮のキャンプ場に戻ります。男性は、ラフレアの赤い花に喰われますからね」
僕は、透明なゴム玉から出た。近くにいれば、技能は維持できる。彼女達は、ゴム玉の中だ。
そして、僕はデュラハンの加護を強めた。
僕の見た目が変わる。そして、僕の身体からは、まがまがしい闇のオーラが広がる。
ラフレアの緑色のつぼみ達は、一気に僕から距離をとった。やはり、闇属性を嫌うんだな。
「謎の少年! 何、その姿……めちゃくちゃカッコいいじゃない。あれ? だけど、その鎧って……呪いを振り撒くバケモノに似ているわ〜」
僕は、ふっと笑みを浮かべただけで、返事はしない。
そして、スキル『道化師』の変化を使う。このゴム玉を運べる鳥だ!
ボンッと音がして、僕の視点は高くなった。
ゴム玉を掴み、そして、空へと飛び上がる。
メイサさんが下を見て驚いているようだ。神官様が、彼女を支えている。ララさんは、キョトンとしているんだよな。
透明なままで空を飛ぶのは怖いか。だけど、色をつけると、彼女達は外の様子を見ることができない。
緑色のつぼみ達は、僕を追って移動しているようだ。数え切れないほどの数がある。
キャンプ場が見えてきた。
やはり、想像通りだ。キャンプ場に張ってあった結界は、完全に消えているようだな。
空から見ると、どれがキャンプ場のテントなのか、全くわからない。様々な色に染まっている。
以前とは比べものにならないほど、色とりどりのじゅうたんは小さい。だが、王宮の魔導士は、壊れたテントを利用してバリケードを作っているだけだ。
ほとんどが男性だから、魔法も使えなくなり身体も動かなくなっているのだろう。
地面に広がるラフレアの花には、すべての攻撃が通じるはずだ。ただ、色によって属性が異なるんだったな。
魔法が効かないのは、空を泳ぐ赤い花だ。そして、緑色のつぼみには、すべての攻撃が効かないのかもしれない。
着地しようと、バサバサと翼をはためかせると、変色した肉厚なじゅうたんは、僕から逃げるようにして離れていく。
僕は、テントのバリケードの近くに降り立った。
「な、な、なななな……」
王宮のキャンプ場にいた人達は、言葉にならない音を発している。
僕は、透明なゴム玉を地面に置き、変化を解除して、人の姿に戻った。鎧騎士の姿だけど。
「きゃー、師匠〜、楽しい〜っ! このゴム玉から出たいの〜」
なぜ、また師匠呼び? 謎の少年呼びは、やめたのか。
「ララさん、そのゴム玉を維持してください。できますよね?」
「えーっ、たぶん……でも〜」
「ラフレアの黄色い花粉が服に付くと、取れませんよ? それに、この変色の原因は、ラフレアの茎から吹き出した猛毒です。ゴム玉に入っていないと、メイサさんには大きな負担になりますよ、ララ先生」
「あぅ……先生だったわね、私」
ゴム玉の支配権が、ララさんに移った。やはり『道化師』上級以上のスキルを持っていたな。
門前払いをされた門番と目が合った。
「僕は立ち入り禁止だと言われましたが、非常事態なんで上空から、お邪魔しました。ラフレアの茎を切るだなんて、バカな真似をしたのは誰ですか!」
デュラハンの鎧騎士の姿でそう言うと、キツく聞こえるのか、彼らは青ざめている。
「あ、あの……魔法も何も……」
言い訳か? もしくは僕への忠告だろうか。
「ラフレアに取り込まれた人はいますか?」
「いや……」
犠牲者は、まだ出ていないか。よかった、間に合った。




